ザ・ストリート・ビーツの4年振りとなるオリジナル・アルバム『生きた証を残す旅』は、メジャー・デビュー30周年と結成35周年という節目を経て行き着くバンドの新たなフェーズがさらに実りあるものになることを予期させる会心作である。人生という名の旅を続ける意味と意義を作品の根幹とし、硬軟織り交ぜた各楽曲はその枝葉として有機的に連なり、必然の構成となっている。重いテーマをミッド・テンポの軽やかな歌としてしなやかに表現したタイトル・ナンバーを筆頭に、春の穏やかな陽光を思わせる雰囲気が作品全体に通底しているのが本作の特徴で、このリラックスした佇まいと包容力は結成37年目を迎えるバンドの円熟と旅の轍として刻まれた経験の豊富さに依るものだろう。好奇心を羅針盤に変え、思いを疾風に変えて広漠とした大海原を行く彼らの大いなる人生賛歌はきっとあなたにも心の糧となり、新たな一歩を踏み出す力を与えてくれるはずだ。(interview:椎名宗之 / photo:菊池茂夫)
すべてを集約できる言葉が降りてきた
──今回の新作は、まず最初にアルバム・タイトルが決まったところから始まったとか。
OKI:「生きた証を残す旅」という今の自分が表現したいこと、伝えたいことをすべて集約できる言葉がある時ふと降りてきたんです。それまで少しずつ見えていた新作の断片がその言葉で一つになり、一気に明確になりました。結果的に各楽曲は小説で言えば各章ですよね。小説全体の世界観を「生きた証を残す旅」という言葉が表していると言うか。
──「生きた証を残す旅」を根幹として、各楽曲が枝葉のように分かれていると。
OKI:その通りです。メインタイトルという太い幹をかなり早い段階、去年の9月くらいに掴めて、そこからは各楽曲をまとめ上げるのもスムーズでした。
──去年、一昨年とアニバーサリー・イヤーを迎えて、ビーツがやってきたのは「生きた証を残す旅」だったと改めて実感したことが反映した部分もあるのでしょうか。
OKI:当然ありましたね。メジャー・デビュー30周年、結成35周年で自分たちのヒストリーをアーカイヴする機会が多かったし、そこでバンドを見つめ直した上で次のステージへと向かいたかった。そんな折に「生きた証を残す旅」という表題にたどり着いたと言うか、降りてきてくれた。人生とは何ぞや? という問いに対する一つの答えとして、「生きた証を残す旅」という言葉が今の自分には一番しっくり来るんです。
──『遥か繋がる未来』『NEVER STOP ROLLING』『PROMISED PLACE』という骨太な三部作を凌ぐ作品を生み出すプレッシャーもあったのでは?
OKI:あの三部作に関して言えば、自分の中では「終わらない夏を生きて」や「歌うたいのクロニクル」を書き上げたことで一つの到達点があったし、アニバーサリーを経て次に発信するステージでは自分でも相当納得できるアルバムじゃなければつくる意味がないと思っていました。そんな中で「生きた証を残す旅」という言葉が降りてきて「これだな!」と思ったし、そこで一気に視界が開けましたね。今回はとにかく曲が形になるのが早かった。今までになく早い段階で俺の弾き語りのデモやボイスメモをメンバーに送れたし、歌詞もほぼ完成稿を11月のツアーの途中で読んでもらったし。どの曲も原形が明確だったので、あとは肉付けをしていくだけ。過去にないくらい、非常に珍しいケースでした。それだけ思いやモチベーションが強かったんだと思います。
──三部作はハードでタフなビーツを前面に押し出した印象でしたが、今作は全体的にとても穏やかで、暖かい春の陽だまりを思わせる作風ですよね。ミッドやスローなテンポの楽曲が多いのもあるのかもしれませんが。
OKI:今回はほぼバラード・アルバムという評価でいいと思います。歌ものアルバムですね。曲順も最初に決めた時から動かしていないし、日本語タイトルの曲と英語タイトルの曲を交互に並べていく構成もバランスが取れていたし、すべてが理想的な形で構築できました。歌もののバラードやミディアムなナンバーが多い割に40分程度に収まったのも聴きやすくていいと思うし。
まだ見ぬ景色が与えるインスピレーション
──1曲目のタイトルトラック「生きた証を残す旅」からしてミッドテンポのロッカバラッドで良い意味で期待を裏切られましたが、それも必要以上に肩肘張らず、とてもナチュラルな印象を受けました。
