バブル期の歩みと重なるバンドブーム
原島:バンドブームはバブルのイメージと相俟って捉えられていたし、あまりに世の中に急激に浸透したから消耗された感もあったけど、実は音楽として定着していたというね。
MAGUMI:まさしくバブルと同時期だったよね。バブルの入口から出口までを全部見たもん。
宮田:レコーディングの制作費の使い方も凄かったからね。ジャケットを撮影するためだけに外国へ行くなんて、今じゃとても考えられないしさ。
MAGUMI:当時はレコード会社自体がおかしかったよ。「お金を使い過ぎちゃって、あと2ヶ月間は会社にお金がない」って言うんだから(笑)。
原島:昔の八百屋みたいなもんだよな。ザルから金を取ってるようなさ(笑)。
MAGUMI:そうそう。だって、同じ飲み屋にレコード会社のボトルが何本もあるんだから。
原島:俺自身はバンドブームに入れなかったけど、その渦中にいたらもっとヘンな人間になっただろうと思うよね。
MAGUMI:でも、売れた反面、社会的にはヒドい目にも遭ってたよ。バブルの頃は、安い家も高い家も家賃が更新ごとに必ず1割5分ずつ上がっていくわけ。でも、2回くらい更新すると引っ越さなきゃならなくなる。だって、7万円の家賃が1割5分上がるってことは、8万4,000円になるんだよ? もう一度更新したら10万円超えちゃうでしょ? ウチのマンションはヒドくて、1割5分以外にも管理費まで取ってたんだから。どんなに物価上昇があっても、1割5分まで上げるのは法律でギリギリ許されてるんだよね。
原島:へぇ。これが騙されなかった人と騙された人の違いだね(笑)。80年代の音楽の世界は飽食でバブリーな感じがあったけど、やってることは凄く真摯で、パイオニア的なことが多々起こったよね。
MAGUMI:あの時代でいろんなことが海外に追い付いてきた気がする。それまでの日本は海外の動きに10年くらい遅れていたと思うし。
原島:あの時期に加速度的に追い付いたと言うよりも、日本なりの新しいやり方を作り出したところはあるよね。イギリスではインディペンデントなレーベルが生まれていたけど、日本ではインディーズという独自の形態を作っていったじゃない?
宮田:あと、テレビに出ないことがひとつの美学としてあった。それまではロック・バンドも歌謡番組に出ていたけど、BOφWY辺りから風向きが変わっていった。結局、最後はランキング番組みたいなものがなくなっていったしさ。
原島:テレビという巨大メディアに頼らずに自分たち独自のネットワークでバンドを広めていったという意味では、凄く革新的だったよね。ミニコミにしろ、『宝島』にしろ。
MAGUMI:今の若い子たちは、最初からこの『ルーフトップ』みたいな雑誌を自分たちで作っちゃうかもしれないね。
宮田:言えてるね。今は紙で作るよりもウェブ上で何でもやれちゃうんだろうけど。
MAGUMI:あと、今の子たちは僕たちに比べてがっついてないよね。
原島:確かに、客を取ることを真剣に考えていたからね。
宮田:対バンは戦いを挑むところがあったしね。頑張れば着実に動員が増えたし、それを実感できたから次のライヴも頑張れた。
編集部:ブームが失速していくことに焦りみたいなものはなかったですか。
宮田:どうだろうなぁ...。驚いてるうちに終わった感じだね。ジュンスカは武道館や西武球場まで行くのがエラい早かったからさ。渋公でライヴをやった時は家賃2万円のアパートに住んでたし、まだビデオ屋でバイトしてたんだよ。打ち上げは風呂屋が閉まる時間に帰ってたくらいで。それが急にお金が入って、急にホール・ツアーになって、全国のスタジアムを回って...ブームを実感する暇がなかった。1年間に200本はライヴをやってたし、その合間にレコーディングもあったし。森 純太は武道館でライヴをやるまで安い所に住んでたって言ってたね。引っ越す暇がないから。当時はどこか地方にいるか、東京にいても針治療して身体をメンテしてた印象しかないんだよ。
原島:凄まじいね。ある種、バンドのピンク・レディー状態だね(笑)。
MAGUMI:日本の地理に強くなったもんねぇ(笑)。
宮田:うん、なったなった。僕らは都道府県で行ったことのない場所がないから。佐渡島まで行ってるしね。佐渡島で点滴を打ちに救急車に乗ったんだよ(笑)。ツアーに行くと、金沢にはなぜかMAGUMI君がよくいたんだよね。レピッシュのツアーはないのに(笑)。
MAGUMI:よく遊びに行ってたからね。その時は金沢に1週間泊まってた(笑)。
原島:考えてみれば、それだけツアーを回れたのも凄いよね。今はやりたくても経済的にやれないじゃない?
宮田:北海道だったら札幌だけじゃなくて、北見、旭川、帯広、函館...と5、6ヶ所はバスで回ってたからね。
MAGUMI:帯広はライヴをやったことないけど、スキーで1週間泊まったことはあるな。俺、遊んでばっかりだけど(笑)。
原島:今のバンドがちょっと不憫に思えてくるね。それほどの成功体験はなかなかできないだろうし。
安藤:今みたいに決まりがなくて勢いがあったから何でもできたんだよ。今は経験値をもとに数字を当てはめるからせこいことになっちゃうんだ。このまま凡人がありきたりなことをやってるとダメになるし、狂った人が勢いに任せて自由に面白い音楽をやっていくべきなんだよ。そういうのをまた和弥とMAGUMIでやればいいじゃん。...って、勝手にまとめちゃったけど(笑)。
原島:今回のイヴェントは、そういう狂った人たちが一堂に会すからね(笑)。なぜその狂気を未だに持ち得ているのかも大きな見所のひとつと言うか(笑)。いずれにせよ、80年代のバンドの音楽が如何にスタンダードになり得ているのかが今回のイヴェントで実証できるだろうし、楽しみだね。