本当の話かどうか知らないが、こんな話がある。すばらしく性能の高いロボットを発明した。ところがなぜかうまく動かない。安定化させる装置も万全で、絶対に転ぶことのないロボットなのだそうだ。ところが何度挑戦してみてもうまくいかない。やっとのことで動かすことに成功した。なんと原因は実に簡単で、安定化させる装置自体を外してしまったら、どんどん動けるようになったのだ。
なんだか示唆的に思える。意識して歩いてみると分かる。私たちが歩くときは少し前のめりに重心を動かし、もっと急ぐときはもっと前のめりにし、全速力のときは倒れるぐらいに重心を前に倒す。歩くことは、倒れる重心に追いつこうとする動きなのだ。ぼくらが動けるのも、倒れることを恐れないおかげではないのか。
ぼくは8月23日夜、脳幹出血で倒れた。翌日から入院、ぼくの 22年間の講演履歴の中で、初めてキャンセルせざるを得なかった。脳幹は脳の真ん中にある幹で、最も原始的である代わり、生命機能を司どっている部分だ。ぼくは右手に痺れを感じた時点で左脳だと気づき、これから嘔吐することになるだろうと考えていた。しかし左脳だと思ってはいたが、まさか脳幹の出血だとは思わなかった。そこでは呼吸が止まってもおかしくない。
入院していると、多くの友人から「これまでが働きすぎだから、ゆっくりしたほうがいい」とメールが届く。アドバイスはうれしいのだが、『そうしよう』と思った途端、どうしたらいいのか分からない。眠れない夜に寝返りを続けるみたいに、こっちじゃない、そっちじゃないと悩んでいる感じなのだ。
そう、ここにロボットの話がつながる。ぼくは動かないでいること自体が向かないのだ。マグロが泳いでいないと呼吸できないように、前のめりに走っていないと呼吸ができそうにない。重心を前のめりにするから、前に一歩足が出る。前のめりにしなければ倒れることもないが、それでは一歩も進めない。ある友人が言った。「リスクのない人生などない。ぼくはそのことに気づいてから動けるようになったんだ」と。
もうすぐ退院できそうだ。さて、前傾姿勢の訓練でもしようか。