映画を完成させたことで自分なりに筋は通せた
──本作で「鮎川さんとシーナがいなくなったことは大したことじゃない。“いた”ってことがすごいんだ」という名言を残した甲本ヒロトさん(ザ・クロマニヨンズ)の出演は、監督がブルーハーツを好きだったがゆえのオファーだったんですか。
寺井:それよりも、ヒロトさんが鮎川さんについて語ったエピソードを聞いたことがあったからなんです。高校時代にラジオ局の前で鮎川さんとシーナさんの入り待ちをしていたら、そのままラジオ局の中へ連れていってもらったという。その話がすごく印象に残っていたので、それをヒロトさんから直接聞ければ、鮎川さんが昔から分け隔てなくファンと接していたことが伝わると思ったんです。
──ラジオを見学した後、「僕はまだロック未体験だけど、僕にもロックンロールができるような気がするんです」と話したヒロトさんに、「大丈夫。きっとできるよ!」と鮎川さんが強く勧めたという有名なエピソードですね。
寺井:その鮎川さんの一言が何を引き起こすのかは後になってみなければわからないし、そういうことを言われてもリスナーで終わった人もいるでしょう。でも少なくとも、鮎川さんの言葉と振る舞いがブルーハーツの甲本ヒロトを生んだわけですよね。それは純粋にすごいことだと思うし、ヒロトさんも鮎川さんに対して恩義を感じているからこそあのインタビューに応えてくれたと思うんです。ヒロトさん自身、「一生かけて恩返しするわ」と鮎川さんに伝えたと言いますしね。
──ヒロトさんの上京当時のバイト仲間だった松重豊さんは俳優という異業種で活躍されていますが、鮎川さんから受け継いだロックのDNAを今なお身に宿しているのが如実に窺えましたね。
寺井:松重さんには初めて話を伺ったんですが、俳優と言うよりも音楽人という印象を強く受けました。それほど松重さんの人格形成において音楽を占める割合が高かったんだろうと思います。
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──松重さんが仕事の選択に迫られたときに、それがロックか、ロックじゃないかで考えるという趣旨の発言をされていましたが、寺井監督にも同じような発想はありますか。
寺井:ロックかどうかということよりも、筋が通っているか否かで考えますね。ビジネス的な意味合い以外の部分でそれが好きなのか? とか、本当にそれを良いと感じているのか? とか。まあ、こうして映画が完成した以上、多少は収益のことも考えないといけないんですけど(笑)。
──でも、シーナ&ロケッツも名声や金なんてことは二の次で、ただバンドをやりたい思いだけで半世紀近く続いてきたわけじゃないですか。
寺井:バンドは人間関係が大変だし、割に合わないことも多いし、お金儲けをしたいなら別の仕事をしたほうがいいとすら思うんです。それでもバンドをやりたい人たちは後を絶たないわけで、この映画を観て、バンドをやりたい原動力や魅力の中心にあるものとは何なのかをそれぞれが考えてもらえたら嬉しいですね。シーナ&ロケッツが始まったことで、鮎川さんの生き方、家族の在り方は決して切り離せないものになっていったんだろうし、実際、劇中で鮎川さんも「生活とロックはイコールという世界に、シーナが引き込んでくれた」と話していますよね。それまでどこか理詰めで物事を考えるタイプだった鮎川さんを、衝動の赴くがままに「やりたいからやるんだよ!」とパワーを与えたのがシーナさんだったんじゃないですかね。シーナさんに突き動かされたことで鮎川さんの運が開けたところもあったと思います。若松で思いきりバンドができなかった頃の鮎川さんって、きっとしょんぼりしていたと思うんです。本領を発揮できずに燻っていた鮎川さんには「東京で勝負してこい!」とシーナさんのお父さんに言わせる何かがあったんだと思うし、勝負させてあげたいという魅力もあったんでしょう。実際、ずっと密着させていただいた鮎川さんは本当に魅力的な方でしたから。
──シーナさんが亡くなったことで芽生えた鮎川さんとのご縁でしたが、この映画完成に至るまで、実に濃密濃厚な8年だったと言えるのでは?
寺井:シーナさんがお亡くなりになったことで、結果的に鮎川さんとご家族とのより深い縁をいただけたこともあるし、最初の鮎川さんへのインタビューは本にもなっているんです(『シーナの夢 若松, 博多, 東京, HAPPY HOUSE』、2016年8月刊)。自分が関わった仕事が本になるなんてそれが初めてだったし、こうして映画になるのも当然初めてだし、そうした貴重な経験はすべて鮎川さんとご家族からいただいたものなんです。福岡で音楽の仕事に関わる人間として言えば、福岡のロックの御本尊、総本山と言うべき鮎川さんに焦点を当てた映画の制作に関わることができたんですから、これで自分なりに筋は通せたなという気がしていますし、本当に有り難いことだと感じています。
──最後に、寺井監督が鮎川さんから学んだ一番大きなこととは何ですか。
寺井:まるで実践できていませんけど、誰に対しても同じ態度を取ることですね。肩書きも身分も関係なく、分け隔てなく接すること。ああいう接し方がなぜできるのか、ずっと不思議でした。大御所なのに誰とでもフラットに接するあの距離感、懐の深さ、底抜けに優しい人柄が、この映画でも如実に伝わると思います。