前身バンドであるインビシブルマンズデスベッドの決起から15年。アンダーグラウンド界で伝説になりかけた満身創痍の男たちが、度を超えたエナジーが迸る万華鏡のような音楽を再び全国へ轟かせようとしている。
尾形回帰(vo)、武田将幸(g)、三橋隼人(g)、宮野大介(ds)から成るHERE。過剰なまでのハイテンション(和製英語)なライブと一貫してポップに突き抜けた音楽性がその持ち味であり、MANをZIして初の完全全国流通となるセカンド・アルバム『I WANNA EAT YOUR CHAOS』はHEREとして活動してきたこの6年間の集大成的作品かつ現時点での最高傑作だ。好き嫌いは大いに分かれるだろう。正規のトラックにグダグダな寸劇を入れるセンスを見下す人もいるだろう。それでも彼らは自由な音楽活動を存分に謳歌している。大衆性を見失わずにやりたいことをやり、ロックの醍醐味を体現し続けている。そんな彼らの6年越しのリヴェンジだからこそ、本誌は全力でエールを贈りたいのだ。
いずれにせよ、機は熟した。混沌から新たな価値を生むHERE劇場第二幕、華麗なるカオティック歌劇の幕開けに刮目せよ。(interview:椎名宗之)
インビシブルマンズデスベッドで味わった苦い経験
──活動開始から6年を経て初の全国流通盤をリリースするわけですが、ここに至るまで随分と時間をかけましたね。
尾形:一歩ずつ堅実にやってきた結果ですね。その都度自分たちを取り巻く状況を見つつ、今このタイミングで全国流通に踏み切るべきだなと思って。流通自体は、去年の3月にタワーレコードで限定販売したファースト・アルバム(『死ぬくらい大好き愛してるバカみたい』)が最初だったんですけど。
──ファーストでいざ流通に踏み切った理由というのは?
尾形:2年前に『GLAMOROUS STUDY』という自主企画を3ヶ月連続でやったんですよ。シェルターでmudy on the 昨晩とanother sunnydayとの3マン、ロフトで9mm Parabellum Bulletとの2マン、草月ホールでアルカラとの2マンっていう、自分たちとしてはかなり背伸びしたイベントで。対バンさせてもらったのはロックの最前線で活躍しているバンドばかりで、彼らに刺激を受けたんですよね。俺たちもライブ会場でデモCDを売ってる場合じゃない、ここで勝負を賭けないとダメだなと思って。それでデモCDシリーズから脱却して、『みっともないぜ 愛がこぼれてる/絡みつくような愛をくれてやる』という両A面シングルを作ったんです。それを残響shopでも販売してもらって、それなりに好評を得たので、ここで止まってるわけにはいかないと思って作ったのがファーストだったんですよね。
──ファーストが出たのは去年の3月でしたが、なぜそこまで慎重だったんですか。
宮野:やっぱり、前身バンドのインビシブルマンズデスベッドで味わった苦い経験の反動じゃないですかね。インビシブルマンズデスベッドの時はスピーディーにリリースを重ねて、DVDまで含めると10タイトルくらい出したんですよ。そこで出荷枚数と消化枚数、返品の数を目の当たりにしたんですが、せっかく流通しても前作の実績が悪いと次の作品の枚数に響くわけです。そんなくだらないことで次の作品の評価を半分以上決めてしまうのはどうなんだ!? と思って、向こうから流通作品を求められるまでは絶対に出すもんか! という気持ちがずっとあったんですよね。実際、欲しがられないと意味がないですから。
──それで『LESSON』というデモCDシリーズをライブ会場限定で7枚出してきたと。
尾形:7枚出して20曲以上レパートリーがあったんですけど、ファーストは全曲書き下ろしたんです。今度のセカンドには『LESSON』シリーズから「アモーレアモーレ」と「PASSION」をピックアップしたんですけどね。アルバム全体のバランスを考えて、足りない要素を加えてみたと言うか。
──でも、今回のアルバムも過剰で暑苦しくて前つんのめり気味な曲がこれでもか!と言わんばかりにギッシリと詰まっているし、バランスを考えているようにはとても思えませんけど(笑)。
尾形:まぁ確かに、どの曲もBPMは速めですね。
──8曲目の「戯曲・ROCKSTARたちの戯れ〜バックステージ編〜」まで、間髪入れず暴走しっぱなしだし、「戯曲」の後も最後の「青い光」以外はフルスロットル一直線だし、バランスも何もないじゃないですか(笑)。
尾形:最後に入れたしっとりとしたバラード以外は、立て続けに速い曲を詰め込みたかったんですよね。やっぱり速い曲が好きなので。
宮野:30代にもなって「速い曲が好き」って臆面もなく言えるのもいいよね(笑)。この歳になればもっとゆったりした曲をやりそうなのに(笑)。尾形の言葉を補足すると、「アモーレアモーレ」で歌謡曲っぽさを入れて、「PASSION」で4つ打ちのパーティ・チューン的要素を入れたということなんですよ。そういう意味でのバランスなんです。
尾形:アレンジは一新したんですけどね。「PASSION」は思いきり転調してみたりして。前のアレンジのままだと、今ある曲と比べて若干クオリティが劣るかなと思ったので。
──去年の9月に発表したシングル「余すことなく隅々までアイラヴュー」を唄い直したのはどんな理由で?
