出会いをあきらめていないから合図を送り続ける
──「明日の墓場をなんで知ろ」は従来の単孤無頼を貫く歌の系譜に連なるものだと思いますが、このタイトルは北原白秋の「あかい夕日に」の一節から引用したものですよね?
吉野:そうです。パクりました(笑)。
──「あかい夕日に」は働きもせずに昼から酒を飲む自分を《どうせわたしはなまけもの》と嘲笑う詩だったと思いますが、どこか吉野さんの生活と重なるようにも思えますね。
吉野:俺の人生なんてずっと失業中みたいなものですから。そこをどうにかこうにか、ライブをやったり音源を作ったりすると心優しい人たちがお金を払ってくれるので、その善意で今日まで生き延びてこれましたけど、ちゃんと働いたことはないですからね。日雇い労働しかしたことないですし、全然使いものにならんのです。ずっと綱渡りで生きてきたし、北原白秋の詩の通り〈なまけもの〉なんですよ。
──何ものにも縛られず、寄りかかることもなく自由に生きてきたからこそ、コロナ禍でライブができずに無収入になるのは仕方のないことだと腹を括っているところもありますか。
吉野:個人的にはそう思ってますね。ライブがやれないのはコロナの影響をもろに受けてますけど、自分が危機に陥るのは何もそれに限ったことじゃないですから。バンドが解散してしまえば即座に収入は絶たれるし、ライブができるなら一人で日銭を稼ぐこともできるかもしれないけど、それだってみんなに愛想を尽かされちゃったらゼロですよ。いつでもすぐ無収入になってしまう危機の中で生きてきたし、それを選んで生きてきたので、すべてがゼロになってしまう日が来たら来たで仕方ないとは思っています。
──でも、どれだけ追い詰められた現状であれ何ひとつあきらめないのが吉野さんのスタンスですよね。
吉野:あきらめてはいませんね。まだまだあの手この手で生き延びてやるぞと思ってます。
──震災後の自粛ムードもそうでしたけど、まずは衣食住が最優先で音楽が必要とされるのは一番最後という風潮がありましたよね。今回もそれと同じで致し方ないという認識ですか。
吉野:必要ない人には必要ないんでしょうね。ライブハウスなんかなくなったって痛くも痒くもないと言ってる人を見かけたりしますけど、そうでしょうよ、お前にとってはな、と思うだけです。ただ、お前とは友達にはなれん、とは思いますけど。
──我々には励みになる言葉です。しっとりとした序盤から一気に熱を帯びたアンサンブルへと加速していく「月に手を伸ばせ」は本作における屈指の名曲だと思いますが、決して届かない月に懸命に手を伸ばそうとするのも何ひとつ現状をあきらめていない姿勢の表れのように思えますね。
吉野:「月に手を伸ばせ」っていうのはあれですよ、「月に手を伸ばせ、たとえ届かなくても」っていうジョー・ストラマーの名言のパクりですよ。
──そんなあっさりと種明かしを(笑)。
吉野:わかる人にはすぐわかりますから。でもさすがいいこと言うなあと思って。自分がその曲で言いたかったことと言葉の言い回しがぴったり合ったので、勝手にパクらせてもらいました。
──力漲るサビの歌詞とは対照的にセンチメンタルな平歌や中盤の歌詞がとてもいいんですよね。《君に会えそうで会えない帰り道》という、そこだけ抜き出したらラブソングの一節にも聴こえる歌詞も真新しいですし。
吉野:出会いをあきらめてるわけじゃないんですよ。出会いたいんですよ、いろんな人に。〈君〉というのは男でも女でも誰でもいいんですけど、面白い出会いをあきらめてないんです。だけど新たなに出会ったり知り合ったりする機会がいよいよなくなってきたんですよ。それはコロナの影響というよりも、人とあまり接しない俺の生き方がそうさせるのかもしれませんけど。会社に行くわけでもないですし、友達と誘い合ってワイワイやることもないですから。そもそも友達もあまりいないので。でも、面白い出会いって嬉しいものじゃないですか。だからあきらめてはいないんだけど、空振りなんですよ、毎日。一人で出歩いて、結局は一人で帰ってくる。それをしみじみと噛み締めているわけですよ。
──面白い出会いを求めて『極東最前線』をやり続けてきたところもありますよね。
吉野:そうですね。それが縁になって長々と付き合いが始まるってこともないんですけど。それも自分から深入りできない俺の性格上の問題なのかなと思ってますね。
──吉野さんのほうにここから先は深入りしないでほしいという部分があったりは?
吉野:どうなんですかねえ。そんなに構えて人と付き合ったりはしてないんですけど。まあ、みんな大人になればなるほど各々事情がありますから。若い頃みたいなつるみ方はもうできませんしね。
──「合図を送る」は吉野さんの静と動を対比させたギターワークが冴え渡っていて、何より中盤以降の火を吹くようなギターソロが絶品ですね。この曲に限らず、本作はどの曲も情感溢れる音色が素晴らしいですが、「合図を送る」は特にそれを感じます。
吉野:静けさから始まって、あるところからギターがバーン! スパーン!と炸裂してまたふっとなくなるような曲を作りたかったんですよ。音に関しては一曲ごとにとにかく今やっておきたいこと、「こういう感じなんだよ」というイメージを詰め込んだっていうか。エンジニアの前田さんと2人でああでもないこうでもないと音作りをしました。「こうやってみたらどうですか?」「うーん、ちょっと違うっすねえ」「じゃあこんな感じは?」「ああ、いい感じっすね!」みたいな感じで一個一個作っていったので、狙いというよりもこつこつと積み重ねていった結果が音に表れているんじゃないですかね。今回はあまりに必死すぎて覚えてないことが多いんですよ(笑)。
──「合図を送る」というタイトルや歌詞を読んで、bedside yoshinoの「念力通信」という曲を個人的に連想したのですが、思いの丈はSNSやネットを使わずに合図を送ったり念力で伝えるというのが吉野さんらしいと思ったんですよね。
吉野:世の中に気の合う人って本当にいるのかな? って思うんです。俺の場合、気に食わない人がほとんどなんですけど(笑)、それでもどこかにちゃんと話ができる人がいるはずだと思ってるんです。だから合図を送り続けたいんですよ。ボヤーっとして見えないんです、その人たちは。だけど合図を送り続けていればどこかで出会えるかもしれないなと思って。