新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催される日本最大級の野外音楽フェスティバル、『FUJI ROCK FESTIVAL』(以下、フジロック)が今年も7月下旬の3日間にわたり開催される。数々の名バンドを渡り歩き、セッションドラマーとして幾多のレコーディングやライブサポートに参加してきた日本屈指の剛腕ドラマーである池畑潤二は、苗場食堂のオープニングバンドとして出演する苗場音楽突撃隊、苗場を通る国道17号にちなんで命名されたROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRAのバンマスとして表舞台に立つ傍ら、スタッフの一員として会場内の舞台設営や資材搬入などを手伝っていることで知られる。トップミュージシャンが結集する今年のROUTE 17は、長年MCとしてフジロックを盛り立ててきたスマイリー原島を哀悼し、大江慎也、甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、浅井健一、トータス松本(ウルフルズ)がゲスト参加。また、ギタリストの花田裕之、ベーシストの井上富雄が参加することから、ザ・ルースターズのオリジナルメンバー4人が12年ぶりに再結集することでも大きな話題を集めている。
苦楽を共にした盟友の旅立ちが手繰り寄せた思いがけぬ旧友再会を前に、その胸中に去来するものとは何なのか。フジロックの前哨戦として行なわれる、浦田賢一(ex.サンハウス、ex.ショットガン)率いるHAKATA BEAT CLUBと苗場音楽突撃隊の対バンにはどんな意図があるのか。そして2年後に古稀を迎えるまでにドラマーとして成し遂げておきたいこととは。フジロック本番へ向けてウォーミングアップに余念のない池畑に話を聞いた。(Interview:椎名宗之)
フジロックでの本番前に苗場音楽突撃隊のライブをやる意義
──フジロックの開催が迫ってきましたが、今はその準備に追われて野球をやる時間がなかなか取れない状況ですか。
池畑:いや、普通に練習してる。でも最近は雨のせいで休みが多くてね。
──池畑さんにとって、野球は音楽と並ぶライフワークですよね。
池畑:人生の岐路に立って、野球をやるか? 音楽をやるか? という道を通ってきたからね。高校の頃は甲子園を目指すか、プロのドラマーを目指すか、どっちかだった。その両立はできなかったし、「今週はドラムの練習があるので野球の練習を休ませてください」なんて先輩には言えなかった時代だったから。
──音楽と野球の共通する醍醐味といえば、やはりチームプレイの妙といったところでしょうか。
池畑:どっちも基本は個人プレイなんだけど、みんなと連携していかないと何の結果も出せない。そういったところは同じだね。野球とドラムでは使う筋肉が細かいところではちょっと違うけど、応用が効く。今となっては野球と音楽を両方やり続けていることが随分と助かっている。ドラムは座って叩くけど、ただじっと座っているわけじゃなく、常に下半身を動かしている。そういう身体の動きは野球も同じ。守るときも打つときも止まっているように見えるけど、実は細かい筋肉を絶えず使っている。
──今年は苗場音楽突撃隊のライブが活発ですね。4月3日に浅井健一さんをゲストに迎えて行なわれた『FUJI ROCK NIGHT 2026』に続き、7月6日にはHAKATA BEAT CLUBとの対バンもあって。これは苗場を抜け出して突撃隊の存在をより広く知らしめようとの思いからですか。
池畑:実はこれまでも何度かやってるんだよね。一昨年は東京ではなく京都だったけど。苗場音楽突撃隊はちょっと特殊なバンドだし、東京と離れて地方と連携したライブをやれたらいいなと思って。こういう面白いバンドがフジロックでやってますというアピールの場になればいい。それと、フジの本番前にリハーサルを当然やるんだけど、時間があまり取れなくてね。それならフジでやる曲を事前にライブでやって、そこで身体に曲を染み込ませようと。ライブの本番自体がフジの練習というか。
──2012年にフジロックの苗場食堂で連続のステージを務めるバンドとして結成されて早14年、近年はメンバーもほぼ固定化していますし、練習の時間を増やさずとも阿吽の呼吸で合奏できるのではないかと素人目には思えてしまいますが。
池畑:東京でサッとリハーサルを済ませて本番に向かうこともできなくはないけど、フジはやっぱり特別な場所だから。新しい曲も増やして取り組んでるし。新しいと言ってもゼロから作ってるわけじゃないけど。
──選曲は変わらず、“大将”ことフジロックの創始者である日高正博さんとの共同作業なんですよね?
池畑:そうだね。さて、今年のROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRAはどうするか? と日高さんと話しながら決めていくんだけど、その中で漏れた曲がどうしても出てくる。それをちゃんとストックしておいて、突撃隊でやったりする。
──2013年に始動したROUTE 17が文字どおり大所帯のオーケストラ編成なのに対して、突撃隊は小回りが利いて駆動力もある精鋭部隊といった感じですね。
池畑:いつも「やるのか? やらないのか?」と話す日高さんの指令ですぐに動けるバンドっていうか(笑)。管楽器は一本だけだけど、最小限の人数で最大限のことをやれるバンドだね。
7月6日(月)に渋谷クラブクアトロで行なわれる『HAKATA BEAT CLUB vs 苗場音楽突撃隊』
2005年5月に発売されたDVD『HAKATA BEAT CLUB』(収録は2004年11月、SHIBUYA duo MUSIC EXCHANGEにて)
──フジロックの前哨戦として渋谷クラブクアトロで行なわれる『HAKATA BEAT CLUB vs 苗場音楽突撃隊』について伺います。2004年11月に福岡と東京で開催された『HAKATA BEAT CLUB』ですが、池畑さんが浦田賢一さんから打診を受けたのがそもそものスタートだったんですか。
池畑:うん。浦田さんが「ドラマーはいつも後ろに座ってるから前に出たライブをやろう」って。で、いつも前に出てるギターやベース、ホーンセクションはその後ろに立つ(笑)。
──ぼくは東京でのライブを鑑賞したのですが、浦田さん、梶浦雅裕さん、川嶋一秀さん、そして池畑さんのドラムセットが横一列にduoの舞台に並ぶのが壮観でした。『鉄腕アトム』のテーマ曲を筆頭に、50~60年代のリズム&ブルースやロックの名曲が矢継ぎ早に繰り出される圧巻のステージでしたが、もう20年以上前のライブなんですね。
池畑:俺もそう思った。まあ、“HAKATA”と言っても俺や花田(裕之)は北九州なんだけど(笑)。博多には浦田さんたちの系統であるサンハウス、照和を発祥とするフォークを含めた音楽の流れがあって、厳密に言うと北九州とはちょっと違う。でも浦田さんは福岡のどっちのミュージシャンとも交流があり、俺はどっちかと言えばサンハウス系の人たちのほうが知り合いも多かった。
──浦田さんは1978年にショットガンの一員としてデビューしていますが、当時から交流があったんですか。
池畑:なかった。ルースターズが最初に東京へ来たとき、ラフォーレ原宿でオーディションがあって(1980年4月1日に行なわれた、音楽誌『ROCK STEADY』主催のテープ・コンテスト)、そこにゲストで浦田さんたちのショットガンが出ていた。それまで初期のサンハウスの音は聴いていたけど、浦田さんが実際にドラムを叩くのを見たのはそのときが初めて。
