尾形:シングルでは割としっとりとした唄い方だったんですけど、ライブで何度か唄っているうちに熱く滾るような唄い方に変わってきたんですよ。今の唄い方のほうが断然いいので、ボーカルを録り直してみたんです。ちょっとピリッとした感じにはなってるんじゃないですかね。
ロックとは価値のないところから新たな価値を生むもの
──今回発表されたセカンド・アルバム『I WANNA EAT YOUR CHAOS』は、“CHAOS”=“混沌”と共鳴するというのが大きなテーマなんですよね。「CHAOTIC SYMPATHY」の“混! 沌! 共! 鳴!”という凄まじいコーラスが耳にこびりついて離れないんですけど(笑)。
宮野:それだけポップってことなんですかね?(笑)
尾形:“CHAOS”っていうのは、何か新しいものが生まれる前兆だと思ってるんです。いろんな感情や物事がグチャグチャに入り乱れた状態のなかから新たな価値観や考え方が生まれるんですよ。人間は誰しも心のなかに“CHAOS”を持っていて、ひょんなことで悩んだり、生きていくこととはどういうことなのか苦悩したりしますけど、それはその人が次のステップへ行くために必要な過程なんですよね。心の“CHAOS”がなければ成長することができないし、だからこそ僕は“CHAOS”を肯定するし、『I WANNA EAT YOUR CHAOS』、つまり君の混沌を食べてしまいたい、と。君の持ってる“CHAOS”を僕は必要としているし、それと共鳴したいってことなんです。そもそもロック自体が“CHAOS”だし、価値のないところから新たな価値を生むのがロックじゃないですか。だから“CHAOS”は僕なりのロック観でもあるんですよ。
──ここから新たな創造が始まるという意味で、“CHAOS”は今のHEREになぞらえた言葉とも言えそうですね。
宮野:そうですね。混沌としたまま突っ走っていいんだ、って言うか。
──さっき過剰で暑苦しい曲が続くとは言いましたけど(笑)、最初から最後まで弛緩することなく聴かせるのが凄いと思ったんですよ。4分台の曲が多いのに、アレンジと構成の妙なのか、何度でも聴けてしまうんですよね。
武田:大抵はメロディとコード進行を尾形が持ってきて、大まかなリズムパターンに合わせてギターを弾き始めて形にしていくことが多いんですよ。尾形が総合的にプロデュースしている感じと言うか。それで上手く形になればいいんですけど、形にならない時は修行みたいになるんですよね(笑)。
尾形:でも、形になる確率はインビシブルマンズデスベッドの頃と比べて格段に上がりましたよ。昔は形になるまで1ヶ月くらい時間がかかることもあって、僕もみんなにどうアドバイスしていいか分からないことがあったんですけど、HEREになってからはみんなの引き出しが増えたせいか、曲作りがかなり早くなったんです。
──ノンジャンルでタブーなしの曲作りになったせいですかね?
尾形:曲作りやアレンジの作業は職人の仕事に近いものがあるので、みんなの弾けるフレーズや音楽の知識が増えたことが大きいんじゃないですかね。あと、2本のギターが対照的なのが功を奏してるところもあると思います。武田はバックグラウンドが見えない今風のギタリストで、三橋はオールドスクールなギタリストなんですよ。
武田:スーパーオールドスクールだよね(笑)。
三橋:4、50年代のブルースとかが好きですから(笑)。
宮野:インビシブルマンズデスベッド時代には三橋のような存在が欠けていたんですよね。
尾形:ペンタトニックスケールでワーッと弾ける感じって言うかね。曲によってカッチリしたギター・ソロは武田にお願いしたり、ラフなセッションみたいに弾いてほしいところは三橋にお願いしたり、役割が違うんですよ。
──ギターと言えば、「遺伝子のバラード」のちょっとスペイシーで広がりのある音色が素晴らしいですね。
武田:あれ、いいですよね。僕が去年、SiMというバンドを凄く好きになってしまいまして、かなり影響を受けた部分が出てるんですけど(笑)。速いし、上手いし、歪んでるし、最高だなと思って。
──インビシブルマンズデスベッドもあの凶暴なパフォーマンスとは裏腹に楽曲はポップでキャッチーでしたけど、HEREではそんな大衆性がさらに増した印象を受けますね。
尾形:自分たちのオリジナリティを入れながらポップでキャッチーなものを作るのは凄く難しいことなんですけど、大衆性と自分なりのメロディがある曲を作るのが今は好きなんですよね。マニアックな曲も本来の嗜好としては好きなんですけど。