パンクスの生き方は生活と密着している
──ということは、大石監督が谷ぐちさんに直談判してから2年経ってようやく映画制作が始動したわけですね。
谷ぐち:でも、思いついてからは数日で動き出しましたよ。「これはいける!」と思ってから、たぶん3日くらい(笑)。すぐに大石さんに連絡して、「やります!」って言ってもらえて。
大石:確か2015年の年末にバタバタバタっと決まったんですよ。
谷ぐち:そうだ。「大晦日から撮れますか?」なんていきなり言い出して(笑)。
──思い立ったら即行動は昔から変わらないんですね(笑)。そうして撮影が始まった『MOTHER FUCKER』ですが、谷ぐち家の日常を追いかけつつ、Less Than TVの最新バンド名鑑的な趣で、ライブ映像が随所にテンポ良く挟み込まれる構成が飽きさせませんね。
谷ぐち:やっぱりLess Than TVの映画だし、バンドのライブ映像は外せないですよね。それと我が家の珍道中という二つの軸があるといいんじゃないかと思ったんです。あと、2015年の年末に「このタイミングしかない!」って映画に踏み切ったのには理由があって、2016年は『METEOTIC NIGHT』っていうツアーをやったんですよ。前の年に小岩でやって、次の年に名古屋、福岡、郡山、岡山と回ったんですけど、それを映画で追えば地方のパンク・シーンで活躍するいろんなバンドを紹介できて最高じゃん! と思って。それと、2015年にはもう共鳴がチーターズマニアっていうハードコア・バンドを結成してたんですよね。その初ライブが翌年にはあるはずだから、映画をやるならこのタイミングを逃さないほうがいいと思ったんですよ。
──まさに映画を撮るべくして撮るタイミングだったんですね。
谷ぐち:ただね、今年がLess Than TVの25周年っていうのは全然気づかなかったんです。
大石:完全に後づけですよね(笑)。
谷ぐち:だって、映画の本編には25周年なんて一つも入ってないでしょ? 予告編に「25年に渡り…」ってくだりがあるくらいで。映画が完成した時に「ちょうど25周年のタイミングで良かったですね」って誰かに言われて驚いたんですよ(笑)。でも逆に「25周年記念作品」とか入れなくて良かったと思ってます。
──日常生活の一部始終をカメラに追い続けられるのは苦ではなかったですか。
谷ぐち:むしろ今は密着されてないのが寂しいくらいです。大石さんがツアーにいないのが寂しい。短い単発のツアーがほとんどだけど、一緒に旅をするといろんなことが起こって面白いし。
──「ここを撮るのは勘弁してくれ」みたいなこともなかったですか。
谷ぐち:全然なかったですね。せっかく映画を撮るなら、生活感を前面に出したかったんですよ。それは最初から大事なポイントだと思ってました。たとえば『UK/DK』(UKパンク黎明期のハードコア・シーンを描いた映画)でディスオーダーのメンバーがアジトみたいな所で樽から注いだサイダーを飲んだり、街を徘徊したり、ああいうのを観るとパンクスっていう生き方を選ぶのは生活と密着してるものだと思うんですよ。日本にもパンクな生活をしてる人がいろいろいるだろうし、俺の場合はめちゃくちゃダセぇ生活なんだけど、それも一つのスタイルだし、そのスタイルをパンクだと言い切っちゃってもいいんじゃないかと思って。パンクってやっぱり更新され続けていくものだと思うし、今やパンクどころかフォークシンガーになってしまって、やけに生活じみた歌を唄うようになったけど、そういう部分も前面に出したかったんです。だから大石さんには俺たちの生活の一部始終を密着してもらいたかったし、嫁さんに怒られる旦那の姿を隠しカメラで映すテレビ番組とかよくあるじゃないですか。あんな感じで、俺がYUKARIに凄い怒られてるところから映画が始まるのもいいんじゃないかと思ったんですよ(笑)。実際、俺は常にYUKARIに怒られてるので、素材はいくらでも撮れますからね。ライブではイケイケで盛り上がってるのに、家に帰ると嫁さんから異常に怒られてる。そういうのを出したかったんですよ。
──谷ぐちさんは映画の中でも飾らず自然体のままですよね。でもだからと言って所帯じみた感じはないし、介助の仕事も子育てもライブも等しく楽しんでいるように見えます。
谷ぐち:大石さんはカメラを置くみたいな感じで撮るからこっちは何も気にしないし、普段通りでいられましたね。ライブのシーンもいい素材がいっぱい揃ったし、大石さんの撮るライブはそれだけで成立するくらいめちゃくちゃ格好いいんですよ。それがあった上で、我が家の生活を切り取ったシーンがあれば映画としてぶっちぎれるなと思ったんです。後から自分で気づいたんですけど、俺が何か気の利いたことを言う時は常に何かしら食べてるんですよね。
──ああ、YUKARIさんと口論になりかけている時も谷ぐちさんは大きめの餃子をガンガン頬張ってますしね(笑)。
谷ぐち:俺が好きなミニットメンのD・ブーンは、ライブ会場でもちっちゃいアイスとか、常に何かしら食べてたらしいんですよ。だから俺もブーンにちょっと近づけて「やった!」と思ったんです(笑)。
