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トップコラムおじさんの眼第252回「初夏の山々のざわめきを聞け!」

52回「初夏の山々のざわめきを聞け!」

第252回「初夏の山々のざわめきを聞け!」

2019.07.05

 

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新穂高ロープウェイ、絶景

奥飛騨に行ってきた

 6月中旬、長野県松本市で仕事の打ち合わせがあった。その夜は安曇野温泉で一泊して、名城松本城を眺めて一路飛騨高山へ。高山からバスで1時間あまりの奥飛騨温泉郷「平湯温泉」で一軒宿に連泊。岐阜県の奥飛騨温泉郷は4つの温泉地があって、湯量だけでも全国トップクラスらしい。まさに毎日が掛け流し温泉ざんまいなのである。天気は快晴で絶好の観光日和。北アルプスを望む新穂高ロープウェイで二階建てのゴンドラに乗、2000メートル級の大パノラマの雪渓が残る山々と対面。午後からは日本を代表する山岳リゾート上高地の絶景に深呼吸。河童橋から大正池は大地から滲み出る薄い霧消が立ち込めて、辺りの空気には勢いがあった。

 清々しい初夏、緑の自然道で新緑とウグイスや小鳥たちのざわめきを聴きながら、風景が自然と調和した。孤独の偉大な寂風に触れながら2時間ほど歩く。

 小鳥がさえずり、新緑。小道には花が咲き乱れ、はるかに見える北アルプスの山々。五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を目一杯楽しんだ。そして次の日は追われるように飛騨高山の情緒あふれる朝市の古い町並みを歩く。見どころたくさんのこの地に、最低一週間はかけて逗留したいと思った。通りすがりの旅人一人。果てしない旅路。

 

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全国トップクラスの湯量

書籍断捨離の優鬱

 ある日、「もったいない本舗」から合計20箱の段ボールが送られてきた。それも送料&集荷無料でガムテープまで付いている。もう何十年も自分の書斎の壁という壁に本棚があり、それが二重三重にも積み重なっている「積読病(つんどくびょう)」にはうんざりしていた。なにかのテレビで「後悔しない断捨離の成功術」などを見て、「断捨離は人生を新しく変える」なんて言葉につられて勇気を持ち、我が書斎を占拠していた2,000冊近くの本を処分できることになった。各種資料やCD、ビデオやパンフレット類は捨てた。

 約60年に渡って私の書斎を占拠していた数々の書物とおさらばしたのだ。これらの本について思い出はたくさんある。いくらなんでもこれらを廃棄処分するのは忍び難くて、古本屋に依頼したのだ。最初は図書館や公的施設に寄付を、と思ったが、10年前の本や汚れている本はダメ、とか寄付するのもいろいろ面倒があって諦めた。

断捨離から一週間が過ぎた

 しかし、私の心は沈んでしまっている。

 CDやビデオを処理した時にはそれほど気にならなかったのだが、長年収集した書籍が自分の部屋から消えてしまうと、それはそれは結構な喪失感で大変なのだということを実感した。あれから一冊の本も買う気にならず、図書館にもいかず、さりとてあれだけ好きだった読書をする気にもならないのだ。

 さらに困ったことは、私でも少しは毎月原稿依頼が来るのだが、それまでは自分の書棚を見てそれぞれの関連記事を読み原稿を書いていたということだ。それが断捨離によって不可能になった。図書館やネットのあやふやな記事で調べるしかなくなったのだ。これは困ったことだった。私は、図書館にもない貴重な本をたくさん持っていたはずだったのだが、それも、もうないのだ。

私が愛してきた書物や作家たち

 ひとり部屋にいて、ふっと本棚を見渡し、ふいに昔買った本を斜め読みにして当時の風景を含めて空想にふけることもなくなるのか、と思ったら悲しくなってしまった。

 我が愛する三島由紀夫、吉本隆明、各種全集本、太宰や田中英光、福永武彦など、学生時代に買い揃えた岩波新書の100冊、グラムシやマルクスレーニン選集、各種文庫本を断捨離しながら涙が出てきた。

 どうしても捨てられなくて残された100冊は大事にしようと思った。

 残された100冊の本、この100冊は断固もう一度読む。ちなみに断捨離10箱分は2,730円だそうだ。お金はどうでもいい、ユネスコに寄付した。

 誰だ~! 断捨離したら新しい人生が見えるなんて言ったのは。

 

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通りすがりの旅人一人

小説−4「まだ生きられそう」

 真向かいに江ノ島の海。夕暮れの広々とした海、小舟に老いた漁師が海に向かって網をかけている。この海は、金持ちも貧乏人も年寄りも若者も不具者もゲイも溶け込んでいると思った。もう爆発しそうな孤独の匂い、どうしうようもない寂しさ。

 私は長いこと生きる希望を欠いていて、生の喜びとは無縁だった。これ以上この苦しみを背負って生きていることになんの意味があるのだろう。ばさばさに乾ききった私の心。

 「あなたの難病は治療法は今の所ない。一生付き合ってゆくしかない」と鎌倉の病院の無表情な医師の答えを聞いた時、このまま何年も、死ぬまでこの闘病生活をする気は失っていた。

 海を見ろ! 海は異常に美しい。奇跡に近い。神が作った。

 この「神の島江ノ島」沖で死のうと思っていた。帰還ができないほど海の彼方まで泳いで人生を終わろうと思っていた。海は怪しげな妖女のように私を招いているのだ。20万人に一人という難病。尻細管酸欠症。我が心は孤独にすさみ不自由な暮らしの果ての決断だった。

 「すみません、セックスで僕の命を救ってください」

 公園で出会った中年のちょっと崩れかけた婦人に、私は突拍子もなく思い切って言ってみた。

 「いいわよ。私も命を救ってほしいの。医者から余命半年と言われたの。セックスで命が救えるかどうかわからないけどね」と返事があった。

 「お互いですか。それは奇遇ですね。同感です。僕は難病があっていつも死を背負って生きているんです。自らこの命を捨てようと思っていました。でも、あなたと出会ったことで何日かは伸ばせそう」と言った。

 無言が続いた。

 「死ぬのは今日がいいのか」海を見ながらつぶやいてみた。

 

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果てしない旅路

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