「I WANNA CHANGE」を新録した理由
──ビーツのバラードの世界観を一言で表しているということでアルバム・タイトルにもなった「旅人の詩」は、いつもライブ終演後のSEとして会場で流れているのもあってアルバムの最後に収録されているわけですか。
OKI:そうですね。「生まれた時からずっと旅人だった/僕自身が翼で僕自身が風だった」という歌詞の通りの人生を結果的に歩んでいるし、ライブが終われば「旅空の下でまた会いましょう!」とみんなに声をかける人生を35年間続けているわけで、『旅人の詩』がこの結成35周年記念アルバムという作品のタイトルにまさにぴったりでした。35年という時間の長さを思えば『遥か来た道』というのもタイトル候補としてあったんですが、『旅人の詩』はそれ以上にビーツが歩んできた音楽人生の世界観を一言で象徴するワードなんですよね。
──余談ですが、ライブのエンディングSEを「旅人の詩」以外の曲にしようと考えたことはないんですか。
OKI:ないですね。「旅人の詩」はそもそもライブのエンディングのSEにするつもりで書き上げた曲なので。こういう曲でライブの余韻、エピローグを迎えられたら素敵だなというイメージがあったんです。
──今回、「I WANNA CHANGE」の新録バージョンがボーナストラック的な意味合いで収録されていますが、より肉感的でエッジの効いた素晴らしいバージョンに仕上がりましたね。
OKI:まさに“PRIMITIVE VERSION”ですね。究極までそぎ落とした、より原始的なバージョン。今のメンバーで新たにレコーディングしてみたかったし、オリジナルの発表から25年経っているので、その分の重さや年輪が出ていると思います。
──新たに録り直す楽曲として「I WANNA CHANGE」が選ばれたのはなぜですか。
OKI:「I WANNA CHANGE」はビーツの楽曲のなかでアコギを持ったロックンロールでもあり、拳を振り上げるバラッドでもあるんですよね。今から15年前、SEIZIが『REBEL SONGS』のライナーノーツで「『I WANNA CHANGE』は強くて厳しくて優しいバラッドだ。そしてロックンロールでもある」と書いていて、まさしくその通りの曲で。「I WANNA CHANGE」の新録を入れることによって、このアルバムが単なるスローな曲を集めただけのバラード集ではないというメッセージも込められるし、現メンバーによる秘蔵の音源というフックにもなると思ったんです。
──ビーツのバラードは甘さだけに流されない武骨でタフなメッセージ性も内包しているし、このバラード・セレクションを聴くと、バラードもまたロックンロールであるというビーツ独自の音楽性を再認識しますね。
OKI:基本にあるのはロッカバラードですよね。そこがある種のビーツの強みだったんだろうし、だからこそ他のバンドと一線を画した存在としてここまでやってこられてるんじゃないですかね。それと、どんな曲でも基本的にアコギ一本で唄えるものとして書き始めることも大きいと思います。アレンジしていくなかで「これはアップテンポがいいな」とか「これはミドル向きだな」といった選択を随時しながら形にしていくけど、曲の根っこは一緒ですからね。
──今回のジャケットやフライヤーのヴィジュアル・イメージには非常に雰囲気のある写真が使われていますが、これはいつごろ撮られたものなんですか。
OKI:俺とSEIZIがただ路地を歩いているシルエットの写真なんですけど、すごく雰囲気あるでしょ。『旅人の詩』という世界観を非常に象徴的に表している。いつの時代もどこの場所も二人はずっとブレずに歩いてきたんだなという感慨みたいなものもあって、アニバーサリー作品に相応しい、すごくイマジネーションの湧く象徴的なジャケットになっていると思います。
──あえて時代を特定させないタイムレス感を出したかったと。
OKI:そうですね。普遍性だったり無常観だったり、そしてどこかノスタルジックな雰囲気も感じれるような。たとえれば単館系の古い洋画のポスターみたいな淡さ、渋さ。そういう世界観が好きだし、今回の作品に特にフィットしていると思いました。
──デジタルの音楽配信サービスを利用する人が増えている昨今、いろんな音楽を気軽に聴ける機会が増えるのは結構なことだと思うのですが、音楽配信はアートワークが二の次になっているのが惜しいんですよね。だからこうしてジャケットの写真1枚に至るまで細かくこだわり抜く、アートワークをおざなりにしないビーツの姿勢にはとても共感できます。
OKI:アートワークも含めてひとつの作品なわけで、もちろん統一した世界観を醸し出したいですからね。今回のジャケットは一見して今か昔かわからないところも洒落ていて良いなと思うしね。まぁ、いつどこで撮った写真かはそのうち明かしますよ(笑)。
