〈バラード〉の語源は「物語性のある詩」を意味する中世のフランス語である。今年、結成35周年を迎えたザ・ストリート・ビーツのキャリア初となるバラード・セレクションが『旅人の詩』というタイトルなのも必然と言えるだろう。彼らのレパートリーはどれも、約束された明日なんてない、明日が来るのが当たり前だと笑い飛ばせない、刹那を生きる旅人がひたむきに己の人生を切り拓いていく「物語性のある詩」だからだ。決して平坦ではない曲がりくねった旅路の長さをものともせず、まだ見ぬ景色とまだ見ぬ明日を追い求めて彼らはまた次なる旅へと向かう。遥か来た道もすべて遥か繋がる未来のためにある。二度とない今を燃えて生きると唄うビーツのバラッドに激しく鼓舞されるのは、僕らもまた一度きりの人生に命を燃やす旅人だからに他ならない。(interview:椎名宗之)
平成最後の年明けに平成最初のライブを再現
──少し話が遡りますが、昨年、3期に分けて敢行されたデビュー30周年ヒストリー・ツアーで得られたもの、次に繋がったのはどんなことでしたか。
OKI:30年分の歩みを10年ごとに区切って全国をまわったツアーだったんですが、こちらの予想以上に喜ばれたのが一番嬉しく、とてもありがたいことでした。ビーツもこういう企画が成立するようになったんだなと感慨深かったし、手応えと得るものが非常にありましたね。
──ビーツの歴史を便宜的に1期(1988〜1997年)、2期(1998〜2007年)、3期(2008〜2018年)と区分けした場合、OKIさんのなかではそれぞれどんな位置づけなのでしょう。1期=蒼の時代、2期=成長期、3期=円熟期といった感じですか。
OKI:デビューしてから最初の10年のあいだに初期も中期も入っていると言うか。ごく初期の段階でも変遷を重ねているので、最初の10年だけですでに何周もしている感じですね(笑)。去年のヒストリー・ツアーでも1期に当たるVOL.1を2回に分けても良かったくらい内容が濃かった。VOL.1だけで80曲をプレイしましたからね。
──結果的にヒストリー・ツアー全体では何曲披露したことになるんですか。
OKI:154曲です。俺の予想を超えていたのは、直近の10年の曲をやったVOL.3のツアーがすごく盛り上がったことでしたね。自分が考えていた以上に近年の楽曲も定着しているんだなと思いました。『遥か繋がる未来』(2013年)、『NEVER STOP ROLLING』(2014年)、『PROMISED PLACE』(2016年)という三部作の曲をメインに組んだんですけど、若い頃の10年と、いい大人になってからの10年ってタイム感がまったく違うじゃないですか。あの三部作は自分のなかではごくごく最近の作品という感覚なんだけど、リスナーのなかでは「遥か繋がる未来」や「歌うたいのクロニクル」といった曲も初期や中期の人気曲と共に完全に軸として捉えてくれているんですね。それらの曲はビーツのヒストリー全体で言えばまだ生まれて間もない若手なんだけど、楽曲としてのパワー感や立ち位置はすでに成立しているんだなってことを感じました。
──長くキャリアを積んできたバンドのファンはどうしても初期の楽曲に対して思い入れが深く強いものですが、ビーツの場合、近年の三部作に対しても支持が強いことは大きな自信に繋がりますよね。
OKI:そうですね。我々も含めて、長くやっているバンドは一般的にやはり初期の楽曲を強く求めるファンが多いと思うし、俺ももちろんVOL.1はそれを踏まえてましたし。初期の楽曲にノスタルジーや思い入れが深いのは当然のことですしね。その初期の楽曲を網羅したヒストリー・ツアーVOL.1ももちろんすごく良いライブが続いて最高に良かったですが、それに加えてVOL.2とVOL.3もすごく盛り上がったんですよね。特にVOL.3のライブがちゃんとハイレベルで成立したこと、近年の楽曲がちゃんと認知されているのを実感できたことは大きな手応えでしたね。
──今年の初ライブは、平成最後の年明けに平成最初のライブを再現するというとてもユニークな趣向でした。これは去年のヒストリー・ツアーからの流れを汲んだものと言えますよね。
OKI:去年のデビュー30周年と今年の結成35周年をセットで考えていたところがあって、アニバーサリー・イヤーならではの楽しませ方をしたいなぁと考えていたんです。図らずも「平成最後の年明け」というタイミングになったので、今から30年前、平成になってまだ2週間足らずの1月21日に日清パワーステーションでやったワンマン・ライブのセットリストをそのまま再現してみるのも面白いなと思って。30年経ってそんなライブが成立するというのもありがたいことですしね。
──当時のセットリストをしっかりと把握しているバンドも珍しいと思うのですが、OKIさんの几帳面な性格が為せるわざと言えるのでは?
