今回の東電原発震災が起きて以来、東京電力や政府に対する風当たりが強くなった。それと同時に逆方向の話も出てくる。「いや、私自身も電気を使っていたのだから同罪だ」「福島は都市の人々の犠牲にされたのだから私たちのせいだ」というような内省だ。内省的な物言いは美しい。たいがいは反論の余地がなくなる。「でも待てよ」と思う。揚水発電ダム問題が立ち上がる頃のことだ。揚水発電ダムは私たち都会の人間のために造られるのだから、この田舎の土地の人たちに謝罪しようみたいな話になったことがある。まるで「黙祷!」と叫ばれるようなもので、反論のしようがない。
だが待ってくれ。電気の四分の三は企業が使っているものであって家庭ではない。日本の家庭は世界の先進国の中で最も省エネしていて、エネルギー消費量がきわめて少ないのだ。ぼくは韓国で開催された国際会議の席上で、このことを主張したことがある。しかしそれに対する反応は、「そういう意見があった」と書かれたのみで冷笑に近いものだった。
今回の事故は、貯めることのできない電気の対策として、消費電力のピークを下げて対応すれば良かったものを、限りなく発電所を建てて対応したことの結末でもあった。その消費ピークは事業者が作っている。使えば使うほど安くなる電気料金を作った結果、ピークの91%が事業者によって消費されることになったのだ。それなのに一般家庭の消費者が「私たちのせいで」と自省する。そりゃ違うだろ? 本当の解決策は簡単だ。事業者の電気料金を家庭と同じように、使えば使うほど高くなるようにすればいいだけのことだ。
ぼくも電気を使っているが、それでも怒るぞ。内省的なふりして黙ってしまって再度の原発事故を招くなんて冗談じゃない! 早く家庭で電気が自給できる仕組みを作りたいとは思うけど、それでも発電方法に市民の選択権があるべきだ。勝手に原発優先と決められて、それに対して「内省」ばかりしていたら何も変えられない。原発推進派の付け入る隙を作るだけだ。だからオレは反省なんかしないぞ! 原発に反対して何が悪い! 家庭の消費は四分の一なのだから、企業に内省する四倍だけ怒るべきじゃないか!
▲震災直後に行なわれたアースデイ東京の緊急記者会見より。