戦後の教育の在り方にふと疑問を抱いた
──そんなレコーディングの在り方然り、割と素直なアルバムと言えますよね。
吉田:そうですね。ベーシックは素直ですよ。ありのままを出したというか。
AxSxE:今回も変拍子はあるけど、回り回ってエイト・ビートになった感じだよね。
吉田:そう、まさにそんな感じ。ジャム・セッションでギターを弾いた時の印象が、高校生の頃にコピーした素直なエイト・ビートみたいにしたかったというか。
AxSxE:やっさん(保田憲一/b)のベース・ラインもありそうな2音、3音の組み合わせやねんけど、やっぱり他にないかもな、っていう(笑)。ジェイソンも、酔ってないけど酔っぱらってるみたいなあのフレーズは凄いっすよ。あと、英子さん(石橋英子/vo, ds)のガクガクビートもグレートっすね。数曲の歌はメジャー・コードで、それがライヴで観た時にいいなと思ったんだよね。「Best Education」とか「Pop Song (We can write)」とかね。
──「Pop Song (We can write)」は紛うことなき名曲だと思いますよ。色々と誤解されることは多い曲だと思いますけど(笑)。「ポップ・ソングを唄うヤツは頭が悪い」と言いたいわけでは決してなく。
吉田:そうですよ。この曲をライヴでやると、僕らの後に出るバンドがやりにくくて仕方ないっていう話もよく聞きましたけどね。でもそれは…強気な言い方をあえてするならば、「Pop Song」という曲を聴く側の心の持ちようじゃないですかね。その人の心に曇りがなければ素直に届くと思うんですよ。その人の中にいやらしい雑念があると何かが思い当たるという図式なので。僕らはポップ・ソングに対してアンチの姿勢なわけじゃなくて、「俺達だってポップ・ソングを書きたいぜ!」と言ってるんです。「We can write」、書けるに違いない! と。チャレンジはしてみました、でもこんな曲になってしまいました、頭悪そうですいません…っていうノリの自虐的な曲なんですよ。ただ、ライヴで聴こえる「頭がバカになる」っていう言葉尻だけ取ると、いたたまれない気持ちになる人もいるみたいですね(笑)。
──でも、最後の「Buy now!」の連呼は凄く皮肉っぽく聴こえますよね(笑)。
吉田:いや、それは「俺達のCDを買ってくれ!」っていうことを3回言っているんですよ(笑)。最後のジェイソンのメタル・ギターは僕にとってポップ・アイコンなんです。
AxSxE:ははははは。よう考えたな(笑)。
──『BEST EDUCATION』の大きな特徴のひとつとして、歌詞がドン詰まりに暗い一方で音の表情は明るいということが挙げられますね。そのバランスが実に絶妙で。
吉田:そうですね。そこはホントにAxSxE君に救われたところなんです。仮に僕のプロデュースで録ったとしたら、本当にどうしようもなく暗いアルバムになったと思います。そこをいろんな仕掛けを施して、耳障りがダークじゃない感じに仕上げてもらったので良かったですね。僕の昔からの性質で、暗い歌詞なのにメジャー・コードの曲だったり、マイナー・コードの曲なんだけど明るい歌詞だったり、そういう気持ち悪い組み合わせが好きなんですよね。だから今度のアルバムは究極のバランスになったんじゃないかと思いますよ。
AxSxE:いやぁ、自分でもどうやったのかよく判らんけどね(笑)。ライヴを観て曲を知って、録って、トラックボールを触りながらミックスしてたらこうなったっていうだけ(笑)。あ、でもひとつ言えるのは、今回もそんなに時間は掛かってないけど、歌だけはいつもよりちょっとだけ時間を掛けたかな。演奏はほぼ一発で、思い付きで鳴り物とかダビングしたかな。曲の展開重視で録った。
吉田:8曲目の「Deceiver」は、ホントにいろんなタイプの唄い方を4、5パターンくらいAxSxE君に要求されましたからね。「もっとメロウに唄って」とか「リズムを意識して」とか「もっとブッ飛んだ感じで!」とか(笑)。それにトライすることで、この曲が一番時間が掛かりましたね。結局、採用になった2つのラインをダビングしたんですけど。
AxSxE:他のは結構、メロが固まってる曲が多かったやん? 「Deceiver」はまたそれとも違う曲やったからね。
──でも、「Deceiver」はパニックスマイル流のポップ・ソングに聴こえましたけどね。
吉田:そうですね。この曲を作ってる時は歌モノにしたかったんですよね。全然違いますけど、例えばルー・リードの歌モノのような。サビの部分は裏声で唄うと決めていたのでトライしてみたんですけど、やっぱり石橋さんの声を被せたほうがいいということになり、その結果ああいうハーモニー型の曲になっているんです。
──タイトルの『BEST EDUCATION』には、キャプテン・ビーフハートやディス・ヒート、カンといった偉大なる先人の音楽的DNAをパニックスマイルが受け継いで次世代に託すという意味が込められているんですか?