OKI:几帳面と言うよりも、自分で残しておかないと誰もやってくれないので(笑)。実際、事務所預かりだった一時期のセットリストは行方不明だし(笑)。ビーツに最初から関わっているのは俺とSEIZIだけだし、アーカイヴ的なデータベースはちゃんと残しておきたいですよね。自分にとってビーツはライフワークでもありますしね。
──去年の2月に1988年の東京初ワンマンの再現ライブをやった時に予想以上の楽しさがあったとOKIさんがブログで書いていましたが、平成初ワンマン・ライブの再現でもその思いは変わらずだったと思います。具体的にどんな部分に楽しさを見出だしていましたか。
OKI:そもそも現役で元気にバンドを続けていない限りそんなライブはできないし、30年経った今でもそのセットリストが恥ずかしくないものでなければやれないわけですよ。蒼い楽曲だとしても、プロのレベルをクリアできていたわけだし、しっかりと曲作りをしていたんだなと思いますね。勢いだけでやっつけていなかったし、若いなりにもすごくアイディアに溢れているし、難しいことにもチャレンジしている部分もありましたしね。
──当時の楽曲を当時の熱量のまま伝えられる現メンバーの力量にも感服しますね。
OKI:今のメンバーには本当に感謝しています。なかなか過酷なことをやってもらっているので(笑)。まずレパートリーが多いし、それに対応できるスキルも重要だけど、ただプレイすればOKという話ではないので。演奏のクオリティ、熱量を自分たちがちゃんと提示しなければならないわけですから。
キャリア初となるバラード・セレクションの制作経緯
──今回発表される結成35周年記念アルバム『旅人の詩』はキャリア初となるバラード・セレクションですが、こうした趣向の作品を作ろうと思い立ったのはどんな理由からですか。
OKI:去年、『魂のクロニクル』という2枚組のベスト・アルバムを作ったんですが、どうしてもバラード系、歌モノ系の楽曲がこぼれがちになるんですよ。CDには収録時間の制限があるし、バラード系、歌モノ系は全般的に尺が長いじゃないですか。尚且つ、時代を彩ってきたメインの楽曲たちが当然優先されるので、結果的にバラード系は埋もれてしまう曲が多い。ベスト・セレクションの選曲作業では何度もそういう経験をしていて、『魂のクロニクル』の制作中にも特にそれを感じたので、次はバラード・セレクションをやりたいと去年から考えていたんです。こうして発表できることになって、積年の敵討ちを果たせた思いもありますね(笑)。
──ベーシックの選曲をしたのはOKIさんなんですか。
OKI:自分でも年代ごとにリストを挙げて、メンバーやスタッフにもリストアップしてもらいました。全員が挙げて満点のついた曲は無条件に入れて、あとは年代なり曲調なりのバランスですね。バラードと一口に言っても、リズミックなものもあれば直球のバラードもあるし、弾き語りで聴かせるものもありますから。それと今回は時系列にもこだわらずに、ひとつの作品として成立するようなものを作りたかったので、その辺のバランスも考えました。
──結果的に納得の全16曲ではあるのですが、たとえば「WIND AND CALM」がないとか、「悲しみの波を越えて」や「暁に一人立つ」が入ってないとか、そういうのはもうキリがありませんよね。
OKI:2枚組にするべきでしたね(笑)。バラード系、歌モノ系の曲は何やかんや言って7、80曲くらいあって、レパートリー全体の3分の1くらいあるんでね。だから1枚に収めようとしたのは甘かったですね(笑)。涙を呑んだ曲が今回もたくさんあったし、もう1枚分は軽く作れましたね(笑)。
──メンバーとスタッフが全員一致したのはどの楽曲なんですか。
OKI:「風の街の天使」だったり、「親愛なる者」だったり、いくつかありましたね。それはバンドのヒストリーのなかでも節目にあたる曲だったり、客観性を鑑みた部分もあったと思います。それ以外にファンに長年支持されている曲もあるし、本当にいろんな曲が候補に挙がったんです。全部引っくるめて2枚組、3枚組で出したい気もありますけど、そうなるとセレクションではなくコレクションになってしまうのでね(笑)。
──SEIZIさんのボーカル曲が近年の「THERE IS HAPPINESS」だったのが少々意外でしたが、これはSEIZIさんのチョイスだったんですか。
OKI:いや、SEIZIは自分の楽曲は挙げてこないので、俺が選びました。SEIZIが唄う曲にはいわゆる直球のバラードというのはないんだけど、どうしても1曲はSEIZIの歌を入れたかったんです、作品性の上でもね。「THERE IS HAPPINESS」は自分がプレイしていても、リスナーとして聴いていても、とても癒される曲なんですよね。SEIZIの曲の世界観としていくつかそういう曲があるんだけど、「THERE IS HAPPINESS」はその中でも特に秀でてる曲だと思います。全体の流れのなかで「THERE IS HAPPINESS」が入ってくることでひとつのフックにもなるし、全体として作品性も高まると言うか。ちょっとバラード・ライブ的にもなるし。
──バラード系、歌モノ系で縛ると、飽きさせない曲順にすることにも神経を使いますよね。どうしても似た曲調が続くわけで。
OKI:スローな曲をただ単純に並べただけだと退屈なので、曲調のメリハリや全体の流れにはかなり気を留めたつもりです。
──10曲目の「明日なき迷子達」から14曲目の「約束できない -BALLAD VERSION-」までが曲を追うごとにデビュー・アルバムまで一作ずつ遡る趣向で、非常に粋な連なりですね。
OKI:「明日なき迷子達」や「天使の憂鬱」といった曲は、今までベスト盤の選曲でいつも決勝まで進みながら涙を呑んでたんですよ(笑)。通常のベスト・アルバムだとどうしても「少年の日」や「青の季節」みたいに上を行く役者が他にいるので、もうちょっとのところで落選してしまう感じで。だけど「VOICE」や「世界一悲しい街」といった曲も含めて、自分たちも好きだし、昔から好きでいてくれるファンの人たちもすごく多いので、今回はどうしても入れてあげたかったんです。その後半の流れは一番仇を取れたところじゃないですかね(笑)。やっと日の目を見せてあげられたと言うか、こうして世に出るのはオリジナル盤以来なので。