苦手な恋愛のことをあえて歌にする
──「新宿三丁目」は『BLIND LOVE』の中でもとりわけポピュラリティに溢れたメロディの秀作だと思うのですが、アーバンギャルドには「シンジュク・モナムール」という曲もあるし、『Film noir ultime』に収録された新曲「東京、午前4時」にも新宿に初めて行った日のことが描写されているし、浜崎さんにとって新宿は歌が生まれてきやすい街なんでしょうか。
浜崎:単純に新宿という街並が好きなんですよね。渋谷ほど若くなくて、六本木や銀座ほど老けていないし。それと、上京したての頃のインパクトが強かったんです。アーバンギャルドに入って一番最初のカルチャーショックは、まわりが東京生まれ東京育ちの人たちばかりだったことなんです。東京生まれ東京育ちの人って本当にいるんだなと思って。私のような地方出身者から見た東京と、東京生まれ東京育ちの人から見た東京は全然違うので、その違いを書いてみたい気持ちもありました。ちなみに言うと、「東京、午前4時」は今回の曲作りで一番最後にできた曲で、4月の中旬くらいに完成したんです。当初、新曲は2曲だけの予定だったんですが、どうしてもあと1曲入れたかったんですね。
──ちょっと話が逸れますが、浜崎さんが生まれ育った街を歌にしてみたいとは思いませんか。
浜崎:思いませんね。特に書くことがないですから(笑)。神戸、三宮、宝塚、梅田、ミナミといった自分が思春期を過ごした街のことを歌にしようとすると、あまりに生身の自分が出すぎてしまう気がします。
──「春の去勢不安」はボサノヴァ調の軽快なアレンジと「去勢不安」という不穏な言葉の対比が面白い曲ですね。
浜崎:私が最初に出した「春の去勢不安」のデモは8ビートのロックっぽいアプローチで、あのイントロのニュアンスがずっと続くような曲調だったんです。最初の部分から一転、ボサノヴァになるのは角松さんの提案だったんですけど、私のボーカルを何度も聴いてくださった上で「心が南米へ飛んでしまった」と仰っていました(笑)。それで、ボサノヴァが合うんじゃないかと考えてくださったみたいです。個人的にもアレンジはもちろん、曲自体が好きですね。
──「苺みるくのみずうみ」や「チェリーコークの水槽」といった菊地成孔さんならではの歌詞も想像力を掻き立てられますね。
浜崎:実は何カ所か変えていただいたんですよ。と言うのも、菊地さんの中ではアーバンギャルドに寄せたほうがいいのかな? と思われたみたいで、最初はもっとグロい歌詞だったので。
──「失神フェチ」というワードにその名残があるような気もしますが。
浜崎:それはおそらく菊地さんのご趣味じゃないでしょうか(笑)。
──(笑)聴覚を刺激されるようなワードが多いんですよね。「神様なんで私たちは お肉を食べたがるの」とか。
浜崎:最初はその歌詞を見て驚きましたけど、意外とメロディと合っていたし、お客様がいろいろと言葉を変えて遊べるなと思ったんですよ。そもそも「去勢不安」という言葉自体、スタッフ内でも賛否があったんですけど(笑)、私は全然抵抗がありませんでした。昨日、ライブのリハをしたんですけど、特にこの「春の去勢不安」はいい曲だなと改めて思いましたね。
──輪唱スタイルの「リフレイン」もまた名曲なんですが、「これはきっと21世紀の/重大な問題で誰も解けない/生き急いでる病気よ」という恋について言及した歌詞がアルバム全体に通底するテーマなのかなと思ったんですよね。
浜崎:自分は今までそれなりに恋をしてきたつもりなんですけど、角松さんに「君は本当に人を好きになったことがない」と言われたことで自らを顧みて、盲目的に誰かを愛してみたいと思うに至って『BLIND LOVE』というタイトルを最後の最後に付けたんです。本当はもっと自分の内面を象徴するようなタイトルを考えていたんですけど、それはいつかどこかで使おうと思って。「リフレイン」に関して言えば、自分にとってはネックなものである恋について唄ってみたと言うか。どうしても上手くいかない、苦手な恋愛のことをあえて歌にしてみたんです。
──恋愛にと言うより、男性に苦手意識がありそうなのは『バラ色の人生』を読んでも窺えますけどね(笑)。
浜崎:全然わからないですね、男の人が考えていることは。恋をするたびに「この人が運命の人なのかな?」といつも思うけど、だいたい違いますし。
──「リフレイン」は森俊之さんのピアノがサウンド全体の良いアクセントになっていますね。
浜崎:デモでは打ち込みだったピアノの部分があんなふうに再現されて、感激しましたね。あの森さんのピアノはとても素敵だと思います。「リフレイン」は角松さんもお気に入りの曲みたいですね。
ソロでの自分が何者であるかをやっと理解できた
──「これは涙じゃない」も大きな収穫だと思うんですよ。ああいうしっとりとしたジャジーなナンバーも見事に唄い上げる力量が浜崎さんには備わっているのを実感できたので。