常に楽曲ありきでここまで歩んできた
──今回のバラード・セレクション自体、時代を超越した普遍性のある楽曲が揃っていますし、タイムレス感のあるジャケット写真がまさにおあつらえ向きと言えますね。どの時代でも軸のブレない、肝の座った気骨ある歌を一貫して届けてきたビーツの音楽性を図らずも象徴した写真と言うか。
OKI:今もビーツの楽曲が色褪せないのは、時代に媚びてこなかったからでしょうね。主にアレンジの面がそうですが、流行りの音をスパイスとして取り入れると、後になってどうしても古さに繋がってしまうので。あとは聴く人たちの感覚にもよると思うんです。20代で聴く感覚と、30代、40代、50代で聴く感覚は違うじゃないですか。捉え方やシチュエーションも変わってくるだろうし、長く聴き続けてきた世代には味わい深さも加味されるだろうし。
──OKIさんの書く歌詞が初期の段階から大人ぽかったこと、肚が据わっていたことも、ビーツの楽曲がいまだ色褪せない理由のように思えますが。
OKI:そうかもしれませんね。まぁそもそも若い時は自分のことを若いとは思わないし、その時々で常に自分のエッジを見いだすことに精一杯だったわけですし。あとは、ものの感じ方や世の中に対する目線が今とそれほど変わっていないのもあるかもしれませんね。良くも悪くもですけど。今になって感じることもありますけどね。たとえば「世界一悲しい街」は20歳そこそこで書いた曲ですが、詞も曲もすごくシンプルでありながら、いろんなアイディアを突っ込んでチャレンジしているのが窺えたりします。
──「VOICE」の詞と曲もシンプルの極みですが、最小限の要素で楽曲を成り立たせる見極めが当時のOKIさんにはすでにあったように思えますね。
OKI:過去の楽曲を客観的に聴くと、蒼さというのは大きな武器だなとつくづく思います。あの蒼さ特有の煌めき感はすごいし、若さゆえのアイディアやトライする意識の強さは畏怖すら感じます。アマチュア時代の楽曲を聴いても志の高さを感じるし、これはそりゃプロになるよなぁと自分でも思いますよ。
──広島を背負って立つと言うか、東京でバンドを成功させる覚悟が生半可なものではなかったということでしょうか。
OKI:そういうのではないけど、とにかく自分の人生に対して勝負したい感覚が強かったんでしょうね。己の志を本当に形にできるのか? という。バンドで22歳までやってダメならやめるつもりでいましたし。今回のバラード・セレクションに入れた「約束できない」は結成10周年を記念したシングルとして1994年に発表した“BALLAD VERSION”ですが、それも当時の自分たちなりにかなりトライしていますよね。
──そもそも「約束できない」の“BALLAD VERSION”はどんな経緯で発表されたんですか。
OKI:当時、すでにしばらくやっていなかった初期の曲で、1994年に結成10周年を迎えるにあたってまた取り上げてみようと考えたんですが、何か新たな形で提示したかったんです。俺の弾き語りバラードからバンドの音がドンと入るアレンジにして、それを記念盤として音源に残そうということで。ピアノが難波正司さん、ドラムが長谷部徹さん、ベースが美久月千晴さん、サイド・ギターが今剛さんという敏腕ミュージシャンの方々に集結してもらって、そこに俺の歌とアコギとSEIZIのリード・ギターが絡むという、普通のパンク系のロックンロール・バンドでは考えられないようなアプローチをしてみたかったんですよ。ビーツはそういう異質なアプローチをしても軸はブレないし、常に楽曲ありきでここまで歩んできたバンドなんだよなぁとあらためて感じます。
──楽曲ありきで突き進んできたビーツにとって、バラードは自身の音楽性をふくよかにする重要な要素であることがわかりました。
OKI:バラードであれ8ビートであれ、その楽曲が呼ぶ形にしているだけなんですよね。やろうと思えばアップでもスローでもできるんだけど、最適なのはこの形だなというところに収まるようになっている。アレンジはその歌が想起させるものだし、自然となるようになっていると言うか。
──気がつけば『PROMISED PLACE』の発表から3年、そろそろ純然たる新曲が待ち遠しくなってきた頃ですが、構想は徐々に生まれつつありますか。
OKI:機が熟せば自ずとそういう流れになるんじゃないですかね。『遥か繋がる未来』から『PROMISED PLACE』までの三部作はまだ昨日出したくらいの感覚だし(笑)、それはおそらくリスナーも同じだと思うんですよ。リスナーも大人が多いし、1年がおよそ2、3カ月みたいなスピード感覚で過ぎていくじゃないですか。だから急ぐ必要も焦りもないし。新たな楽曲を作るならば、50代なら50代なりに見えてくる新しい風景や次なる旅のサジェスチョンを提示したいんですよね。