「それしかできない」と言うよりも「それしかしたくない」
──バンドの苦境時にあっちゃんが果敢に営業活動をしなければ氣志團と出会わず、まちゃさんと出会うこともなかったかもしれませんね。
アツシ:ああ、そうかもしれない。
まちゃまちゃ:前にあっちゃんと対談して盛り上がったのは、「『前のロティカが好きだったんだよね』って言うヤツが嫌い!」って話で(笑)。アタシも「『ウルフ神崎』とか『摩邪(マジャ・コング)』が好きでした」と言われるのは有難い話なんだけど、めっちゃファンでした! って過去形で言われてもって感じで(笑)。30年ずっと芸人を続けてるし、ロティカも今年で42年でしょ? そこで前のほうが好きだったとか言われてもね。
──まちゃさんが芸人デビューした1996年はニューロティカがカタルさんとナボさんを迎えて新体制として再始動した年で、何か因縁めいたものを感じますね。
まちゃまちゃ:確かに。ピーズはその翌年に活動休止してますけど。
──怒髪天も1996年に一旦活動休止しているんですよね。各々が人生の変動期にいたというか。
まちゃまちゃ:アタシは怒髪天の休止中に増子さんと出会ってるんです。アタシが吉本に入ってしばらくしてモリマンが札幌へ帰ることになって、モーリーさんが増子さんに「まちゃのことを頼みます」と言ってくれて、アタシのアルバイト先にミスティ(西荻窪にあった音楽スタジオ)で録ってきたであろうカセットテープを増子さんが持ってきてくれたんです。ギターウルフは1997年にキューンレコードからメジャーデビューしてるんで、それぞれ劇的な動きがありますね。あと、アタシが吉本に入った頃、ロンブーさん(ロンドンブーツ1号2号)が『あなあきロンドンブーツ』っていう深夜番組をやってて、そのエンディングテーマとしてピーズの「底なし」が使われてたんです。その縁ではるさん(大木温之)が銀座7丁目劇場のステージで唄ったことがあって、おいおい、言ってくれよ! みたいな。そのときスタッフさんは誰もアタシがピーズを好きなことを知らず、アタシがまだ出囃子にピーズの曲を使えなかった頃で。
──あっちゃんにとっては修豚さんらが一斉に脱退したときが人生のターニングポイントだったと思うのですが、まちゃさんにとってのターニングポイントはいつ、どんな出来事でしたか。
まちゃまちゃ:『エンタの神様』に出る前の1年間ですね。ずっと打ち合わせの連続でなかなかオンエアされず、作家さんには「もう吉本を辞める!」とまで言ってました。当時、『エンタの神様』でやるようなネタを月一でルミネtheよしもとでやってくれと言われて、ゴングショーみたいなのに出たら出たで評価の点数が低くてレギュラーにはなれないみたいな。それで月一のイベントを休ませてもらって、吉本を辞める相談を周囲にしてたんです。でもその頃にペナルティのワッキーさんが「今はちょっとずつ希望の光が見えてきてるし、この先へ行けたら俺は絶対お前を引っ張るから」と言ってくれて思いとどまった。で、その翌年に『エンタの神様』でネタがオンエアされるようになったんです。だけどそのときも収録したとてまたお蔵入りになるかもしれないと半信半疑だったし、収録の前日が氣志團のライブだったんですけど、打ち上げからそのまんま一睡もしないで収録に行きましたからね(笑)。だから最初に『エンタの神様』に出たときはかなりヤバい目つきをしてたんですけど、その目つきがいいみたいに言われたんです。それから顔と名前を覚えられるようになっても、今回の『独身披露宴』に出てくれるみなさんは何も変わらず優しく接してくれるので有難いです。
──『独身披露宴』に出演する5組のバンドは、活動休止になっても主要メンバーが欠員になってもしぶとく活動を続けているのが共通する最重要ポイントと言えますね。
まちゃまちゃ:新しい表現をし続けるのはもちろん凄いことだけど、何があっても屋号を変えずに守り続ける姿勢も凄いと思うんです。アタシは実家(美容室)の看板を継げなかったので余計にそう思うのかもしれない。メンバーが変わって「前と違うじゃん」とか言われる経験をあっちゃんもしてるけど、アタシはピン芸人でそういう経験がないのでより一層凄いと感じます。
──あっちゃんはバンドを再始動するにあたって屋号を変える発想はさすがにありませんでしたか。
アツシ:変えるつもりはなかったけど、英語表記を「NEW ROTEeKA」から「NEW ROTE'KA」にした。「e」を消して辞めたヤツらをポンと飛ばした(笑)。
まちゃまちゃ:シャボン玉みたいだね(笑)。
アツシ:結局ね、それしかできない。僕はバンドしかできないから。
まちゃまちゃ:「それしかできない」って言うよりも「それしかしたくない」んじゃないかな。それはあっちゃんに限らず、他のバンドのみなさんもそうだと思うんですけど。
アツシ:そうかもしれないね。
まちゃまちゃ:アタシは「それしかできなかった」んです。いろんな人にしょっちゅう言われるんですよ、「なんでバンドをやらなかったの?」って。単純に中学のとき、楽器に挫けただけなんですけど。ギターのコードを見ても何が何だかわからなかったし、ドラムをやろうとして実家の2階でスティックでゴミ箱を叩いていたら驚くほど親父に怒鳴られまして(笑)。















