新型コロナウイルスの感染拡大により休業を余儀なくされているライブハウス、そしてそこを主戦場とするバンドもまた活動自粛を求められ窮地に立たされている。この八方塞がりの状況下でライブハウスの現場スタッフは、またバンドマンはいま何を考え、この緊急事態とどう向き合っているのか。そんな話を聞いてみたいと思い、すぐ頭に思い浮かんだのが日本屈指のオルタナティヴ・バンドであるPANICSMILEの吉田肇(g, vo)と中西伸暢(g)だった。二人は福岡のライブハウス「UTERO」のスタッフとしても活躍しているし、ライブをブッキングする側でありされる側でもあり、この危機的状況を両方の立場から複眼的に捉えていると考えたからだ。いざ話を伺ってみたところ、彼らは難局に直面したこの現実をしっかりと見据えつつも決してめげることなく、時折ユーモアを交えながら今の心情を飄々と語ってくれた。そのバンド名さながらに、"PANIC"な状況でも"SMILE"を忘れない、とでも言わんばかりに。彼らの軽妙な語り口の中には示唆に富んだものがあり、困難を逆手に取って今やるべきことを粛々とやるという覚悟と逞しさが見て取れる。考えてみれば今こそPANICSMILEのような"逆境バンド"が逆風を追い風に変え、その真価を発揮する時なのかもしれない。(interview:椎名宗之)
ライブハウスはひらめきやアイデアの宝庫
──お二人はUTEROに勤めてどれくらいになるんですか。
吉田:僕は福岡に戻ってしばらくお客さんと出演者として通っていて、2015年に正式にブッキング・スタッフになりました。5年経ったところですね。
中西:僕は移転前のアルバイトから数えると8年目くらい、移転してPAをしだしてからはちょうど4年くらいです。ライブハウスで働いたのはUTEROのみになります。
──吉田さんは帰郷した当初、今とは違う仕事をされていましたが、なぜまたライブハウスで働こうと?
吉田:いったん他の仕事に就いていたんですが、それが45の時で、今までの経験が全然活かせなくてですね。それならば働くのもあと20数年なわけだし、これまでの経験が活かせる業種に戻ろうと。
──中西さんをパニックスマイルに誘ったのは、同じ職場だったことが大きいのでしょうか。
吉田:いえ、その前に黒崎のマーカスでIRIKOと対バンして彼のギター・プレイは知っていて、そして彼のアンプにブッチャーズの吉村(秀樹)さんのサインがでっかく書いてあって(笑)。
──“b.t.b. y××”と(笑)。
中西:その時、吉村さんの横に吉田さんにもサインしてもらいました(笑)。
吉田:やっさん(保田憲一)がやめることになった時、たまたま彼が目の前にいたので「弾く?」と。
──中西さんは即答で?
吉田:即答でしたね。
中西:いや、時間を少しいただきましたよ!(笑) あまりにも自分にとっては大きな話だったので。でも今思うと、その瞬間からワクワクしかしてなかったのでやる気しかなかったですけど!
