納得の度合いが今までとは桁違いにある
──16年もの歳月をかけてやっとそうした境地に達することができたのはなかなか感慨深いですね。
蛯名:まあ、未熟なんですよ。別に優劣をつけるつもりはないんですけど、今回が一番いいアルバムができたと思ってるんですよね、自分のなかで。アルバムができあがったときの納得の度合いが今までとは桁違いにあって、出しきれなかった部分や達成できなかったところも正直あるといえばあるけど、やりたいことを存分にやれたし、出したいものを出せた手応えがすごくあるんです。だからこそこのあいだSLANGのKOさんにもやっとCDを手渡しできたし。本当はアルバムができるたびに渡したかったんだけど、なんだか胸を張って渡せないところがいつもあって。だけど今回はどうしてもKOさんに聴いてほしかったし、「聴いてください!」と渡せたので自分でも嬉しかったですね。KOさんも嬉しそうで良かったです。
──「Discharming man」のように一度寝かせておいてから形になった曲は他にもあるんですか。
蛯名:「empty boy」と「メイデイ」は8年前の曲で、《stiff slack》から出した『aprilfool』という7インチ(2014年2月発表)で一度録ったんですよ。そのときのベストは尽くしたんだけどうまく録りきれなかった思いがあって、特に「メイデイ」は詰が録り直したかったみたいで、じゃあやろうかということで入れました。
──労働者の祭典をテーマにした歌でもないのに、なぜ「メイデイ」というタイトルを付けたんですか。
蛯名:「February」もそうなんですけど、ブッチャーズの『kocorono』みたいに月ごとにイメージして曲を作っていた時期があったんです。そういう曲がいっぱいあったんですよ。
──そういえばブッチャーズの「5月」に歌詞を付けて唄ったこともありましたね。
蛯名:あれは吉村さんが生きてたら怒られそうなことをやったらいいなと思ってやっただけなんですけど(笑)。
──怒られるどころか、蛯名さんらしい抒情的な歌詞でとても良かったですけどね。
蛯名:あれは自分でも気に入ってます。くしこのベースも射守矢(雄)さんみたいで良かったし、いつか録り直してみたいですね。
──今回のアルバムが出た直後に蛯名さんが今のメンバー3人に対するラブレターのようなブログを書いていたじゃないですか。そこで「感性も枯れてた気がしてたし声もどんどん出なくなってて」と書かれていましたが、全然そんなことはないと僕は思ったし、こうして会心のアルバムを完成させたことはバンドとしてまだやれることがたくさんある何よりの証明だと思うんですよね。
蛯名:いいものが作れて本当に良かったと思うし、江河さんと玉木くんが抜けてから5年くらい経って、ここまで来るのにやっぱりそれ相応の時間や実験が必要だったんでしょうね。
──いま聴くと、過去の3作のアルバムは音が端正で整いすぎた感も若干ありますね。特に吉村さんがプロデュースした『dis is the oar of me』(2009年1月発表)はすごくいい音だけど、今回のバンド感溢れる荒ぶった音のほうが今のDischarming manには合っている気がします。
蛯名:『dis is the oar of me』は、あれはあれで時代の音ですよね。あの頃は吉村さんも俺もシガー・ロスみたいなバンドにハマってたし、ちょっとダイナミクスのあるサウンドというか空間のある音を好んでいたからああなったところはありますね。今回は荒々しいものを作りたい、まとまった感じのものは作りたくないとメンバーにずっと言っていて、それがいい感じで出てると思うんですよ。
──よく出ていると思うし、『POLE & AURORA』というアルバムタイトルにはちょっとしたユーモアも盛り込まれていますよね。これ、札幌市民ならくすっと笑えるところがあると思うんですけど。
蛯名:札幌市民でも意外と気づかない人がけっこういますね。自分としてはもっと外側に向けて発したくて、でっかい括りで付けたつもりのタイトルなんですけど。
──“AURORA”は「極光」という曲から来ていると思うのですが、“POLE”は“北極”のことですよね。
蛯名:“極地”、“極点”という意味なんです。『極点とオーロラ(極光)』ってなんかいいなと思って。だからポールタウンとオーロラタウンってすごくいいネーミングですよね。誰が名付けたかは知らないけど。そこから拝借して、実はこんな意味があるという洒落っけのあるアルバムタイトルにできたのも気に入ってます。そもそもDischarming manというバンド名自体がだいぶふざけてると思うけど(笑)、俺は基本的にふざけてる人なので。
──「極光」と「WOUND」の歌詞に“氷河”、「Discharming man」の歌詞に“氷の河”という言葉がそれぞれ出てきますよね。たまたまなんでしょうけど、繰り返し出てくるからには何か意味するところがあるんじゃないかと気になったのですが。
蛯名:特に意図はないんだけど、何だろう。閉塞感の象徴なんですかね。閉じ込められてる感じというか、冷たい氷河の下で溺れてるようなイメージ。そういう寒々しくも壮大さがある感じ。もしかしたら住む環境が変わったのもあるのかな。前に住んでた中央区よりも今住んでる豊平区の福住のほうが冬道を歩くことが多くて、そういうのも意外とフィジカルで影響があるのかもしれません。
──「Discharming man」のミュージックビデオは豊平川の付近で撮影されたんですか。
蛯名:あれは石狩川です。監督のアキタくんが石狩川が大好きで、事あるごとに石狩川に連れて行かれるんですよ(笑)。
──ミュージックビデオの前半とジャケット周りで使われたコンクリート打ちっぱなしの空間もその辺りですか。
蛯名:あれは東区のトンネルですね。苗穂辺りの工場地帯に地下道があって、そこへ3回くらい通って撮りました。
──ジャケットデザインから写真と映像の撮影までビジュアル面のすべてを手がけるアキタさんには全幅の信頼を寄せているのが窺えますね。
蛯名:アキタくんはもともと写真家で、個展をやりながらいろんなバンドのアー写を撮っていたんですけど、彼の写真がすごく好きだったんです。撮った写真を彼なりに加工するのも面白いし、自分にはない世界を持っているからDischarming manのイメージを増幅してくれると思ったんですよね。