Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)
「生きていたい」という気持ちに寄り添い「死にたくない」という気持ちに共感することが悪ならば、俺は悪者で構わない
俺は多くの友人や先輩たちを亡くしている。事故や病気など原因は様々だが、若くして鬼籍に入ってしまった人間が多い。そのため若い頃から多くの葬儀に参列した経験がある。
PUNKSである友人や先輩たちの葬儀のため、若い頃は喪服など着ずに普段ライブに行くような格好で葬儀に参列していた。最後の別れなのでそれなりにビシッとして行ったつもりではあるが、あるとき一番近い友人の葬儀で、喪主とまではいかなくても、ほとんどを仕切る立場になったことがある。
そのときに喪服を初めて揃えたのだが、喪服を着るという行為に対してそれまで何も思っていないどころか多少否定的な考えも持っていたようにも思う。
しかし、喪服を手に入れると、「喪服を着て葬儀に参列する」という行為がどういうことなのか考えるようになった。
ある事故で死んでしまった友人の葬儀のときだったと思う。葬儀に参列し悲しみに震えながら、ふと思ったのだが「ひょっとしたら、こいつはまだ死んだことに気づいていないのではないか」と感じたことがあった。
実際はどうなのかわからない。しかし、もし死んでしまったことに気づかずに、彷徨いながら葬儀にいる俺たちを見て不思議に思ったり、話しかけても無視されているかもしれない。
そんなとき俺のような男が、普段絶対に着ることのない喪服を着ていたら、いくらなんでも気づくのではないかと。俺みたいな男が喪服を着ることで「残念だけど、もうお前は死んでしまったんだよ」という、わかりやすいメッセージにもなるのではないかと。
あくまでも個人的な思いなのだが、そんなことを考えるようになってからは、葬儀には必ず喪服を着るようにしているのだが、それまでよりも自分なりに死者の立場を考えて葬儀に参列するようになったのではないかと思う。
死者の立場を想像するというのは、生きている側の都合をいったん脇に置くことだと思う。多くの友人たちの葬儀に参列し、死者の側に立って考えるようになってから、世の中のことが前よりも不思議に感じることが多くなった。
先日もネットニュースなどに挙がっていたのだが、俳優・歌手の小泉今日子さんが自身のコンサートが始まる前に、日本国憲法第九条を朗読したものを流したことで問題視されていた。なんで日本国の憲法を読むと問題になるのかがさっぱり理解できない。
戦争の放棄として有名な日本国憲法第九条であるが、よく聞く反論にあるものが、軍隊を持たず、戦争をしない憲法でどうやって他国が攻めてきたら守るのかというものだ。
これもよく言われていることなのだが、そもそも戦争をしたい人間を止める憲法である理解があまりにも少ない。
憲法第九条によって、戦争がしたくてしょうがない人間を抑え込めていると考えて良いと思う。そのため躍起になって憲法改正を叫び続けているのが、戦争が文化とさえ言えそうなアメリカのケツを舐めまくることしかできない日本政府である。
戦争は金になる。政治家や国家権力にとって旨味しかないのだろう。その暴走に歯止めをかけるのが憲法だ。戦争をやりたい人間が憲法を改悪するなんて、泥棒に金庫番をさせるようなものではないか。
この小泉今日子さんの話題が世の中に出ていたときに、ちょうど自分のバンドFORWARDでライブがあった。俺のバンドには「戦争の放棄」という曲があり、イントロ部分で日本国憲法第九条を全文歌っている。歌うというより語りなのではあるが、奇しくもこの日の企画者でありFORWARDを誘ってくれたDEEP COUNTも、憲法九条を音に乗せ歌っていた。
普段PUNKだと言いながら国家に反発してばかりいる俺ではあるが、この憲法第九条のみは国家の決まりの中でも珍しく良いものだと思っているため、曲にして毎回ライブで歌うようにしている。
若い世代には、憲法が改悪され徴兵制になったとしても自分は断るから関係ないという認識まであるという。国家の徴兵が断れると思ってしまうこと自体にも驚かされる。
このライブ終了後、楽屋でDEEP COUNTのVo.NOBUさんとアンパンマンの歌の話になった。この日、日本国憲法第九条の戦争の放棄をステージで歌った俺たちは、アンパンマンの歌にも共感していた。
俺が初めてアンパンマンの歌を聴いたのは、すでにPUNKSになってバンドもやっていた頃だった。何の気なしにテレビから流れてきた子ども番組の歌に、俺は不覚にも「いい歌だなぁ」と感動してしまった。
日本に住む人であれば、ほとんど誰もが知る歌だとは思うので、ここに歌詞を掲載するほどでもないだろう。思い出してもらえれば、改めて素晴らしい歌詞だと思うのは俺だけではないはずだ。
生きる喜びをここまで歌い、愛と希望で戦う歌として、日本中の誰もが知っているはずだ。それなのに、現実は真逆の状況に追い込まれている人が多い。
望みが絶たれ、何も希望がない状態。絶望。死を感じたときの感覚だと思う。誰もがそんな状況にはなりたくない。しかし世界中で、この「絶望」に陥っている状況がなんと多いことか。そして自分「だけ」はそうならないと信じ込んでいる人間の多さにも驚くばかりだ。
戦争ができる国になったら、どれだけの人間の「絶望」があるのか想像すらできないのだろうか。
「自分は関係ない」で済まされる話だと捉えられるのが不思議でならない。
他にもアメリカの世界的歌手であるビリー・アイリッシュさんが「『動物が大好き』と言いながら肉を食べることは両立しない」と語ったことで大きな波紋を呼んだ。
この発言への批判に対し「生きている存在への共感を示すことが『物議を醸す』扱いになることに、もううんざり」と答えるなど、批判を強く突き放す発言をしている。
小泉今日子さんも、ビリー・アイリッシュさんも、かなりの著名人であるために物議を醸したのだとは思うが、こうした社会的に著名な方が「殺さない」意志を訴えるだけで物議を醸し、批判が起きるというのにも驚きである。
「殺さない」と言うのは悪いのか?