──バンドマンとしてUTEROで働くメリットとはたとえばどんなことでしょうか。
吉田:今までいろんなライブハウスで働いてきましたが、僕にとってはひらめきとかアイデアの宝庫なんですね、ライブハウスって。どんなジャンルでも、あと上手い下手、有名無名も関係なく、僕にとっては何でもアイデアの源、かなと。
中西:UTEROで働く前まで僕はIRIKOってバンドを10年くらいしてましたが、僕の知ってるライブハウスって基本的に自分が出演してる部分だけでした。なのでライブ、音楽に向き合う形の多様性っていうのはすごくためになりました。自分たちがイメージしてる価値観ってホント一部分だったんだなって。
──数あるライブハウスで働いてきた吉田さんにとって、UTERO独自の魅力とはどんなところなのでしょう。
吉田:最初がビブレホールで、90年代はオルタナティヴな表現ができるハコって福岡ではビブレホールくらいだったんですね。その後、東京に出て高円寺の20000Vや秋葉原GOODMAN、あと渋谷のWWWでもブッキングをやりましたが、福岡に戻ってきたらオルタナな表現ができるハコはUTEROしかない状態になっていた、という感じだったんです。もう、ここしか居場所がない! と切実に思いました(笑)。
──中西さんにとってのUTEROの魅力はやはり多様性ですか。
中西:もちろんそこだけではないですが、多様性は自分にとって大きいかもです。UTEROのブッキング・イベントやレンタル・イベント、そして大学生イベント。ベクトルは全然違うのに音楽って部分では一緒。それは働いてないと絶対に体験できてないですね。でも僕もUTEROで働きたいと思ったきっかけは吉田さんと同じで、ここしかない! って思ったからですね。オルタナな部分では、福岡では特にUTEROが強かったので。
──そんなUTEROを始め全国のライブハウスがいま新型コロナウイルスの感染拡大で窮地に追い込まれています。UTEROの場合、緊急事態宣言が出る前はどんな状況だったんですか。
吉田:じわじわと出演辞退の連絡がバンド単位で来始めて、5バンド出演が4バンドになり、3バンドになり……めちゃくちゃ怖かったですよ、正直。
中西:僕は去年の春から3Fにあるスタジオも管理するようになったのですが、スタジオも少し遅れて一緒でした。徐々にキャンセルが出てきましたね。
──それが2月末ですか?
吉田:時期的には3月くらいからですね。そしてバンド側もお客さんを積極的に呼べないから5人になり、3人になり、1人になり……と。
中西:ただ、一気に流れが変わったのは3月27日くらいからですね。東京で週末の外出自粛が出されたくらいだったかと。
──このままでは経営的に大変なことになると実感したのはいつ頃で、何か象徴的なイベントはありました?
吉田:3月の学生さんたちの卒業ライブが次々にキャンセルになり始めた時ですね。すでに学校側から集会を自粛するようお達しがあってですね。みんな、追い出しイベントや新歓イベントをやりたいのに、泣く泣くキャンセルして。
中西:学生のキャンセルは悲しかったですね。彼らこそ新歓や卒業ライブなどでライブイベントが有限だってことを理解してますから。僕個人としては、3月29日のUTEROイベントの自粛ですかね……。28日に福岡でも週末の外出自粛が出て、29日の当日に急遽イベントを自粛にした日です。29日はやると思ってるスタッフ、中止にすべきと思うスタッフ、それぞれで。現場で判断しないといけないスピードが日に日に早くなりすぎて、店として全然まとめられてないなと僕は思いました。
──ライブハウスが3密の最たる場所であるというメディアの偏向報道についてはどう感じましたか。
吉田:僕は普段、ツイッターなどのSNSやテレビもあまり見ないのでそんなに感じなかったんですが、兄弟や親からバンバン連絡が来て、なんなのそれ!? っていう感じでしたね。それより学生さんたちのイベントがキャンセルになった週末に何かイベントを打たなきゃいけない! というプレッシャーのほうがでかかった。そして5月や6月のブッキングもバリバリ続行中でしたし。
中西:うーん、僕は現場の力がまだまだ弱かったな、と痛感しました。僕たちが日頃体験してる感動を一緒に体験できていたら、メディアが何を言ってても関係ないと思ってたので。実際、UTEROにいつも来てる人たちからしたら関係なかったと思います。それをただただ増やす作業をもっとしないといけないなって。
──ライブハウスの魅力を伝える力がまだまだ足りなかったと?
