たとえばスノボーを始めたとする。すると三級、二級、一級、指導員と取りたがる。でも考えてみれば、スノボーは楽しめばいいだけの話だ。エコを気にし始めたらエコ検定、意味は不明だがご当地検定、挨拶検定、パパ検定なんてものもある。段だの級だの認定だのと、ただ楽しんでいいだけのことなのに資格を取りたがる。日本人の「努力・忍耐好き」にフィットするのかもしれない。そんな心情にフィットするのが「美談」だ。東日本大震災のときにもたくさんの美談が流れ、ぼくを含め読んだ人たちは心を熱くした。でも逆に現地では強盗が跋扈(ばっこ)し、突然襲われるほどの事態も起きていた。それでもささくれ立った事態の中で、それも癒しの効果はあるだろう。
これを利用する講演会も多い。ぼく自身も講演するが、こうした手法は使わない。洗脳するようで気持ち悪いからだ。バックに音楽を流して、衝撃的な写真を見せ、ソフトな語り口で囁き、極めつけに「あなたのこれまでの暮らしが問題だったのです、今日からライフスタイルを変えていきましょう」なんて言う。ダサくないか?
実際には日本の家庭のエネルギー消費は、世界の名だたる国の中で最も少ない。その家庭に政府や自治体、電力会社は「ライフスタイルをカエロ」なんて言う。頭が高いわ、と思うのだ。しかし人々の「美談ニーズ」には合致する。「そうね、そうよね、やっぱりわたし、今日から生き方を変えるわ」なんて言って、さめざめ涙を流したら上がり。そんな私たちに本当に足りないのは自立心だ。せっかく消費が少ないのだから、残りの部分を自給してしまえばいい。送電線を細くするより、自分で作った電気で断ち切ってしまえばいい。自分の考えを強くして、誰かのシソウに頼らなければいい。
そんな気持ちを奮い立たせてくれたのがロックなんだけどなぁ。抵抗して闘って、ケンカしてでも我を通す音楽。「これが最高なんだよ、悪いか!」という感じ。泣かそうとするダサい音楽を蹴飛ばして、誰にも理解されない音楽を聴く。もし「ロック検定」なんてものができたらオレ、泣くかも。(検索したらあったよ、さめざめ…)