想い出の音楽番外地 戌井昭人
2021年がはじまってしまいました。2020年はいったいなんだったのでしょうか? 「ああ、あんな年もあったなぁ、糞コロナ」と懐かしむことのできる日はいつやってくるのでしょう。そもそも、そんな日は本当にやってくるのでしょうか? まだまだ不安ばかりで嫌になってしまいます。などと考えても、やはり、お正月は、おめでたいものですから、陰気な気持ちを吹き飛ばしたいものです。
しかし、初詣などに行くと、あっちこっちの、お土産屋、食事処、商店などから流れてくるのは、お琴の「春の海」ばかりです。「タンタリラリラララン、タンタリトテタラララン」、聴こえ方は人それぞれですが、だいたいこんな感じでしょう。この音楽、最初の1分くらいは、正月気分が高まって良いけれど、しばらくすると、なんだか嫌な気になってきます。わたしの場合、正月は浅草の団子屋でアルバイトしていたことが長くあって、1日中あの音を聴かされていたので、過剰に反応してしまうのかもしれません。とにかく、正月といえども、店に入って、「春の海」ばかりだと、陰気さが吹き飛んでいきません。
そこで今回、正月に、商店や食事処、お土産屋などで流して欲しいものを考えてみました。でも、逸脱しすぎるのもなんなので、真面目に考えると、おすすめは、「木やり」で、アルバムは、江戸木やり研究会の『江戸木やり』になりました。
そもそも「木やり」とは、大人数で木材などを運ぶときに唄う、労働歌であります。掛け声であり、合図であり、力を集中させるために唄われていたようです。
アメリカ映画などで、囚人が線路を作るため、みんなで唄いながら、つるはしを振りおろしているシーンがありますが、どちらかといえば、あれに近いのかも知れません。
この木やりが、めでたいのかどうかは、よくわかりませんが、おめでたい席で唄われることも多く、歌舞伎座などでは、「木やりはじめ」といった年始の行事もあるそうです。
そんなこんなで、正月気分で、「春の海」ばかり流している商店は、ぜひ、「木やり」を流してみてください。
なんだか、方向性の違うアルバム紹介になってしまいましたが、この『江戸木やり』、普通に聴いても、大変、格好いので、ぜひおすすめです。とくに「真鶴」なんて曲は、41秒しかないけれど、小踊りしたくなること間違いなしです。歌詞は、「おーいやるよー」「ええよー」だけ、一緒にやろうぜってことのようです。
戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。