中西:それは僕個人の中でずっとある課題ですね。
吉田:僕もそれはビブレホール時代からの課題です。
中西:好きな人じゃなくて興味がなかった人にどうこの世界に入ってもらうか、そしてどう好きになってもらうか、ってところはこれからもずっと必要だと思ってます。なので近所のコンビニの店長にずっとDJしてくださいとお願いしてます(笑)。こんな話は吉田さんとよくさせてもらってるし、吉田さんの存在は大きいです。そうしないと文化はどんどん小さなコミュニティになってしまうので。
吉田:存在……大きいかな?(汗)
「文化を大切に!」という言葉に説得力を持たせたい
──UTEROは4月いっぱい営業休止のところを5月6日まで延長することになって、経営的に甚大な被害ですよね。
吉田:本当に甚大ですね。そして時給で働いているアルバイト・スタッフの人たちにとっては死活問題ですよ。
──現場が止まると真っ先に被害をこうむるのがアルバイトの人たちなので、そこはLOFTも大いに悩みどころです。
中西:本当にそうです。それも信じられないスピードで急に仕事がなくなる。対策を立てようと考えてる時にはもう環境が一変してました。
吉田:ですよね……なので、意地でもブッキングを止めん! っていうのは対外的何かというより、何とか日々の稼ぎを、と思ってました。
──まあ、このままただ休業を要請されるだけで何の補償もないようなら我々の立場も危ういですが……。
中西:まさしくです!
吉田:はい、遅れて来るだけで、すでにタイムリミットですね。
──とはいえ今日(4月14日)のニュースによると福岡市は市内の中小企業などの家賃を8割補助する支援策を考えていて、ライブハウスも支援対象とか。そういうのは当てにしていますか。
中西:市が独自に、ってびっくりしました。
吉田:それってUTEROも対象になってるの?
中西:なってると思いますよ、多分……。このやり取りからも伝わるように、ほぼ当てにしてない二人です(笑)。
吉田:どこか違う国の話のように感じてしまうんですが……。
──当てにならないからこそ、UTEROで独自にドネーションを発足したんですよね。
吉田:そうなんです。
中西:ドネーションは店長の原尻(成二)さんの発案なんですが、お客さんたちがいつも「ドネーションやクラウドファンディングとかやらないのか!?」と言ってくれてたことも大きいと思います。僕自身はドネーションって言葉さえわかってなかった人間なので(笑)。
吉田:自分はキャンセル案件の処理、東京や大阪、広島からの遠征アーティストからの問い合わせや対応に手一杯だったんですが、UTEROのスタッフは良いチームワークだと思います。ホントに。
中西:僕は正直、ずっとアルバイトをしながらバンド活動をしていたので自分のことは自分で稼がないと…って思ってましたが、今はけっこう気持ちを切り替えてます。今は助けてもらって、逆にみんなが活動できるようになった時にもっと動きやすい環境を作ろうかと。少しずつでも動けるようになってまた集まってもらわないと、家賃は保障されても近所の飲食店、仕入れの酒屋さんは売り上げがあがりませんからね。
──この休業時に、ドネーション以外に計画している案件もあるのですか。
吉田:正式な発表はまだなのですが、YouTubeチャンネルの作成やUTEROの秘蔵ライブ音源の販売などを考えています。
──確かに『ベストヒット清川』(UTEROで定期的に開催されている、福岡の音楽家やバンドマン、DJ、ヘヴィ・ライブウォッチャーを招いたトークセッション)とかはYouTubeチャンネル向きですね。
吉田:まさにそうですね。
──休業中とはいえ、なんやかんややることが多そうですね。
中西:PAチームが自分たちのレベルアップのために、移転後の営業開始から4月3日までのライブで録音できるものは録音してあるので、それをいまアーカイブで整理してます。4年分あるのをコツコツやっていたのですが、一気に1年分くらいをなんとかここ2日で終わらせました!