最初の『METEO NIGHT』の赤字200万円はキャッチーな話
──結婚して子どもが生まれてもパンクな生き方は変わらないし、だからと言って殊更に「俺たちはパンクに生きるんだ!」と意気込むわけでもない。ごくごく自然な形で日常生活とパンクが結びついているのが谷ぐち家らしいですね。
谷ぐち:見た目は全然パンクじゃないですけどね(笑)。パンクな生き方を選択して、それによって自分たちがいろいろと変わっていくわけですよね。その様が映画を通じて伝わればいいなと思ったんですよ。だから介助のシーンも絶対に入れてほしかったし、大石さんも「YUKARIさんが厨房で働くシーンも入れましょう」と提案してくれたんです。全部ありのままの感じですよね。それを編集してまとめるのは大変な作業だったと思いますけど。
──「自分たちがいろいろと変わっていく」ことで言えば、谷ぐちさんが映画の中で「音楽の活動を通じて少しでもいい社会になるようにとか、そんなことを昔は考えてなかった」「ハードコアを通じて人の気持ちを考えるようになった」と話すシーンが意外だったんです。でも実際、谷ぐちさんはSNSを通じて社会性のあるメッセージを発するようになったり、家族ができてから社会と関わる意識が変わってきましたよね。
谷ぐち:変わりましたね。デモとかそれ系のイベントで俺と今里くん(STRUGGLE FOR PRIDE)が名前を連ねてるっていうのがホントに信じられないって石田さん(ECD)も言ってたし(笑)。でもそういう時代なんだろうし、自分ではごく自然なことなんですよね。
──この映画が仮に10年前に作られていたら、相模原市の障害者施設襲撃事件に関する街頭ニュースや安倍首相の応援演説のシーンが挿入されることもなかったでしょうね。あのインサートは大石監督のセンスなんでしょうけど。
谷ぐち:社会的なことは自分でも意識して遠ざけてた部分があったんだけど、やっぱり子どもが生まれたことが大きいと思うんですよ。俺が家でそういうことを話すシーンはカットしてもらおうかなと最初は思ってたんですけどね。
──カットしてほしいシーンは当然あったでしょうね。
谷ぐち:そんなにはなかったですけどね。ただ、物事の伝わり方が違った形になりそうな部分は気に留めたんじゃないですかね。
大石:タニさんが気にしていたのは、自分のことよりも周りの人に対してですよね。「ここはこの人に対してこう思われちゃうかもしれない」みたいな。
谷ぐち:そうそう。そういうのはあったけど、カットしてもらったところはほとんどないと思いますよ。政治的な部分は特に入れたいと思ったわけじゃないけど、それも日常的なこと、普通のことですからね。その辺は大石さんがうまいこと編集してくれました。最初はデモに参加してるシーンを撮ろうかっていう話もあったんだけど、なかなかタイミングが合わずに実現しなかったんですよ。そこを大石さんが単独で撮りに行った素材で補ったんです。安倍が浅草で演説してるところを撮ってたなんて知らなかったけど、あそこで安倍を使うのはいいなと思ったんですよね。最初は安倍もエンドロールのクレジットに入れたかったんですけど、「入れる必要がない」ってスタッフに言われてやめたんです(笑)。
──昔から谷ぐちさんのことを知っている人からすると、共鳴くんを叱りつけるシーンや北海道の実家へ帰省してお母さんに子ども時代の話をされて困惑するシーンなど、見どころはたくさんありますよね。
谷ぐち:あれ、見どころなんですか?(笑) 自分が映るシーンはどこが見どころなのか全然分からないんですよ。ライブのシーンや他の人が話してるところは分かったんだけど、自分の生活や言ってることが映画になると客観的ではいられませんね。だから試写会でも観てる人たちの反応が凄く気になったんです。その反応も、自分が思ってた感じと全然違ったんですよ。実家に帰るシーンは、パートとしてちょっと長いんじゃないか? と自分では思ってたんだけど、試写会でけっこう笑いが起きてたんですよね。ああ、こういうところが面白いんだ? と思って。
──札幌のタカヒロさんの家を訪れた時、谷ぐちさんがみんなの話を遮るようにホタテの寿司を取ってもらうシーンも笑えますけどね(笑)。
谷ぐち:あのシーンを観るたびに、あの時食べたホタテの味を思い出してますよ(笑)。最近、ホタテの寿司が好きなんですよね。
大石:あのシーン、YUKARIさんが「共鳴はパンクとファンク、どっちが好き?」って訊いてるんですけど、共鳴くんが「パン…」って言いそうなところでタニさんが「ホタテ!」って言って邪魔してるんですよ(笑)。共鳴くんはパンクが好き、タニさんはホタテが好きっていうのが個人的にツボで(笑)。
谷ぐち:最初の『METEO NIGHT』が赤字200万円だったってところも試写会でドッと笑いが起きてたけど、そんな話はいっぱいあるから、俺の中では全然面白くないんですよ(笑)。言いたいけど言えない酷い話がもっとあるんです。赤字200万円なんてキャッチーな話ですからね(笑)。