文明の発展と引き換えに失ったもの
──アルバムの話に戻りましょう。初回限定盤はアコースティック・ギターを基調とした名バラードの「無言電話」でしっとり幕を閉じる構成ですが、通常盤は「無言電話」の後に「グリース・ミー」(CALIFORNIA JAM VER.)が来て賑々しく終わるじゃないですか。同じ『GREASY!』という作品だけど印象が異なるし、2つの結末が用意されていると言ってもいいんじゃないかと思って。
K:そうだね。俺がアメリカからテープを持ち帰って最初に作ったのは「無言電話」で終わるパターンだったんだけど、「グリース・ミー」で締め括るパターンもアリだなと思ったんだよ。2通りの楽しみ方ができるって言うかさ。
──通常盤のほうの「無言電話」の最後には黒電話をかける音が丁寧に挿入されていて、思わずニヤリとさせられましたけれども。
K:ケータイ電話の音に主張はないけど、あの黒電話の音にはちゃんと主張があるんだよ。「無言電話」の電話の音を作ってる時に思ったのは、文明の発展と引き換えに失うものがあるっていうこと。よく思うんだけど、昔はケータイがなくても人混みの多い駅で待ち合わせがちゃんとできていたじゃない? 今はケータイがないとまず難しいよね。ケータイがなかった頃は、テレパシーみたいにお互いが呼び合っていたから渋谷の雑踏の中でも待ち合わせができていたんだよ。今の若い人たちはそういう虫の触角みたいな器官を持っていない。昔は友達の家の電話番号も全部暗記できてたし、相手から電話が掛かってくるのが鳴る前に何となく分かったよね。今と違って集中力が格段にあったんだと思う。そういうことの延長線上に今回のアメリカ遠征があったわけ。ケータイを持っていったって向こうじゃ使えないし、触角を鋭くさせて向こうのスタッフとも意志の疎通を図らなくちゃいけなかったし、レコーディングの手法は昔ながらの一発録りだしね。やること為すことすべてが今の時代と逆行していたけど、60年代のレコーディングはそれが当たり前のことだった。テープを巻き戻すのも時間が掛かるし、今にして思えば不自由なことばかりだったけど、だからこそ自由で面白い発想が生まれたんだと思う。
──マックショウがアナログ・テープの一発録音という手法を選んだのもそういうことですよね。制約の中から大切なものを見いだすっていう。
K:そういうことだね。日本へテープを持ち帰って、2回くらいデータにしてみたんだよ。もしテープが飛んだらオシマイだし、何回もテープを回してる間に劣化しちゃうからさ。それでそれなりのスタジオを借りてデータにしたんだけど、音の良さがすっかり失われてしまった。データにして便利になることよりも失うことのほうが遙かに多かったわけ。日本ではけっこう有名なエンジニアの人に言われたからね。「データに落とすのは諦めて、テープのコピーを作ってやったほうがいいよ」って。
T:確実に違ったもんね。データにすると、一番美味しいところがスコーンとなくなっちゃうんだよ。
K:最初にテープを掛けた時、そこのスタジオの人たちが全員聴きに来たからね。サンセット・サウンドで若いアシスタントたちが俺たちのレコーディングを見に来てたのと同じように。みんな「すげぇいい音してる!」って驚いてたよ。そうやって何とか最後までコンピュータを使わずにミックスを終えたけど、途中で何度か挫けそうにもなった。だって、テープ自体が相当な重さだし、取り替えたり巻き戻すだけでもひと苦労なんだからさ。ミックスをやり直すたびにタイムが違うから、曲の頭を探すのも大変だしね。それでもやっぱり、テープに代わるものはない。ちょっと物を置いたりする音、スネアの裏に当たる音、スティックを置く音、そういうのが随所に生々しく残ってるわけ。ああいうのは絶対にデータに置き換えられないものだからね。
──そこまで持ち得るエネルギーが注ぎ込まれた作品には、聴き手にもちゃんと伝わる何かがあるような気がしますね。人が掛けた手間っていうのは他人にもしっかり伝わると言うじゃないですか。
K:待ち合わせができる能力は薄れたとしても、何かを感じ取る力は人間にまだ残ってると思うね。そこは信じたい。「このCD、随分と手が掛かってんなぁ。ここまで突き詰めてやってバカじゃねぇの、こいつら」みたいに思ってくれる人は意外と多いんじゃないかな(笑)。そう思わなければやってられないところもあるし、仮にそう思われなくても俺たちは頑なに同じやり方でCDを作っていたと思う。たかだか3,000円ちょっとの商品かもしれないけど、徹底していいものを作ることが俺たちなりの誠意なんだよ。そこまでやり切らないと、汗水垂らして働いて買ってくれた人たちに対して申し訳が立たない。みんななけなしのお金を俺たちのCDに投じてくれるわけだから、やっぱり最低限の責任は持ちたいよね。まぁ、俺たちのCDが求められているのかどうかはまた別の話だけどさ(笑)。