想い出の音楽番外地 戌井昭人
10月28日に、拙著、『壺の中にはなにもない』という小説が発売されました。3年ぶりの新刊です。内容は、木偶の坊で趣味の男が、他人をムカつかせながら成長していく、なんのメッセージもない話です。どうぞ皆様読んでみてください。主人公の男は、本も読まないし、映画も見ない、音楽も聴かないのだけど、唯一、サザンオールスターズの『熱い胸さわぎ』を持っていて、その中の「茅ヶ崎に背をむけて」が大好きという設定なのですが、すでに、『熱い胸さわぎ』はここで紹介していました。
でもって、音楽を小説の中で使っている、己の作品を思い返してみると、『鮒のためいき』と『どんぶり』という小説がありました。『鮒のためいき』は森進一の「女のため息」、『どんぶり』はボブ・ディランの「見張塔からずっと」を使っています。どちらも初期の作品で、最初の頃は、自分の好きな音楽などを頻繁に小説に組み込んでいたようです。
それにしても、「見張塔からずっと」、原題「All Along the Watchtower」ですが、これ歌詞が、なにを言っているのかよくわからないけれど、とんでもなく格好良くて、これぞ、ボブ・ディランといった感じなのです。道化師と泥棒が話をしていて、「人生なんて冗談みてえだと思っている奴がいる。でも……」というところがあって、ここを小説に使いました。
でもって、この曲、ボブ・ディランよりも、もしかしたらジミ・ヘンドリックスが唄っているほうが有名かもしれません。もちろんジミ・ヘンドリックスのも格好いいけれど、わたしが一番好きなのは、Barbara Keith(バーバラ・キース)という女性が唄ったもので、『Barbara Keith』というアルバムに入っています。名前とアルバム名が一緒でややこしいのですが、「田中太郎」の『田中太郎』みたいな感じです。しかし、いま考えてみたら、Barbara Keithの「All Along the Watchtower」は好きだけど、彼女の他の曲を全く聴いていなくて、彼女自身のことも、全く知らないので調べてみたら、まだ御存命でした。でも、なんだか、他を掘り下げず、「All Along the Watchtower」だけでいいやと思えてきてしまうのです。
ついでに「All Along the Watchtower」を、YouTubeで調べたら、なんだかいろいろな方がカバーをしていました。恐るべしYouTubeです。出てくるは出てくるは「All Along the Watchtower」のカバー、演っているのは、Allman Brothers、U2、Char、レニー・クラビッツとエリック・クラプトン、エド・シーランなんかもやっていました。やはり良い曲ってのはみんながカバーをしたがるようです。こうなったら、カラオケスナックで、よくわからないおっさんが、カタカナ英語で、「All Along the Watchtower」を唄っても、相当格好良いのではないかと思えます。恐るべし「All Along the Watchtower」、しかし、いろいろ聴いてみて、やはりBarbara Keithのカバーが相当格好良い気がします。ですから皆様、ぜひ聴いてみてください。
戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。