──それもこの休業時だからこそできることですよね。先ほど話に出た福岡市による家賃8割援助然り、福岡市内のライブハウスを助けようと始まったクラウドファンディング然り福岡は文化を大切にする独自の土壌があるように感じますね。
中西:単純にすごくありがたいです。でも先ほど話したように、いくらメディアや市長が「文化を大切に!」と言ってもその言葉に説得力を持たせるのが僕たちハコの人間やバンドマンの仕事だと思ってるので。ちなみに僕はずっと福岡に住んでるので、東京とか他の地域との違いはわからないです。
吉田:確かにそういう土壌は昔からありますね。うちらのようなアンダーグラウンドな性質のハコでも決して見捨てられていない(笑)、という実感はこういう時に感じますね。普段は全然交流がなくとも、また界隈が全然違っていても音楽は共通言語っていうか。
ライブ延期の代わりに“テレワークチャレンジ”を敢行
──さて、大変な状況に置かれているのはPANICSMILEもまた然りで。せっかくのレコ発ツアーなのに、4月の鶴舞と渋谷、5月の福岡と大分と札幌のライブを延期することになりましたが、個人的にも渋谷の7th floorは共演者も含めて非常に楽しみだったので残念でした。鶴舞と渋谷の公演中止は発表がだいぶ遅かったように思いましたが、やはり直前まで悩まれたんですか。
吉田:はい、ギリギリまですごく悩みました。
中西:吉田さんは「一人でも行く!」って言ってましたよね。
吉田:うん。一人で行ってギターノイズ30分とかやろうと思ったけど、LIKE A FOOL RECORDSの辻(友貴)くんに止められました。
中西:僕は止めませんでしたけど(笑)。
──ただそこは転んでもただでは起きないPANICSMILE。“テレワークチャレンジ”と題した、ライブが延期になった3日間を使って福岡、愛知、東京とバラバラに住んでいるメンバーが4曲のベーシックトラックを作る過程をYouTubeで随時公開するというユニークな試みは実に天晴れでした。発案者は吉田さんだったんですか?
吉田:いえ、二宮(友和)さん(b)ですね。
中西:いや、僕ですよーー!(笑)
吉田:あらごめん。
中西:最初は名古屋の(松石)ゲルさん(ds)の家で録音しようと話してたんですが、僕が扁桃腺炎になって名古屋行きを断念しまして。
吉田:もうその流れの記憶がないです。3日で4曲作ってるうちに記憶が……。
──いつもはそんなハイペースで曲作りをしませんよね?
吉田:そうですね。2曲くらいのファイル交換で1カ月くらいかけます。
中西:有難いことに『REAL LIFE』のインタビューを読んだ人たちから「パニスマの曲の作り方ってどういうこと?」ってよく訊かれたので、一度YouTubeを使って可視化して作りません?と僕が提案して、ニノさんとかからアイディアをもらった感じです。
吉田:そうそう、君が発案者でしたね!
──不要不急の外出自粛が求められる中で自宅から遠隔セッションを試みるミュージシャンが増えてきましたが、4人がそれぞれパスを回すように曲作りをするPANICSMILEの手法がまさかこのご時世の流れに合致するとは思いませんでした。
中西:合致させる気は一切ありませんでしたけどね。僕としては、「インタビュー記事を読んだけど、どういうこと?」ってホントによく訊かれるのでそれを説明するのが面倒だったという、ただそれだけの気持ちだったんですよ。
吉田:僕らには本当にこれしかやり方がないし、逆に「お金もないしスケジュールも合わないからスタジオに集まれないんですよー」と言ってる近所に密集して住んでるバンドマンにも推奨してたんですけどね。
中西:でも実際にやってみて、ゲルさんやニノさん発信の曲は初めてだったんですが苦労しました……。
吉田:すごいですよ、本当に。ベースラインだけ、特にドラムだけの音源にベースを乗せちゃいますから……怖かったですもん(笑)。
中西:作業しながら、ヘンテコなギターに二人はいつも合わせてくれてたんか……すごいなって気持ちとごめんなさいって気持ちでした。
吉田:そうだね。感謝と謝罪。
──そうした曲作りを含めて、今のPANICSMILEは恐ろしいくらい順調に見えますけど。
吉田:順調すぎて恐ろしいですね。まあ、もともと逆境バンドなので。逆噴射バンドではなく。
──(笑)中西さんとしては、他の3人に喰らいつくことに精一杯な部分が今もあるんですか。
中西:あります、あります。特に今回のベース、ドラム発信の曲へのトライで明確に自分としての課題が見えました。
──その課題とは?