OKI:すべてにおいて自然、必然の結果でしたね。長くバンドを続けてきてこの年齢になった今、どんなことを新たに発信できるのか? 自分は何を唄いたいのか? という意識は強かったけど、無理やり10曲をつくらなくちゃいけないということでもなかったし、何なら「生きた証を残す旅」一曲でも良かったくらいなんです。ところが前作から4年も経てばそれなりに書き溜めていたものがあったし、今回はまた言葉や旋律が湯水のように降りてきて、それらが「生きた証を残す旅」という言葉によって一つに繋がった。幹がはっきりしたことで、一つ一つの章と呼べる楽曲もまた明確になったんですね。
──どの楽曲も人生という旅を続けてきた者の心情と信条をテーマにしていて、どれも密接に結びついているように思えます。「ONE AND ONLY」では旅を行く人は誰しも替えが利かない存在だと唄っているし、「LOVE YOUR LIFE」では愛しき人生=旅を楽しもうというメッセージが込められていますし。
OKI:「LOVE YOUR LIFE」は我が人生を愛せよ、ということですね。今回のアルバムはこれまでビーツがずっと唄ってきたことの集大成と言うか、どの曲も実に潔く唄い切っている。「ONE AND ONLY」は2017年の春のツアーでタイトルに使ったことがあって、自分の中で曲のモチーフとしてあったものの、何が“ONE AND ONLY”なのか? という答えが当時は見いだせず楽曲完成にまで至らなかったんです。まだ時期尚早だったので寝かしておいたんですが、太い幹を見つけたことで曲を形にすることができた。肝はやっぱり「人の数だけ生き様がある」「誰もが一度きりの人生」という部分だと思うんですよ。だからこそ誰しもが替えの利かない存在であると。それこそが“ONE AND ONLY”であり、俺はそんな歌を唄いたかったんだと確認できました。
──「TRUE THING」は、真実こそが旅を続ける上で大切な心の拠り所であるという解釈も成り立ちますよね。
OKI:「TRUE THING 時を超えて/TRUE THING 変わらぬもの」という言葉がアニバーサリーを経た今の思いと重なるし、溢れるものやアティテュードが消え去ることなく今もずっと胸の内にあることを歌詞にしたんです。おっしゃる通り、テーマとしてはどれも繋がっているんですね。
──興味深いのが、OKIさんが東京を抜け出した一人旅で曲づくりのインスピレーションを得たという話で。やはり「陽射しは力をくれ」ますか。
OKI:大いに与えてくれますね。気分転換の一人旅は昔からしているんですが、去年は今までで一番実効性がありました。もともと知らない景色を見るのが好きなんです。ちょっと時間があれば知らない道を走ったり、人のいない山奥の道を走ったりして。それが自分には魂の浄化になるし、部屋の中に閉じこもってパソコンの前で曲づくりをするのが苦手なんです。若い頃から吟遊詩人でありたいと漠然と思っていたことを今もやり続けて、その結果形になっているということなんでしょうね。知らない景色はまだまだあるし、生きているうちに見れないもののほうが多いじゃないですか。だからすごく天気のいい日は家でじっとしていられないんです。
如何に〈思い〉を歌にして唄うか
──「海鳴りのロンド」はまさにそういう知らない景色から着想を得たと思しきナンバーですね。夕日が沈む海や満点の星空などが歌詞にありますし。
OKI:ふらっと旅に出ると、それぞれの町にそれぞれの暮らしがあることを実感するんです。それと同じように、聴いてくれた人がそれぞれ自分のシチュエーションで聴ける曲がどれかしらあると思うんですよ。自分ではアンソロジー的な書き方をしているけど、それが普遍性を伴って作品として昇華できない限りは発表したくないので。今回もそのハードルをちゃんとクリアした上で作品にできたと思います。
──たしかに自分の立場に置き換えて聴ける曲は多いし、人生の折り返し地点を過ぎた世代にはとりわけ胸に沁みいる曲が多いように感じますね。
OKI:現実を生きていれば誰しも若い頃に比べて懸念することが増えるし、そこをどうにか楽しみを見つけながら凌いでいくわけだけど、それは各々の立場が違えど共通項はいくらでもあると思うんです。俺たちは音楽をやっているけど、他の仕事をしている人にも共感して聴いてもらえる曲をちゃんと書けたという自負があります。
──今回の曲づくりにスイッチが入った一つの契機として、弟のSEIZIさんの弾き語りを生で聴く機会があったそうですね。そこで聴いた新曲を形に残しておきたいと思ったとか。