浜崎:あそこまでジャズっぽい感じになるとは思わなかったんですけどね。「これは涙じゃない」が一番最初にレコーディングした曲で、仮歌で録ったボーカルが結果的に使われたんですよ。一応、レコーディングが再開した時に「録り直す?」と訊かれたんです。「これは涙じゃない」と「バイブル」は2年前に録ったボーカルなので。自分としては録り直したかったんですけど、「これは涙じゃない」を聴き直したらいい感じで唄えていたし、これはこれでいいかなと思って。コーラスだけ後で録り直させていただいて、自分の中で折り合いを付けました。
──ブルーノートみたいな会場でジャズメンを従えたライブもできるんじゃないかと妄想が広がる曲でもありますよね。
浜崎:本格的なジャズと言うよりも自分はジャズ・シンガーではないのでなんちゃってな感じになってしまうでしょうけど、そういうアダルトな雰囲気のライブもいつかやれたらいいなとは思いますね。
──アルバムを締め括るのは「THE TOKYO TASTE」という角松さんとのデュエット曲ですが、デュエットはどちらが提案したんですか。
浜崎:私からぜひにとお願いしました。できればオリジナルでやりたかったんですけど、角松さんの中でイメージが浮かばれたみたいで。「THE TOKYO TASTE」は角松さん自身がもともとカバーしたい曲だったそうで、原曲の女性ボーカルのようにコケティッシュ・タイプのボーカルを探していたみたいで、私がパートナーに合うんじゃないかと考えてくださったそうです。
──ああいう洗練された都会的なサウンド、いわゆるシティ・ポップの世界観もまた浜崎さんにお似合いなのが新鮮な発見でした。
浜崎:意外としっくりきましたね。「THE TOKYO TASTE」は唄うのが簡単なようでけっこう難しいんですよ。そもそも英語の発音が…英語で唄うことなんてほぼないので、そこはかなりダメ出しをされましたね。「そんなカタカナみたいな感じじゃなく、もっと格好良く発音してくれ!」って(笑)。
──巨匠とのデュエットはやはり緊張しました?
浜崎:すごく緊張しました。実力的に角松さんが10点満点だったら私は2点くらいだと思っているし、身の丈に合っていない感じが歌に出ちゃったらイヤだったので。だから唄う前はすごく心配だったんですけど、選曲に助けられたところもあったんですかね。面白かったのが、2人ユニゾンのパートがあるんですけど、私がオクターブ低く唄うとなんと角松さんのお声に似てるっぽくて(笑)。「いま唄ってた?」「声、似てない?」ということが何度もレコーディングでありました(笑)。
──この「THE TOKYO TASTE」が新たなレパートリーになったことで、東京なり新宿といった街の情景を唄うボーカリストという一面が強まった気もしますね。
浜崎:そうなんですよね。「THE TOKYO TASTE」で自分が唄うテーマみたいなものが見えてきたなと思って。それはつまり、東京での恋に思い煩う女性と言うか…。作詞にはだいたい自分の実体験を織り込んでいるんですけど、『フィルムノワール』は上京して間もない頃で、そこで描いていたのは地元での恋だったと思うんです。『BLIND LOVE』で描いているのは東京に住んでからの恋だから、「THE TOKYO TASTE」が入ったことによって今の自分と繋がっているんだなと思いましたね。
──浜崎さんにとって還るべき母港はアーバンギャルドだと思うのですが、母港にいたままでは経験できなかったことを経験できた手応えが今回あったのでは?
浜崎:『BLIND LOVE』で培った経験をバンドにも活かしたい、還元したい気持ちはありますね。一流のミュージシャンの方々と仕事をご一緒させていただいたことをバンドにフィードバックして、バンドとしてもさらなる高みを目指したいと言うか。ずっと同じような環境にいるとやっぱりそれ以上伸びないし、同じバンドを10年以上続けていると新たに学べる機会がどんどん減っていくんです。それが自分としては危惧していたところで、同じ集団、同じ仲間たちで固まったまま上にあがっていっても成長できないし、私は同じ場所にずっと留まっていたくないんです。
──こうしたソロの取り組みもまたバンドの糧ということですか。
浜崎:バンドの糧と言うよりも、バンド=自分自身みたいになっているところがあって、自分のため=バンドのためなんですよ。こういうことに取り組めばアーバンギャルドのためになるという発想もないし、これをやったら自分のためになるという発想もないし、どっちも全力で取り組んでいるので意識は全部一緒なんです。
──映画にたとえるなら、バンドでは主演女優に徹している一方、ソロでは監督兼主演女優としての取り組みがいがありますよね。
浜崎:今回は角松さんが「これは共同プロデュース作品だと思っている」と仰ってくださったんですよ。ある時、「君はシンガー・ソングライターだから」と角松さんに言われて、すごく腑に落ちたところがあって。それまで自分のことをシンガー・ソングライターだと思ったことがなくて、あくまでも自分はバンドのボーカリストという意識が強かったんですね。バンドで曲も作っているから作曲家ではあるかなと思っていましたけど、シンガー・ソングライターという意識はありませんでした。でも角松さんに「君はシンガー・ソングライターだから」と言っていただけて、ソロでの自分自身が何者であるかをやっと理解できたんです。ただのシンガーでもソングライターでもない、自分はシンガー・ソングライターなんだって。