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INTERVIEW

トップインタビュー【復刻インタビュー】DUMB(2007年6月号)- TRIBUTE TO THE RAMONES 発売記念放談!

TRIBUTE TO THE RAMONES 発売記念放談!

2007.06.01

THE RYDERSのJ.OHNO、KOJIの呼びかけのもと、チバユウスケ(THE BIRTHDAY)、MINAMI(KEMURI)、RYOJI(RYOJI & THE LAST CHORDS)他、多数の豪華なゲストミュージシャンを迎えて制作され、RAMONESへのこだわりと愛情が爆発しまくり、まさにRAMONES憑依状態という史上最強のRAMONESトリビュート・ユニット、DUMBの『TRIBUTE TO THE RAMONES』がリリースされて、早くも話題を呼んでいる。今月は、J.OHNO、KOJIに加え、今作に参加したゲストミュージシャンからMINAMI、RYOJIを迎えてRAMONESへの思い入れを大いに語ってもらった。(interview : 北村ヂン)

自分でもやれるんじゃないかって思える

──みなさん世代が結構離れてますので、まずいつ頃RAMONESと出会ったのか、その時の印象がどうだったのか聞きたいんですが。

RYOJI:中学くらいで音楽に目覚めて、パンクも聴いてみようってなったんですが、ちょうどLPからCDに変わりつつある時期で、RAMONESのレコードって売ってなかったんですよね、そんな中『RAMONES MANIA』だけCDになって売ってたんで、初めて聴いたのは『RAMONES MANIA』です。初めて聴いたパンクは何故かジョニー・サンダースで、それからNEW YORK DOLLSとか、SEX PISTOLSも聴きつつ、ニューヨークのDEAD BOYSが一番好きなパンクバンドなんですけど……あ、RAMONESの次に好きです! ……ここはそう言っておいたほうが(笑)。

──わりとアメリカのパンクから入ったっていう感じだったんですね。

RYOJI:そうですね、だからRAMONESにもすんなり入っていけました。

MINAMI:僕は高校生の時に友達に聴かされたんですけど、最初に聴いたのは『END OF THE CENTURY』かな。中学、高校と、実はずっとメタルが大好きだったんですけど、それからハードコアに行って、そこから少しづつパンクロックも聴くようになったんで、パンクって激しいと思ってたのに、RAMONESを聴いたらすごいキャッチーだったからそれで好きになりましたね。格好からして、いわゆる革ジャン着て髪の毛立たせてみたいなパンクのファッションとは違うし、RAMONESって音楽のジャンルで分けられないっていう感じがしますね。RAMONESはRAMONESなんですよ。

OHNO:俺は、まあパンク自体に出会ったのが高校くらいだったんですけど、それで初めて聴いたのがSEX PISTOLS、Runawaysとかで。……あの頃はRunawaysがパンクだと言われて日本に来てたんですよね。RAMONESを聴いたのはその2、3年後くらいですかね。それまではどうしてもSEX PISTOLSとかTHE CLASHの衝撃の方が強かったんで、ファーストを最初に聴いて、すごくシンプルで良いなとは思ったんだけど、その時は正直あんまりピンとこなかったんですよ。でも「これだったら出来るんじゃないかな」っていうきっかけにはなって、自分でもバンドやり始めて曲を聴いてるうちに、意外とシンプルなのに考えられてるのかなって思って、どんどんハマッて行きましたね。さっきMINAMIくんもジャンルじゃ分けられないって言ってたけど、確かにファーストはパンクっぽい仕上がりなんだけど、『END OF THE CENTURY』になるとパンクでもなんでもないからね。ロックンロール・アルバムですよ。やっぱり時代によってRAMONESの捉え方って全然違いますからね。

KOJI:僕はリアルパンクの世代なんで、高校の2年とか3年の時にSEX PISTOLSを聴いてものすごい衝撃を受けて、同じくしてRAMONESっていうのがあるというのを知って聴きました。その頃には自分でもバンドをやりたいなっていう気持ちが生まれてたんで、「こんな感じでイキの良いヤツをやりたいな」と思いましたね、パワーが有り余ってる頃だから。それでRAMONESが初来日した時に九州に観に行って、肌で感じる熱気だとか、ディー・ディー・ラモーンのサービス精神だとかを感じ。今まで観たことないようなパフォーマンスだったし、音もすごい強力だったし、こんなのアリなんだ、これがパンクなんだって思って、それからはずっとRAMONESみたいなバンドをやってきて、未だにこんな感じでやってます。

