いまのMOGAMIは全員がバンマスという感覚
──『Naked Tracks 9』に収録されていた「春よ」と「今さらヒーローにはなれやしないが」がバンド・バージョンで披露されましたが、MOGAMIのアレンジは詰めるのが早かったんですか。
SION:春先にThe Cat Scratch Combo(CSC)とツアーをやる時に、一彦にアレンジを頼んでおいたんだよね。ちょうど『Naked Tracks 9』を録ってる頃で、「こういう新しい曲があるんだけど、アレンジ間に合うかね?」って。そしたら一彦がCSCでもMOGAMIでも演奏できるアレンジを考えてきてくれてね。それがすごく良かったので、そのままMOGAMIでもやろうと。
──『30th milestone』の限定盤に収録されていた2010年から2015年までの野音のダイジェスト映像を見ると余計に感じますが、松田文さんがMOGAMIを抜けてからは特に一彦さんの存在感が増したと言うか、バンマス感が際立ってきましたね。
SION:芸歴50年以上の漫才コンビが、70歳を過ぎた頃に方向性の違いを理由に解散したりするでしょ?(笑) そんなことになったら困るから、大先輩の松田さんとはそうなる前にお互い違う道を歩むことにしたんだよね。それが3、4年前の話で、松田さんがいなくなってからのMOGAMIは全員がバンマスで行きましょうってことにした。すごくいいバランスだよ。
──今年のMOGAMIは井上富雄さんが不参加でしたけど、CSCの清水義将さんがその穴をきっちりと埋めていましたね。
SION:井上はね、時々おらんことなるんよね(笑)。過去には井上が急病になって、ベースレスでやった野音もあったから。今年のリハは池畑(潤二)さんと清水の師弟関係が見てて面白かったよ。池畑さんが清水のベースに「そうやない、こうやろ?」って優しく指摘するという(笑)。
──『Naked Tracks 9』と今回のDVDに収録された「春よ」と「今さらヒーローにはなれやしないが」を聴き比べると、MOGAMIの傑出した潤色のセンスに改めて脱帽しますね。
SION:そうなんだよね。みんな忙しいから来年はメンバーがちゃんと揃うか分からないけど、みんなにはなんとしてでもMOGAMIをやってもらわないと困る(笑)。
──去年の野音のDVDはカット割りが多くて、あえて粗い編集感を出すことでライブ感を出していたと思うんです。それに比べて今回のDVDはSIONさんが唄う寄りのカットが多くて、歌をじっくりと聴かせる意図を感じたのですが。
SION:俺ね、その辺は全部任せっきりなんだよ(笑)。『30th milestone』の選曲も全部ディレクターにお任せだったしね。30年分のベスト・ソングをもし俺が選んだら、ここ数年の曲が増えてしまうだろうから。全部のアルバムからバランスよく選ぶには、俺の歌を客観視する人がいいだろうなと思ったし。ライブDVDの場合は、自分の姿を見ていられない。声はさすがに慣れたけど、映像は直視できないよ。だから撮(録)りっぱなしだし、演奏もミス・トーンがそのまま入ってる。他の人は音を録り直すことが多いし、いまどき珍しいと思うよ。
──でも今回のDVDもそうですけど、当日のセットリストを完全収録してあるのはファンには嬉しいことじゃないですか。
SION:まぁ、俺の場合は単に面倒くさがりなだけだよ(笑)。
──SIONさんがベスト・アルバムの選曲をするならここ何年かの曲が増えるとのことですが、今年の野音で披露された「マイナスを脱ぎ捨てる」や「お前の空まで曇らせてたまるか」、「Hallelujah」といったここ10年の間に発表された曲が初期の曲と同様に受け入れられているのがDVDからも窺えますよね。
SION:それは純粋に嬉しいし、ありがたいことだよね。いまだに「俺の声」しか知らないなんて言われたら悲しいからさ(笑)。
来年またここで会えるように頑張らなきゃな
