もう45年前にもなるのか、1972年にライブ演奏ができる西荻窪ロフトを開店させた時のテーマはジャズ、ロック&フォークの「雑多な音楽と雑多な運動家の空間」というものだった。
山下洋輔トリオは、西荻窪ロフトのオープン2日目に絶賛される演奏をしてくれた。それから荻窪、新宿と、何回か演奏はしてくれたが...。
そもそも47年前のロフト1号店である烏山ロフトはジャズスナックだった。
私はやはりジャズ音楽が一番好きだった。ジャズ好きであった当時の私の意識としてはジャズをベースに、当時の伝統的なメッセージフォークと新しく巻き起こった日本語ロックの3本立てのライブ空間にする予定だった。しかし、ジャズは新宿ピットインとかの老舗が都内にはたくさんあった。
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ロフトがやるジャズのイベントは惨憺たる有様だった。これはとても太刀打ちできないとばかり、私は当時生まれたばかりの日本語ロックにライブの中心を切り替えた。
あれからロフトは山下達郎さんや鈴木慶一さんや坂本龍一さんのニューミュージックの時代になった。
私は山下トリオの大ファンだったが、自分の店で動員を気にするより、他店のジャズ喫茶で一人のファンとして、自分の店でできなかった、山下洋輔さんや浅川マキさん、板橋文雄さん、本田竹廣さんなどを聴いた。なんとも商売を離れて自由にリラックスして聴けることに感激していたが、やはりだんだんジャズとは遠ざかっていった歴史がある。
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それから40年が過ぎて、ロックのロフトからトークばかりが有名になって、小林社長の死を契機に音楽のロフトの再構築に新社長・加藤は踏み切った。それが、ロックカフェロフト、ライブハウス・ロフトヘヴンの新規開店なのだ。
今年7月にオープンしたロフトヘヴンはグランドピアノも設置して、全員椅子席のジャズも出来る空間にした(キャパ100)。
この日のお客さんはやはり向井秀徳目当てのロック系の若い人たちが断然多かった。
山下さんのスタイルはロック系の若きお客さんをターゲットに、それは彼らにフリージャズの良さをわかってもらおうと、多分いつもはやらない曲の説明をたくさんしながら、それはジャズ初心者に優しく語りかけて素晴らしい演奏をしてくれた。うっ、山下洋輔さんにこんなお客さんとトークしようとする優しい側面があったのかとびっくりした。
当日は椅子席100人で満員だ。小さい空間なので、PA陣(ロックしか知らない?)はとにかくウッドベースからシンバルからピアノまでほとんど生音で勝負した。これが大成功だったようだ。
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もちろんトリオ編成の難しい曲もあったけど、ジャズとはどういうものかの講義までしてくれたのだった。
なんともあのジャズの名曲「枯葉」までやってくれた。これには感動した。
最後は山下トリオと向井秀徳のセッション。実に素晴らしかったな。
あまり褒めるのは好きでないが、この日だけは私も充分納得のライブだった。
「向井さん、今日の演奏は素晴らしかった。なんにしても対バンが天下の山下トリオなのに全然、変な尊敬でなく、萎縮せず堂々と張り合っていたよね。山下トリオをバックに一人歌ったのはすごかった」と私。
「そうです。70歳を超えた山下さんに絶対負けるもんかという意識でやりました。山下トリオの人たちは気持ち良さそうでしたね」と向井。
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私は山下さんとは「囲碁」の話しかしなかった。
「今、僕は囲碁二段に挑戦しているんだけど、年をとるともう全然強くなれないんですよ」
「日本囲碁連盟から名誉五段をくれると言うのだけど、とてもそんな実力はないので断っているんだ」と
優しく微笑む山下洋輔さん。昔のシーンが蘇ってきた。
これからのロフトヘヴン、この日のようなロックとジャズの融合をテーマに企画を組んでくれると嬉しい。
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さて、大塚ロフト音楽部長、次はどんな企画で、どんなロッカーとジャズミュージシャンと組ませるイベントを仕掛けられるのか期待したい。
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文:平野悠 / 写真:丸山恵理