想い出の音楽番外地 戌井昭人
新型コロナウイルスの蔓延する世の中ですが、そもそも、コロナって言葉、いままで聞いたことあるけれど、いったいなんなんだ? と思って調べてみたら、太陽の外側にあるガスの層をラテン語だかギリシャ語でコロナといい、それは丸くて冠みたいな形をしているそうです。つまり自然現象なんです。それで、ウイルスのコロナは、電子顕微鏡で見ると、冠みたいな形をしていることから、「コロナ」という名前がつけられて、現在蔓延しているのは、その新型で、新型コロナとなりました。
本当か嘘かわからないけれど、この前、タクシーに乗ったら運転手さんが、「コロナって名前の車があるでしょ、その新型を出そうとしてたのに、この状況で出すに出せなくなったみたいですよ」と話していました。たぶん、本当の情報ではなさそうですが、どうなのでしょう?
車でいえば、「新型セドリック」という、ルースターズのとても格好いい曲があるけれど、タクシーの運転手さんの話を聞いていたら、ウイルスがセドリックって名前じゃなくて本当に良かったと思いました。あんなに格好いい曲を、後からやってきた、ウイルスに犯されたくないですもん。ちなみに、セドリックというのは人の名前で、「強く正しく美しい少年」といった代名詞でもあるとか。
そんでもって、コロナって曲はあるのかなと思って、自分のハードディスクに入っている曲を調べてみたら、Laurie Holloway(ローリー・ハロウェイ)という方の『Cumulus』(キュムラス)というアルバムに、「コロナ」という曲が入っていました。この方は、英国のジャズピアニストで作曲家、アルバムには、コロナ以外にも、積乱雲とか竜巻とかオーロラといった曲があるので、きっと、コロナも含めて、自然現象を曲にしたようです。
そもそも、自分がどうしてこのアルバムを持っているのか、よくわからないのだけど、いままで、2回くらい聴いたことがある気がします。曲の説明には、メロウグルーブ満載とあるので、心地の良い曲が多いのですが、あらためて、このアルバムを聴いていたら、子どもの頃に住んでいた駅の近くにあった、チャップリンという名前の喫茶店のことを思い出しました。ここは、カレーだとかスパゲティが美味しくて、母に連れられて、何度か行ったことがあり、もちろんチャップリンという名前だけあって、店内は、チャップリンの人形があったり、ポスターがたくさん貼ってありました。しかし、子ども心にチャップリンの白黒のポスターって、なんだか気味悪く思えて、あるとき、カレーを食べた後、じっくりチャップリンのポスターを眺めていたら、気持ち悪くなって、吐いてしまったことがるのです。
でもってLaurie Hollowayの『Cumulus』を聴いていたら、そのことが思い出され、さらに、コロナという曲もあるので、なんだか縁起が悪いような気がしてきました。
そんなこんなで、すごいお勧めではないけれど、Laurie Hollowayの『Cumulus』の「コロナ」という曲を聴きながら、曲名に囚われず、早くメロウで能天気な気持ちで、この曲を聴ける世の中に戻って欲しいと願うばかりなのです。
戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。