OKI:ちょっとした身内のパーティーでたまたま聴いたSEIZIの弾き語りに号泣しましてね。あまりに感動して。
──その曲が「愛する人へ」だったんですか。
OKI:そうです。その時はまだタイトルが付いていなかったんですけど、詞はそのままです。素っ裸の歌で、これはすごいなと思って。初めて聴いた時は涙もぼろぼろ、目から鱗もぼろぼろでした(笑)。その場にいた全員が泣いてましたからね。
──今回はSEIZIさんの曲が2曲あって、その一つである「愛する人へ」がまさかのバラードだというのが驚きでした。それもご両親とお兄さんと友達と奥さんへの感謝の気持ちをストレートに歌にしていて。
OKI:SEIZIのバラードは初ですね。歌ってこういうことでいいんだなと思ったんですよ。歌というものはやっぱり〈思い〉なんだなと。本当は弾き語りのままでも良かったくらいなんだけど、SEIZIとしてはバンド・アレンジでやりたいということで、ああいうシンプルで歌の伴奏みたいな形にしたんです。
──OKIさんから見て、SEIZIさんのソングライターとしての特性はやはりそうした物事をストレートに表現できる実直さにあると思いますか。
OKI:だと思います。技巧やスキルなんてものはどうでも良くて、如何に〈思い〉を歌にして唄うかなんです。SEIZIはその基本的なことを衒いなくやれるし、俺とは違うタイプの作家だし、まさにオンリーワンだと思います。
──SEIZIさんだけでなく、山根さんと牟田さんのプレイと楽曲の理解力も大変なものですよね。OKIさんの個人的着想から生まれた新曲を一番理想的な形に昇華する上で、歌詞そのものだけではなく、行間に込められた思いを汲み取ることも必要だと思うので。
OKI:今回は特にアレンジが固まるのが早かったんですけど、それはメンバーのスキルの賜物ですね。リハに集まる前に各自が曲と向き合って準備する時間があって、そこで各人が曲を醸成してくるわけです。そうすることでそれぞれの呼吸や佇まい、ひいては大袈裟かもしれないけど各自の生き様が入ってくるし、それらが音に出るから面白いですよ。そうしたことを4人でパッケージできるのは大きな喜びです。それと、山根のフレージング然り、牟田くんのフレーズやスネアのトーン然り、実は今回いろんなことにトライしている。彼らが今までやってこなかったことを随所でやっていることを知っているので、聴いていてすごく楽しいです。まだまだバンドとして面白いことがやれる感じがあると言うか。
心地好く、身を委ねていたくなるような音
──他の収録曲についても聞かせてください。「旅空」は2月に新宿ロフトで行なわれた2020年初ライブで初披露されましたが、王道のビーツ節でライブの代表曲になりそうですね。
OKI:「旅空」はライブ向きですね。みんなの歌として育っていく気がします。
──最後の「道まだ遥か」は映画で言えばエンドロールの役割を果たすような名曲ですが、「We have grown together / Our life goes on ever more」という肝の歌詞をあえて英語で唄っているのはなぜなんですか。
OKI:逆説的に英詞にしてみたと言うか。英語で唄うほうがスムーズだったし、聴く人のイメージがそれぞれのシチュエーションでより広がると思って。念のため訳注を入れておきましたけどね。
──今回のアルバムが飽きずに何度も聴けるのは構成の妙もありますが、バラードが決して冗長になることなく然るべきサイズに収めてあるのも大きいと思うんです。「遠く見える灯」ももう少し長くできそうなところを簡にして要を得たサイズにしてありますよね。そこはOKIさんなりの胸勘定なんですか。
OKI:緻密に考えるところもあれば、原始的に削ぎ落としているところもあります。あえてイントロはいらないとか、いきなり歌から入ってみるとか。「遠く見える灯」に関して言えば、歌入れの時にいなかった牟田くんが歌の入ったバージョンをヘッドフォンで聴いたら、「急ぎすぎた真昼が終わり」という低いトーンで唄い出す最初のフレーズに身震いしたと言ってましたね。今まで聴いたことのない切り口だということで。
──たしかにあの低音ボーカルには色気をまとう艶っぽさがありますよね。