中西:うーん、単純なところで言うと、曲を決めるリフの弱さですね。ジェイソン(・シャルトン)さんと比べるのも恐れ多いですが、あのリフの強さで聴いてきましたから。
吉田:そうでした、彼はもともとパニスマのリスナーというのもありますね。だけどリフが弱いとは感じないし、喰らいつくっていう感じでもないですね、中西くんは。普通に絡んでくるな、と。
──自然体で肝が座っているというか。
吉田:そうですね。他の3人みたいにプログレオタクじゃないところがいいんだと思うし、とても良い接着剤ですよ。
中西:「リフなのか微妙な中西くんのリフがいい」とニノさんも言ってくれましたが、もともとIRIKOでもキーのリフは他のメンバーが作ってたので、僕は自分をリードギターだと思ったことがないんです。自分ではバランサーだといつも思ってました。
吉田:そもそもリードメロみたいなイントロダクションとかが要らないバンドですから。いきなり、じゃーん! みたいな。
──IRIKOでは感じられなかったPANICSMILEでのバンドの面白さとはどんなところですか。
中西:誤解を恐れずに言うと、無茶苦茶なところです(笑)。
吉田:ひっそり始まってひっそり終わる、そんな曲が好きなんで。
──4人ともですか?
吉田:たぶん、各々の作品では違うと思いますが、PANICSMILEに関してはそうだと思います。4人とも。
中西:僕のイメージなのですが、IRIKOってけっこうしっかりとした一個の集合体から個々がどう活きるかってバンドだったんですが、PANICSMILEは個々がそれぞれあって、それのどこが重なるかってところが面白いんです。
──ところで『REAL LIFE』を聴いた周囲の反応はどうでしたか。嬉しかったリアクションとかありました?
吉田:「相変わらずですねー」と言われるのが一番嬉しいです。もちろん「ベースすごいですね」という感想もすごく嬉しいです。「グルーヴの核になってますね」とよく言われます。僕が何度もライブに行ってそのたびに泣かされたバンドのベーシストです。
中西:僕が嬉しいのは、3FのスタジオにもCDを置いてて、UTEROに遊びに来た人たちがフラッと買ってくれることです。なんか音源というよりはしっかり一つの形ができてるなって……。直接手渡しできるのは嬉しいですね。
吉田:あんまりいい感想ないの?(笑)
中西:いやいや!(笑) 良い感想ももらってますけど、実は「良くない!!」って感想を欲しがってる自分もいます!
吉田:こじれとるな(笑)。
中西:「ジャイソンすごかったんだぜ!」って言うてくる人にこそ認めさせたいなって!(笑) それくらい自分にとってもPANICSMILEってすごく大きな存在だから、簡単に認めてもらっていいんか!? って思ったりもしてます。
吉田:ジェイソンはジェイソン、中西は中西。大丈夫。
ライブはやれないのでアルバム制作に集中
──微笑ましいやり取りですね(笑)。5月までのライブを延期されていますが、その後のスケジュールはどうなっているんですか。
吉田:広島や東京の秋頃の計画をまだ考えているところですね。
──今は刻一刻と状況が変わるので何とも言えませんよね。
吉田:そうですね。1年かけていろいろな所に行きたかったので、各地とは連絡を取り続けて状況から判断するしかないですね。三重のバンドからもオファーがありましたし。仙台からも。
──ライブができないフラストレーションを現状どう解消していますか。
中西:完全に曲作りです! それと幸い僕は音楽の仕事に携わってるので、それも個人的には非常に大きいです!
吉田:10thアルバムを作ります。2020年にアルバムを2枚出したバンド、になります。
中西:それもフルアルバムの予定です!
──なんだか恐ろしいほどに前向きですね(笑)。年に2枚もアルバムを出すなんて、バンド結成以来の快挙じゃないですか。
吉田:SNSに関わらずにいるのがポジティブの秘訣なのでは、と思っています。つまり無知でバカなのがちょうどいいというか。アルバムは12曲入りですかね。
──そのアルバムには先日のテレワークで生み出した曲も入るんですか。
吉田:入ります。各曲は微力ながら僕らがキャンセルしたライブハウスに売り上げが入金されるようにします。超、微力ですけど。
──それは素敵なアイデアですね。どんどん湧いてくるその創造力の源とは何なのでしょう?