RYOJI:やっぱりRAMONESって、聴いて「自分でもやれるんじゃないか」って思えるっていうのがポイントですよね。意外にPISTOLSをコピーしようと思ったら難しくって「ギターソロ弾けねえよ!」とかなるんですけど、RAMONESは自分でやるってなると一気にハマるんですよね。

KOJI:4人で普通に出来ちゃうっていうのもあるよね。やっぱり他のバンドだとアレンジだとかが入ってて、ギターが二本ないと無理だったりするから。

OHNO:あとは、歌詞が簡単だから歌えるっていうね(笑)。

RYOJI:一番と二番の歌詞が一緒だったりしますしね。

OHNO:しかも、RAMONESのレコードの中には必ず歌詞が載ってたんですよ。当時ってそういうのあんまりなかったんじゃないかな、特にパンクでは。

──やはりみなさん、コピーはしましたか。

MINAMI:しましたね。

RYOJI:一番最初に、最後まで弾けたのが「電撃バップ」でしたからね。

OHNO:でもメタル上がりの人からしたらRAMONESってすごく簡単でしょ。コピーするのに値したわけ?

MINAMI:結局自分に甘いから、「メタルのソロは弾けないよ」ってなっちゃうんですよね(笑)。

OHNO:そうは言っても、今もメタルのソロっぽい雰囲気は残ってるよ。

MINAMI:それが精一杯なんですよ(笑)。

OHNO:しかしANTHRAXとかAC/DCとかMOTOR HEADとか、どうしてメタルの人ってRAMONESが好きなんだろうね。ロン毛だからかな(笑)? 確かに後期はちょっとメタルっぽいサウンドアプローチはしてたと思うけど。

──MINAMIさんは、メタルとかハードコアを聴いてからRAMONESに行ったので、すごく遅く感じませんでしたか。

MINAMI:それはそうですね。でも音の壁っていうか、テンポは遅いんだけど、メチャメチャスピード感はあるんですよね。

OHNO:あの8ビートだよね。

RYOJI:ずっと細かくハイハットが入ってるじゃないですか。あれがRAMONESなんですよね。

OHNO:あのスタイルを確立したのがRAMONESだと思うしね。細かく聴くと、ジョニー・ラモーンとディー・ディー・ラモーンのギターとベースのダウンピッキングもすごいうねってて、それがもう設計されてたかのようなんだよね。本人達はそれしか出来なかったんだって言うのかもしれないけど(笑)。でも出来ないなりにもすごい人たちがやってるんだなっていうのは出てたと思うからね。他の人たちが真似してやっても出来ないよ。そういう意味では類い希なるバンドだと思うね。

──RAMONESって本当にパンクの中でもロックの中でも特殊な位置にあるバンドですよね。

OHNO:俺はパンク的なニュアンスで言うと、やっぱりディー・ディー・ラモーンかなって思うんだよね。それまでは、ベーシストってやっぱり一歩後ろの立ち回りをしているというか、ハードロックが流行って、ボーカリストとギタリストが花形だった時代があったから。ところがベーシストがこんだけすごいぞっていう、ベーシストとしてのポジションを打ち出したパイオニアだったんじゃないかな。シド・ヴィシャスもディー・ディー・ラモーンをアイドルとしてSEX PISTOLSをやってたわけだからね。プレシジョン・ベースっていうのも、昔で言えばポール・マッカートニーのバイオリン・ベースぐらい、プレシジョン・ベースがパンクのアイテムだって決定づけたのもディー・ディー・ラモーンだったんじゃないかなって勝手に思ったりしてますよ。でも、ディー・ディー・ラモーンに、最後の来日の時に会って握手を出来たんだけど、なんかふにゃふにゃしててラリッちゃってる感じで、大好きなんだけど、これがジャンキーなロッカーの末路なのかなとは思いましたけど。格好良いとは思うんですけどね。

──感動の対面とともにちょっと切ない感じもあったんですね。

OHNO:でも、ジョニー・ラモーンと握手した時のあの分厚さというか、ガシッと握ってくる感触って言うのはすごかったけどね。未だに五本の指に入るかなっていうくらい、非常にすごい握手をしてきたんで。……ジョーイ・ラモーンは何かよく分からない人だったけど(笑)。

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