OKI:20代や30代では出なかった声ですね。あの低音はレコーディング本番の歌入れでなぜか出ました。リハでああいう唄い方はしていなかったので。一日の終わりに疲れ果てた主人公が家路に着き、その日を反芻する歌なので自ずとそうなったんでしょうね。間奏明けは夜が明けて朝を迎えるから、声のトーンを一つ上げてみたり。そうやって一曲の中で歌声の表情を変化させられたのは珍しい経験でした。意図的ではなかったし、歌に呼ばれたということでしょうね。
──「千の夢を見た」は言葉にするとおかしいですが〈大人の子守唄〉といった趣きで、これもまた実に聴き応えのあるバラッドですね。
OKI:「千の夢を見た」然り、「道まだ遥か」然りですが、子守唄的なテイストの歌をやりたかったんです。聴く人を包み込んだり癒せるような感じの歌を。この手の歌はすごく表現力を求められるものですが、それも自然にできているのでメンバー3人の表現力がとにかくすごいと思います。この曲に限らず、今回のアルバムはとにかく音が心地好いんです。どこを切っても無理くり感もなく、イヤなバキバキ感もない。とても心地好く、身を委ねていたくなるような音に仕上げられたと思います。それもごく自然に。
──とても心地好く、身を委ねていたくなるような音は、リラックスした佇まいのメンバーが写るジャケットにも反映されているように思えますが。
OKI:作品の中身とリンクできましたね。全員が満面の笑顔というわけではないけれど、今までの作品のジャケットと比べたら最も自然な表情だと思います。若干の微笑みにも見えますし。座っているジャケットも実は初めてなんですよ。これもまた、今までの歩みを継承しつつも次のステージへ向かっていることの意思表示ですね。
歌を聴く人がどこかで運良くフィットすればいい
──本作を起点として三部作にするといった考えは特にありませんか。
OKI:そういうのは何も考えずにつくりました。ただ、「旅空」で一つの物語が完結したところにエンドロールとして「道まだ遥か」を入れたように、この旅路はまだこれからも続くわけですよ。旅の続きがこの先どうなっていくのかが自分でも楽しみですね。
──今のOKIさんにとって〈旅〉はとても重要なワードなんでしょうね。
OKI:2作目の『VOICE』の時点ですでに「吟遊詩人のように」という旅人をイメージした曲を書いていたし、そういう世界観がもとから好きなんでしょうね。20代で「旅人の詩」も書いていますし。人生という名の旅において一箇所に留まりたくない姿勢はずっと一貫していると思います。
──春のツアーは本作から余すところなく披露する予定ですか。
OKI:今回はミディアムやバラードが多いので、どういうふうに構成していくかはこれからですね。このインタビューが公開される頃にはある程度バランスの良いところを考えていると思いますけど。まぁ旅は続いていくものだし、今度のツアーで無理やり詰め込もうとも思っていないので。どのみちじっくりと浸透していくアルバムだと思うし、時間がかかっても構わないんです。好みが分かれる作品だろうし、何なら賛否両論あって然りだと思うし。よくあるじゃないですか、20代の時はピンと来なかったけど、40代や50代になって改めて聴いたらすごく沁みるアルバムなり歌が。そういうことでいいと思います。歌は生きものなので。どこかのタイミングで運良くフィットすればいいんじゃないですかね。
──「生きた証を残す旅」のように重いテーマをあくまでも軽やかにしなやかに唄いながらもしっかりと感動を与えられるのが今のビーツの強みだと思うんです。そういう一周まわった軽やかさ、しなやかさは若いバンドには出せない絶妙な味ではないかと。
OKI:松尾芭蕉じゃないけど、〈軽み〉は一番目指したいところかもしれません。シンプルな言葉でありながら沁みるものを表現したいと言うか。もっともらしい言葉をこねくり回したり、さも意味ありげなことを書いたりするのは苦手ですね。それで作家でござい、みたいな体でいるようなことにはなりたくない。
──軽やかでしなやかなビーツの最新形をツアーで体感できるのを楽しみにしています。新型コロナウイルスの影響が心配ではありますが。
OKI:今日(3月5日)の時点ではこの数週間先の動向を見ての判断になると思うので、現段階でどうこうは言えませんが、一つ考えたんですよ。この自粛ムード、沈滞した状況の中でファンのみんなの気分が少しでも上がるようなニュースを提供できないかなと思って、3月中に今回のアルバムから2曲、「生きた証を残す旅」と「旅空」を先行配信することにしました。それなら出歩かなくても楽しめるだろうし。その2曲を聴いて、少しでも楽しみな気分を増やしてもらえたら嬉しいですね。