吉田:いや、そういった音楽性の伝承みたいなことは全く考えていなかったです。もちろん、そういうふうに取ってもらっても構わないんですけどね。まず、そもそもは曲のタイトルで、その時に付けた意味は全く別のものだったんです。
──では、至上の教育(“BEST EDUCATION”)を受けてさえいれば、日本は今頃こんな酷い国にはならなかったんじゃないかという意味ですか?
吉田:はい、シンプルに言えばそういうことです。僕は普段よく電車を利用しているんですけど、ほぼ毎日人身事故で電車が止まるんですよ。さっきここに来るまでも中央線が止まってましたから。京王線も小田急線もよく止まるんです。要するに、そうやって凄い勢いで電車に飛び込む人が連日いるわけじゃないですか。そういうのはだいたい午前中に起きるんですよね。電車に飛び込んだ彼は、出社して「営業に行ってきます」と表に出て、やるせなくなってホームに身を投げたのか、あるいは遅刻して「今日も怒られるな…いっそ死んでしまうか」と思い詰めて飛び込んだのか、それは判らないですけど、たいていは会社の出社時刻前後に電車が止まるんです。飛び込んだ彼は50代の定年間際かもしれないし、僕らと同じ30代半ばかもしれないし、入社したてのフレッシュマンかもしれないけど、いずれにしてもみんな戦後の教育の下で育ってきた人達ですよね。その人達が見失ってしまった生き甲斐や自由というものを考えた時に、果たしてこれが良い教育だったんだろうかと僕は思うわけです。それが「Best Education」のテーマなんですよ。
──最後の「Goodbye」では直接的に自殺を扱っていますよね。「今日も誰か死んだのかな?」という諦念にも似た一行から始まる曲で。
AxSxE:でもこの曲、コードは明るいよね(笑)。
吉田:そこで救いがあればいいなと作り手としては思うんですけどね。
AxSxE:そうかぁ、戦後かぁ…。
吉田:うん。戦後に疑問を持った時期が一昨年辺りかなりありまして。
──ということは、「Best Education」という曲はパニックスマイル流のポリティカル・ソングとも言えますか?
吉田:いや、ポリティカル・ソングとは捉えて欲しくないんですよね。完全に僕一人の中の妄想なので。僕はそこまで社会派じゃないし、自分の中で感じたモヤモヤを形にしたにすぎないんです。三島由紀夫の『行動学入門』や『葉隠入門』なんかを読むと、この物質至上主義の社会にまみれた自分が如何にだらしないかを痛感するわけですよ。僕は日本経済がバブルに湧いたユ80年代に多感な時期を送りましたからね。そんな自分は今もまともな職にも就かずにバンドを続けている。自分の中の答えはそれで幸せなんですよ。でも、その一方で連日連夜電車に飛び込む同世代の人もいる。果たしてどっちが幸せなんだろう? と僕は考えるんです。一事が万事こんな調子なので、全体的に歌詞は暗いんですよ(笑)。