雑踏に紛れているのが社会との接点
──2曲目の「存在」は明るい曲調ながら世間から十把一絡げにされるのを明確に拒否する歌で、前作の「同調回路」にも通ずるテーマを軽やかながら毅然と唄い上げているようにも感じましたが。
吉野:普段から感じていることを歌にしたまでです。個人というものが雑に扱われ、存在というものがぞんざいに扱われるようになって、それが露骨になってきたのを近年強く感じるんですよ。弱肉強食が常識化して、弱い奴から順に死んでいけ、強い奴が優先的に生き残ることの何が悪い? みたいな風潮が強まるにつれ、個の存在についてより深く考えるようになったんです。存在を取り戻さなきゃいけないし、取り戻してやり返すんだって気持ちが強いんですよ。そうたやすく力を持ってる奴らの思うようにされてたまるか、そんなことのために俺は生まれてきたわけじゃないんだ、っていう。
──中盤でモノラルっぽい音質になって、アコギとハーモニカと共にサビを唄う部分が絶妙なアクセントになっていますね。
吉野:あそこだけあんなふうに録ってみたんです。マイク一本で。
──「カゲロウノマチ」はこれぞ正調イースタンユース節というか従来のリードチューン的というか、サンダルのゴム底が焼けた道路に溶けてくっつくような今の酷暑の季節を切り取ったような曲ですね。
吉野:真夏のギラギラ感、イヤになるくらいギラギラした感じ。そういうイメージで書いた曲ですね。
──「雑踏に紛れて消えて」は「街頭に舞い散る枯葉」の弟分みたいな曲だと感じましたが、〈雑踏〉はイースタンユースの歌詞の頻出単語ですよね。雑踏は吉野さんに曲作りのインスピレーションを与えてくれるものですか。
吉野:そうですね。雑踏の中で生きているという自覚みたいなものもありますし、雑踏に紛れていたいという気持ちもあります。それが俺にとって社会との接点というか。友達はあまりいませんけど、人はいるわけですよね。駅前とかに行くといろんな人たちがいて、俺もその中の一人で、その中に身を潜めることによって世の中を感じるっていう。
──有象無象の人間がごった返す雑踏の中で孤独を感じたりは?
吉野:しますね。雑踏の中の孤独は強く感じます。山の中で一人きりの孤独っていうんじゃなくて、こんなに人間がいっぱいいるのに誰一人として接点がない。接点がないまま、雑踏の中にいることによって接点を保っているみたいな。そういうことを感じますけどね。
──「夜を歩く」、「それぞれの迷路」とミッドテンポでメロディアスな曲が続くのが中盤の聴かせ所ですが、雑踏の中をそぞろに歩く道が迷路につながるイメージですか。
吉野:あまりそういうことは考えてないですけど、みんな迷路の中ですよね。それぞれがそれぞれの迷路の中を生きていく。出会いたい人には出会えないし、人がこんなにいるのに出会いたい人が一人もいない。これだけいっぱいの人とすれ違っているのに誰ともすれ違っていない。みんな迷って明後日の方向に歩いていっちゃう。そういうニュアンスはあると思います。
──「それぞれの迷路」に《暗い通路抜けて 嫌いな通り避けて/坂道の先にある 海の方へ》という歌詞がありますが、イースタンユースの歌に〈海〉という言葉が出てくるのが珍しいなと思って。既発曲でいえば「裸足で行かざるを得ない」の《夢は海の底に沈み行く》くらいしか思い浮かびませんし。
吉野:特定の景色を想定したわけでもないし、〈海〉が何かを象徴しているわけでもないんです。ただ、迷路みたいな所を歩いていると突然ワーッと視界が広がることがあるんですよ。海がその一番顕著なものだと思ってるんです。俺は海のない所で育ったので、海を初めて見た日のことを覚えてるくらいなんです。ずっと山間の道を歩いていると突然現れるような、それまでチラッチラッと見えていたものが突如としてワーッと目の前に飛び出してくるような感覚。ああ、抜けたなあ…っていうか。そういうイメージが海にはあるんです。
──北海道は地形的にそういう所が多いですよね。積丹でも留萌でも、坂道をくだると突然海が現れたりしますし。
吉野:そうそう、イメージ的にはそんな感じです。北海道に限らず、鎌倉のほうに行っても山間みたいな所を歩いているとワーッと海が出てくるじゃないですか。道がいきなり海になるみたいな。そういうのはいろんな比喩になるのかなと思って。出口なんてないんだと思っていたものがバーッと広がる時もあるし、海は広がっているけど実は行き止まりだったりもするし。その先に舟はないし、茫洋と空漠としているっていうか。
──なるほど。つい口ずさみたくなるような「それぞれの迷路」のサビは旋律が美しく悠然としていて、これぞ吉野さんの曲作りの真骨頂だと感じましたが、メロディを生み出すのは歌詞の推敲よりも煮詰まることが少ないものですか。
吉野:どうなんでしょうね。コードを考えてどうにかこうにかやってますけど。あまりに必死だったので、一個一個の細いことは忘れましたよ。さっきも話した通り、もう死ぬんじゃないかと思うくらい過去最悪に追い込まれたので。
──ちょっと話が逸れますが、アルバム制作中にずっとヒゲを伸ばしていたのは願掛けみたいなものがあったんですか。
吉野:いや、失業者といえばヒゲでしょう(笑)。録音も無事終わって晴れて失業者になったので、そのアピールです。一種のコスプレっていうか(笑)。
──MVもヒゲを剃らずでしたよね。
吉野:このマスクを取ると今もヒゲですよ。絶賛ヒゲ継続中です。ナショナルのヒゲバリカンを買って、伸びると刈ってます。1週間もするとすぐボーボーになるので。一度定着すると、ヒゲがないとなんとなく収まりが悪くなってしまって。「この帽子、ヒゲがないと似合わんなあ」みたいな(笑)。
──当初は痒かったり、食べ物がヒゲにまとわりついて気持ち悪いとおっしゃっていましたよね。
吉野:そうなんですよ。でも慣れると、ヒゲを伸ばしてる人はヒゲに愛着があるんだなというのがわかりました(笑)。今のところ飽きるまで伸ばすつもりですけど。