──これだけのキャリアを重ねると、かつて発表した歌に対して衒いを感じるような次元は超えて、過去の歌は過去の歌として向き合うことができるものなんでしょうか。
SION:ここ1、2年はやってないけど、弾き語りのライブでは「Machiko」みたいな曲も普通にやってるからね。俺の歌は昔から振り幅が広いって言うのかな、「Machiko」を書いたと思ったら「砂の城」を書いてみたり、「休みたい」とか言ってみたり(笑)。内容的にその時期に唄えなくなる歌もあるけど、過去に出した歌で恥ずかしく感じるものは一つもない。ちなみに「サイレン」は今回リハーサルでやる前、池畑さんに「お爺さんの話の歌やったよね」って言われて、「うん。お爺さんの話の歌が多いからね」って答えたんだけど(笑)。
──「Hello 〜大切な記憶〜」の歌詞にもお爺さんが出てきますしね(笑)。SIONさんほど多作になるとファンは欲張りなもので、ライブではあれも聴きたい、これも聴きたいとリクエストが増える一方ですよね。
SION:ありがたいことだけどね。ただ困るのは、せっかくその曲をやったのに、そいつが酔っ払って寝て聴き逃すケースがあること(笑)。知り合いでも後からメールが来るんだよ。「あの曲だけはどうしても聴きたかった」って。だからやったって!(笑)
──昔からそうですけど、SIONさんの歌に自身を投影する熱いファンが多いですよね。今回のDVDでも「俺の声」でSIONさんがマイクを客席に向けて、お客さんが大合唱するシーンには思わず身震いしますし。
SION:嬉しいよね。自分が唄うのを休めるからじゃなくてね(笑)。いまはもうホールでライブをやることはなくなったけど、昔、渋公とかでやってた頃はお客さんが立ち上がってどこかへ行ったりすると、すごく気になってしょうがなくてさ。でも野音の場合はこっちを見ていようが、呑んで寝ていようが、子どもが騒いで走っていようが、カラスが鳴いていようが、それも全部含めて野音なんだよね。目に映るものすべてを受け入れられて、幸せな気持ちになれる。あれは不思議。
──静かな歌だと、蝉の声も演奏の一部になったりしますからね。
SION:そうそう。野音の宣伝でベッキーとハマ・オカモトの番組に出て、「野音についてなにか一言ありますか?」と訊かれて、「トイレは直して欲しいなぁ」って答えたんだよ。それを受けて2人も「本番までにトイレを直してください。よろしくお願いします」なんて言ってくれたんだけど、直ってなかったね(笑)。野音は本当に好きだよ、トイレ以外は(笑)。
──野音はSIONさんとお客さんにとって約束の地みたいなところがありますよね。人生いろいろあるけど、来年も頑張ってまたここへ来ようと誓いを立てる場と言うか。
SION:野音でライブをやるのは抽選だし、なかなか日にちが決まらないからしんどいところも正直あるんだよ。MOGAMIのスケジュール調整もあるし、天候のことも考えなくちゃいけないし。だけど、野音でライブをやり終えていつも思うのは、来年またここでみんなと会えるように頑張って唄っていなきゃな、ってことなんだよね。俺は勝手にそう思ってる。見てくれた人から「また来年ここへ来れるように働くぜ」なんてメールをもらうと純粋に嬉しいしさ。こんな世の中だし、いいことなんてなかなかないからね。俺としては、「このままが」のイントロが流れるといつもホッと胸を撫で下ろす瞬間があって、今年もなんとかやり遂げられたかなと感じる。その時になってやっと冷静に周りを見渡すことができて、幸せな気持ちになる。
──Wアンコールを終えても鳴り止まない拍手に応えて、SIONさんが缶ビールを持って挨拶する最後のシーンもいいですよね。
SION:あのビールがまた美味くてね。当日まで2、3日禁酒してたから余計に。
──禁酒していたのは、野音の神様に対する願掛けみたいなものでしょうか。
SION:どうなんだろう。野音に誰もいないとは思えないね。それは、俺が野音でライブをやるようになってからあっちに行ってしまった人たちなのかもしれないし。