「殺す」のが正しいのか?
だとしたら、それは「狂っている」と思うのだが、俺が間違いなのか?
戦争など起きないほうがいいと思い、人が死なないことを望むと、批判される。
動物が好きで愛しているから、殺さないという話をすると批判される。
「生きていたい」という気持ちに共感することは、そんなに悪いことなのか?
本気で理解できない俺がおかしいなら、俺はおかしくて構わない。
「生きていたい」という気持ちに寄り添い「死にたくない」という気持ちに共感することが悪ならば、俺は悪者で構わない。
命に寄り添わず、共感しない「正義」に、悪者として立ち向かい続ける。「殺して当たり前」などという正義はクソ喰らえだ。
俺は難しい話をしているとは思えない。しかし理解は一向に進まない。みんな死にたいのだろうか。殺したいのだろうか。そんなバカな話ははない。その認識すら俺の間違いなのだろうか。
だとしたら、この世に絶望が蔓延るのは当たり前じゃないのか。そんな当たり前はぶち壊せ。
ビリー・アイリッシュさんも言っていたが、俺を嫌って責め立てて自分の「正義」とやらを確認したところで、食欲以上の欲望のために、泣き叫んで嫌だと訴えている命を、虐殺し、惨殺し、切り刻んでいる現実は変わらない。
俺を嫌って攻め立てれば命が救われるのだろうか。
世の中は本当に不思議なことばかりである。
「生きていたい」「死にたくない」という気持ちに、少しでも寄り添い、共感し、理解する人間が増えることを切に望む。
Inner Terrestrials『Barry Horne』
彼らは君の心を傷つけたが 君の意志は折れなかった
病に伏していた年月を通しても 君の言葉は揺るがず力強かった
彼らは君を動物のように檻に入れ 拷問した
それでも 殺すことのできないものを 彼らは決して傷つけられなかった
たとえ真の自由の戦士の肉体の命が尽きても
バリー・ホーン バリー・ホーン 君の記憶は生き続ける
砕けた夢と 幾年もの痛みを越えて
バリー・ホーン バリー・ホーン 君の死は無駄ではなかった
自らを守れない者たちのために 命を投げ出した男
悪夢の中に生まれ その人生は生き地獄
だが命より利益を優先するのは間違っていると思う人もいる
刃の下に生まれるのは間違っていると思う人もいる
彼らの見せしめは失敗した 君の死が俺たちを団結させる
眠っていた多くの人々が 今 闘うために目を覚ましている
ひとりの男が動物たちのために死に その苦境を世界に伝えた
このテロリストは正しいのか 大衆にそう考えさせた
たとえ真の自由の戦士の肉体の命が尽きても
バリー・ホーン バリー・ホーン 君の記憶は生き続ける
砕けた夢と 幾年もの痛みを越えて
バリー・ホーン バリー・ホーン 君の死は無駄ではなかった
注:Barry Horne(バリー・ホーン/1952–2001)は英国の動物権活動家。放火などに関して有罪判決を受け、18年刑で服役中に、動物実験をめぐる公的調査を求めてハンガー・ストライキを複数回行ない、2001年11月5日に亡くなった。Inner Terrestrialsの本曲は、彼を悼む内容の追悼歌。
Chat GPTで翻訳しました。
Inner Terrestrials『Barry Horne』
Though they broke your heart they never broke your will
Your script stayed strong through the years you were ill
They caged you like the animals and tortured you but still
They could never hurt what cannot be killed
Though the mortal life of a true freedom fighter's gone
Barry Horne, Barry Horne your memory lives on
Through the broken dreams and all the years of pain
Barry Horne, Barry Horne your death was not in vain
A man laid down his life for those who can't defend themselves
Born into a nightmare their lives a living hell
But some people think it's wrong to put profit before life
Some people think it's wrong to be born under the knife
Their example has failed, your death helps us unite
There's many who were sleeping who are now awake to fight
That a man died for the animals to teach the world their plight
He made the masses wonder if this terrorist was right
Though the mortal life of a true freedom fighter's gone
Barry Horne, Barry Horne your memory lives on
Through the broken dreams and all the years of pain
Barry Horne, Barry Horne your death was not in vain
◉Inner Terrestrialsは元CONFLICTのオリジナル・ドラマー、Paco Carrenoを中心に1994年に結成された、イギリスのANARCHO / SKA / DUB / POLITICAL PUNKバンド。日本でも支持者が多く、2010年、2012年と二度の来日ツアーを行なっている。「Barry Horne」は2004年3月に発表されたアルバム『X』に収録。
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。


































































