作家として数々の小説を世に送り出し、 川端康成文学賞や野間文芸新人賞を受賞し、 芥川龍之介賞では過去5回のノミネートの実績を持つ戌井昭人。 市井の人々、 特に、 世間の尺度からほんの少しだけはみ出た“アウトロー”な人々に目を向け、 そこで営まれる日常のおかしみや直面する不条理をユーモラスに描くことで、 多くのファンを獲得してきた。 約3年ぶりの新作小説『壺の中にはなにもない』 でも戌井節はもちろん健在。疾走感のある展開や、 小気味のいい会話、 ひと癖もふた癖もある登場人物たちは、 まさに戌井ワールドそのもの。 しかし、 本作がそれにとどまらないのは、 主人公を取り巻く人々の優しさや他者との関係性の中で生まれるぬくもりの濃密さだ。
主人公の勝田繁太郎(26歳)は、 穏やかな生活を求めてマイペースにすごすあまり、 他者への関心や気遣いを意識せず、 仕事にも趣味にも恋愛にも意欲がない。 そのまま大人になってしまったがゆえに、 周囲とのトラブルをしばしば引き起こしてしまう。 しかし、 裏表のない繁太郎に人間性の本質を感じている祖父と、 繁太郎のキャラクターを“個性”として好ましく思う新人ホステスとの交流によって、 繁太郎は自らの内面に少しずつ変化を感じていく。
物語を通して投げかけているのは、 「自己と他者との関わり」や「自分という存在」といった、 昨今問い直される社会における多様性のあり方。 戌井さんの物事への複眼的な鋭い眼差しが、 主人公と周囲の人々とのやりとりのなかで時に辛辣に、 時に温かみを伴って随所に表れている。 繁太郎と彼の周囲の人々とのやりとりにくすっと笑ったり、 思いのこもった言動に胸がじんわりと温まったり、 思いがけない展開にはっとしたり。 過去の戌井作品以上のハートウォーミングな読後感が本作の大きな特徴のひとつだ。
戌井ファンの著名人たちが寄せた個性豊かなコメントの数々
作家としてはもちろん、 パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の主宰としても活躍している戌井。 公演はつねに超満員で、 お客さんは演劇ファンのみならず多方面の著名人たちからも厚い支持を集めている。
そんな戌井さんとその作品の魅力を伝えるべく、 本作の刊行に寄せて、 浅田政志さん(写真家)、 伊賀大介さん(スタイリスト)、 大森立嗣さん(映画監督)、 高城晶平さん(cero)、 高橋久美子さん(作家・作詞家)、 豊崎由美さん(書評家)、 中原昌也さん(作家)、 湯浅学さん(音楽評論家) からメントをいただき、 帯に掲載。 寄せられたコメントは、 帯を見た人が「これはいったいどんなストーリーなのか……」とさまざまに想像をめぐらす姿を予想できるような非常に個性豊かなものばかり。 それはまさに戌井さんを深く知る方々の“戌井愛”のなせるわざ。
実はこれらのコメントは、 《タイトル》《あらすじ》《鉄割アルバトロスケットの舞台上の戌井昭人さんのイメージ》をヒントに、 大喜利のようにストーリーを想像して自由に寄せられたもの。 その目的は、 帯のコメントに何か引っかかった人はページをめくってどんな内容かを実際に確認して楽しんでもらえたら、 との思いから生まれたPR企画。 また、 帯にコメントを寄せた伊賀大介さんと戌井さんによる対談を、 WEB「NHK出版 本がひらく」で11月4日(水)に公開予定。 本作のこと、 戌井さんのこと、 ふたりの思い出などについて語っていただいた。 こちらもぜひチェックしよう。
商品情報
『壺の中にはなにもない』
出版社:NHK出版
発売日:2020年10月28日
定価:1,540円(本体1,400円)
判型:四六判並製
ページ数:240ページ
ISBN:978-4-14-005713-1
勝田繁太郎は、 仕事にまるで意欲がなく、 これといった趣味もなく、 恋愛経験はゼロで、 平穏に過ごす日常を愛する男。 人に気を遣うことができず、 仕事でミスをくり返しても気にしないマイペースさゆえ珍事が尽きず、 周囲からは疎まれていた。 しかし、 破天荒ながら高名な陶芸家として知られる祖父だけは繁太郎の人間性に好感を抱き、 彼の陶芸の才能を見出していた。 なんとかして陶芸への興味を引き出し、 あとを継がせようと画策する祖父の思惑は果たされるのか。 そして、 繁太郎が成長する日は訪れるのだろうか――。