前作『SONGentoJIYU』から3年ぶり、通算18作目となるイースタンユースのフルアルバム『2020』は、新型コロナウイルスの世界的感染拡大という人類未曾有の危機に直面した2020年を後世に伝える音のモニュメントだと思う。コロナ禍について直接言及した歌はないし、ここで唄われているのは危機一髪の状況をどうにかこうにか綱渡りで生き延びようとする人間の覚悟と決意、それでも現実は今日も続いているという厳然たる事実だが、他者への不寛容や差別や同調圧力が社会全体を覆う2020年の今の空気を如実に伝えている。とはいえ辛気くささや堅苦しさは微塵も感じられない。打ち鳴らされるのは爽快で軽快で豪快でカラッと渇いたパンクロック、際限まで余分なものを削り落とした音と詞だ。こんな状況なのに、いやこんな状況だからこそなのか、どの歌も表情は明るく悠然としている。その理由を尋ねるべくエレキギター&ボイスの吉野寿に話を聞いたのだが、男子畢生危機一髪を地で行く彼の視座は現実を直視しながらもその先を見据えていた。吹けば飛ぶような生き方に命を張り続け、今なお何ひとつあきらめていない男の歌はどこまでも強くてしなやかで優しい。(interview:椎名宗之)
現実は今日も続いているという厳粛な事実
──コロナ禍の真っ只中にアルバムを出すのはたまたまだったんですか。
吉野:たまたまですね。去年からずっと決まっていたスケジュール通りです。本格的に曲作りを始めたのは11月からで、4月の1日から録り始めました。
──政府の緊急事態宣言が発令される6日前ですね。
吉野:録りながら「なんかおかしなことになってきたぞ」と思っていたら不要不急の外出は控えてくれってことになったけど、俺たちには用があるから外出するしかないよなって。ただ電車には乗らないようにしたし、車で乗り合わせてスタジオに行ったりしました。エンジニアの前田(洋祐)さんも自転車でスタジオまで通ってたし。録音はブースが分かれてるし、基本的にそんなに触れ合うことはないじゃないですか。スタジオにはメンバーとエンジニアの4人だけだし、スタッフもA&Rの澤藤(弘一)さんくらいしか来ないし、毎日来るわけじゃないし。それに4日間くらいでタモ(田森篤哉)は録りを終えていなくなっちゃうし、あとは俺と前田さんの作業がメインだったので密ではなかったんですが、いろいろと気をつけてはいました。病気になっちゃったら大変なので。結果的に何事もなく録り終えて良かったですけど。
──この状況下ゆえに歌詞を変更したとか、そういったことは?
吉野:なかったですね。もう全部出来上がっていました。録音に入る直前の3月いっぱいまで作業をしていたので「世の中がおかしくなってきたぞ」っていう状況の中で歌詞も作っていましたけど、影響はされてないと思います。
──影響を受けていないにせよ、たとえば「今日も続いてゆく」の《俺たちの現実は今日も続いている/人間の毎日は今日も続いてゆく》という力強い歌詞はコロナ禍の状況だろうが何だろうがドッコイ生き抜いてやるという決意の表れのようにも聴こえますね。結果的にですけど。
吉野:現実というのはいつでも続いているものですからね。何がどうなっても現実ですから、それが今日も続いている厳粛な事実なんです。
──それが本作のテーマなのかなと思って。今日も続く現実の中で自身の存在を懸けて生きていく人間の姿を描くという。
吉野:あまりテーマというものを考えて作ったわけでもなくて、なるべく引き算、引き算で残った軸みたいなものだけで構築されたものを作りたかったんです。
──以前、吉野さんがツイッターでBAD BRAINSのレコードを取り上げて「俺にとっては曲順から曲間の間合いまで全部で〈1曲〉なのです」と書かれていましたが、今回の『2020』はまさにそんなアルバムだと思うんです。様々な表情を湛えた10曲が結晶化して一人の人間が悪戦苦闘しながら生きる画が浮かび上がるというか。
吉野:そういうコンセプト立てみたいなことは特に考えずに作りましたけど、アルバムはいつも1曲目からの流れとか曲の配置というのをよく考えますね。
──今回も頭から曲順通りに録ったんですか。
吉野:そうです。曲作りもそうですね。1曲目から順番に作って、順番に録っていきました。
──曲作りから録音までの進行は順調でした?
吉野:いやあ、もう身体が壊れるくらいに追い込まれてボロボロでしたよ。録音が終わって足腰が立たなくなったし、4kgくらい体重が減りましたから。タモまで体調を崩しちゃったし。村岡(ゆか)さんだけ元気いっぱいですけどね(笑)。
──とはいえ、制作はいつも難産といえば難産じゃないですか。
吉野:今回は最悪だったですね。才能もなければ引き出しもない、何もないところから無理やり作るので、もうどうしていいのやらという感じでした。
──吉野さんは曲をストックするタイプではないですよね?
吉野:溜めておいてもすぐに色褪せるんですよ。「これはいい歌詞のフレーズだな」と思って温めておこうとメモしても、いざ取り出してきたところでその時の盛り上がりとは違う白々しい感じに聴こえて、だいたいは使えないんです。曲にハマらないし、気持ちばかりが先走っちゃってクサいなと感じてしまうので。
──田森さんはいつも新曲を覚えるのに必死だとアルバム発表のたびにおっしゃっていますよね。
吉野:今回も難航したですね、なかなか曲を覚えられなくて。少し拍子をずらして複雑に作ったりする箇所があると、頭がごちゃごちゃになって叩けなくなるんです。アルバムが出来上がって覚えちゃえば叩けるんですよ。ここでまた一個形が出来上がったので、この先はしばらく大丈夫だと思いますけど。
──旧知の盟友・川口潤監督によるMVを作ったくらいですし、1曲目の「今日も続いていく」が本作のリードチューンという位置づけですか。
吉野:まあ1曲目ですし、今回のアルバムを表すには一番わかりやすいかなと思って。
──わかりやすいしパンチがありますよね。バーン! バン! バーン!と放射されるアンサンブルがまさに生きる実感の塊のようで。
吉野:バーン! ジャーン!と明るいものにしたかったんです。全曲通して、内向きになって暗くならないようにしたかったんですよ。もともとワン、ツー、スリー、フォー、ジャーン!で始まったバンドだし、ヘンに内向的になって難しくなりたくなかったんです。というのも、この先アルバムを作る機会もそうはないと思っているんです。今回はそれくらい自分を追い込んで作ったし、追い込んでみてわかったのは、もはやこういう作業はこれからそう何度もできんだろうということで。バンドは一人じゃできないし、俺がやるやるって言っても他の人たちとの関わり合いの中でやれるものですから。だからもしこれが最後のアルバムになったとしたらどういうものにしたいかと考えて、暗くてジメッとしたものはイヤだし、内向きで難しくなるのもイヤだし、やっぱりバーン! ジャーン! ドカーン!で行きたかったんですよ。