情報が少ないぶん密度が濃かった時代
原島:80年代は選択肢の少なさが逆に良かった時代だったんだろうね。
安藤:選択肢が少なかったぶん、ひとつの情報の密度が濃かったんじゃない? 今は1千万人に向けて宣伝しても動くのは1万人くらいだったりするけど、昔は2万人にしか発信してないのに2万人全員が動くような感じだったよね。
原島:情報が少なかったぶん、熱伝導は早かったんだよ。1人が「いい!」と思えば、その後ろに100人くらいの支持者がいるような感じだったからね。
MAGUMI:ブームにトドメを刺したのは、テレビが本気でバンドを取り上げたことなんだよね。今、テレビでお笑いの人が重宝されるのは、ギャラも多くは掛からないし、視聴率も取りやすいからでしょ? それに近いものが当時のバンドにはあったんじゃないかな。要するにブームっていうのは、テレビに出ていいかどうか判らないギリギリの人たちが出れるってことだよね。メジャーな人はいつの時代でも出られるから。
原島:当時、自分たちが何枚くらい売れてるのかを認識してた? 俺自身はそんなこと全然考えてなかったけど。
宮田:僕もあまり考えてなかったなぁ...。
MAGUMI:僕は認識してたよ。たとえば、キャプテンから出した『アニマルビート』は3,000枚プレスして、それがすぐになくなったんだよ。
宮田:僕はそういうのに頓着しなかったんだけど、後からいろんなことを知って"エーッ!?"と思うようなことはあったかな(笑)。
安藤:あの時、ちゃんと印税配分にしておけば良かったよね。俺も貰えるものが貰えなかったもん(笑)。
宮田:たとえば、今の若いバンドは自分たちで洋服のブランドを立ち上げて、それを着てライヴをやるビジネスも考えてるじゃない? 僕は知り合いのアパレルからシャツを貰って着てたけど、その店の人たちはジュンスカ効果で儲けてハワイ旅行とかへ行ってるわけ。僕自身は一銭も貰わずに洋服を貰って喜んでいただけだけど、広告塔として凄まじい宣伝をしていたんだよね。
原島:MAGUMIと和弥、騙されなかった人と騙された人にきっぱり分かれたね(笑)。
MAGUMI:僕らの時代は、まさかバンドでメシが喰えるなんて思ってもみなかった。記念にアルバムが出せたらいいなくらいの気持ちだったし、夢だったのは野音でライヴをやることだったんだよね。安藤さんもルースターズとして出てたサンハウスの"CRAZY DIAMONDS"を見に行って、いつかあの場所でライヴをやってみたいと思った。
原島:夢の持ち方が今みたいに数値化されてなかったよね。ライヴをやる場所だったり、セールスはさておきアルバムを出すこと自体が夢だった。
MAGUMI:ライヴの前に一番緊張したのは、初めてロフトの夜の部に出た時なんだよ。まぁ、対バンは相変わらずZie-SKIPSだったけど(笑)。
宮田:僕もロフトでライダーズとやった時は凄く緊張したな。そのライヴは今もよく覚えてる。あと、原島君のアクシデンツ、アンジーと一緒にやった時も覚えてるよ。
MAGUMI:僕らが大宮フリークスでアクシデンツとやった時は面白かったよ。原島君が隣の楽屋で暴れてて(笑)。「お前たち! レピッシュなんてガキのごたぁバンドに負けてどげんするとッ!?」って言いながら、壁や椅子をバッコンバッコン蹴り散らしてるのが聞こえてね(笑)。
原島:あったね(笑)。あと、ロフトの"アトミック・カフェ"でレピッシュと一緒になった時、MAGUMIと恭一が熊本弁で話し掛けてくるわけ。俺は熊本が出身だけど、住んだことはないんだよ。あまりにもネイティヴな熊本弁だから、俺にも判らんわけ(笑)。
MAGUMI:今も熊本に帰ると、「お前のその熊本弁、懐かしかぁ! 今はそんな言葉、使わんけん!」って地元の連中に言われるからね(笑)。
原島:あの熊本弁は衝撃的だったね(笑)。ジュンスカ、アンジー、ロンドンタイムスと一緒にツアーを回った時、筑波の29BARの楽屋でみんなでしりとり合戦をしたよね。自分のバンドのメンバーと喋らずに他のバンドのメンバーとゲームをしたりして、不思議な習性があったよね。
宮田:ああ、確かにね。
MAGUMI:アンジーとは完全に茶飲み友達だったもんね。別に酒を飲まんでも仲良くやってたし。
宮田:僕も水戸(華之介)君の家によく遊びに行ってたもんなぁ。ただゲームをやって帰るだけなんだけど(笑)。意外かもしれないけど、ジギーの森重(樹一)君なんかも仲が良かったんだよね。
MAGUMI:ジギーで言えば、僕はドラムの大山(正篤)とよくつるんでたね。
安藤:レピッシュはBUCK-TICKとも仲が良かったよね?
MAGUMI:うん。
宮田:僕の中でMAGUMI君は狂気の人っていうイメージがあるんだよね。"金沢ポップヒル"の最後で『また逢う日まで』をみんなで回していくのがあって、MAGUMI君がAメロの所で「君たち男の子〜♪」って全然違う歌を唄ったんだよ(笑)。"この人、狂ってるなぁ..."って思ったもんね(笑)。
原島:"ブーム"と言われたくらいだから、80年代のバンドは凄く軽く見られていた時期もあったけど、今や完全にスタンダードになっているんだよね。当時の曲が今もCMに使われてるしさ。あと、『アメトーーク!』の"バンドブーム芸人"に和弥が出てるのを見たけど、芸人の人たちに凄くリスペクトされていたじゃない?
宮田:今一線にいる芸人さんたちがちょうどバンドブーム世代だからね。『SMAP×SMAP』にジュンスカが出たのも、木村(拓哉)君と中居(正広)君が「ジュンスカを出してくれ」ってリクエストしたのがきっかけみたいだし。