吉田:中西くん、ニノさん、ゲルさんのひらめきですね。“ひらめき戦隊PANICSMILE”。
中西:(笑) それ、タイトルにはしないようにしてください!(笑)
吉田:“ひらめき戦隊”ってすでにロック・バンドのカテゴリーじゃないですね。
──吉田さんのひらめきは?
吉田:僕は気後れマンなので、「わー! すごくイイですね!」と言って実行あるのみです。
──リーダーで唯一のオリジナル・メンバーなのに(笑)。
中西:でも創造力ってのが究極営みになればベストですよね。それはそれでなんか慣れとかと違って、ライブも楽曲制作もそうなればすごく良いと思います。それを体現しているのが吉田さんなので。
吉田:昔、友達のバンドマンも言ってたんですが、3人の回答者と1人の司会者がいる、それがロック・バンドで、僕は司会者なんですね、きっと。
中西:あーー、まさに!
──中西さんは司会者的ではないと?
吉田:はい、天然の回答者ですね。
中西:PANICSMILEは珍回答を許してくれます(笑)。
吉田:大喜利みたいなものですから。
──中西さんは『笑点』の大喜利でいえば木久扇さんみたいな感じですか。
吉田:そうですね。完全にボケてないつもりのフレーズが返ってきますから。
──となると、吉田さんは昇太師匠ということになりますね。
吉田:師匠なんて偉くはないですけど、司会業28年目の不愛想な人、でいいと思います(笑)。
──新作のリリースはいつ頃を予定しているんですか。
中西:一応、年内にはフィジカルで出したいって感じですよね?
吉田:うん。やってみないとわかりませんが、5月の九州2本、あと札幌の吉村さん会も延期なので、その日に各4曲ずつ作りまして、フィジカル版は年内を予定しています。なので12曲入りになるかと。
中西:その各曲をOTOTOYの配信にサポートしてもらって、行けなくなったライブハウスにもサポートできればと。
──『REAL LIFE』はわりと赤裸々な吉田さんの心情を投影した歌が多かったですが、次作はまた違った作風になりそうですか。
吉田:歌詞に関してはきっとこの数カ月のことが影響してくると思います。『INFORMED CONSENT』で言うと「NUCLEAR POWER DAYS」的な。
──なるほど。今はとにかく仕込み期間というか、この時期にやれることをやって次の段階に臨むという感じですかね。刃を研ぐことを忘れないというか。
吉田:UTEROもPANICSMILEもとにかくそれしかできない人たちの集まりですから、包丁を研ぎまくってます。
──PANICSMILEが面白いのは、節目が来るとその都度その刃を新調して切れ味がますます鋭くなっていることなんですよね。
吉田:ありがとうございます! 本当に切れ味鋭いメンバーにいつも助けられています。
中西:話が戻りますけど、全曲配信で聴けるならフィジカルにはプラスで何曲か入れるとか、ちょっと変化を与えたいと思ってしまいました。
──ああ、『REAL LIFE』の特典だったボーナストラック2曲収録のCD-Rみたいに。
中西:でもそれだと吉田さんが配信とは別で12曲とか言いそうなので怖いです……(笑)。
吉田:あ、それイイね!
中西:ほら!(笑)
吉田:いや、やっぱりやめよう! 風呂敷がでかすぎます!
中西:だけどいま制作してるものもしっかりフィジカルにしたいですね。歌詞とかデザインとか含めた作品にしたいです。
──それだけ曲ができるのがまずすごいですが、吉田さんの歌は追いつくのですか?
吉田:そこですよね!インタビューなのに風呂敷がでかくていま震えてますから(笑)。まあ、追いつくとは思いますけど。
中西:楽しみにしてますよー、吉田さん!
吉田:そうですね、とりあえず広げたままにしておきましょうか。きっとメンバーには不謹慎で不真面目な司会者だと思われていると思いますが……今やれることをしっかりやりたいと、そういう心構えであります。最後まで読んでいただき、ありがとうございます!