先月、あの奇才・平野レミさんから電話があった。「悠! あんたの『Rooftop』の記事、毎月楽しみにしているのに今月はない。どうしてだ!」「いや、今月はいつもと違うページに載っているはずだよ」──。
このページを楽しみに読んでいる人がいると思ったら、なんだかうれしくなった。年末から年始にかけて、いろいろあった。紅白でのサザンの「ピースとハイライト」事件、友人でもある塩見孝也・元赤軍派議長の清瀬市議会立候補表明、ロフトラジオ開局、歌舞伎町ミラノ座ビル閉鎖等々。書きたいことは山ほどあるけど、やはり、先月の続きで晩秋の旅の話を書こうと思う。私は旅人なのだ。
<11月23日 秋田のビジネスホテルにて>
青森から五能線に乗って秋田にやって来た。連休で、目的の温泉宿が全然取れない。泊まるのはなんと、昨夜に続きビジネスホテル。地方都市の夜は早い。そして、東京郊外の小都市と似たり寄ったりで、私にとってあまり面白くない。何か心がウキウキしないのだ。
秋田の町は、人出も限りなく少なかった。夜も10時を回る頃、偶然、街角に小さな銭湯を見つけた。番台で手ぬぐいと石鹸を買い、湯船に入る。熱い。隣の入れ墨の兄さんに聞いてみる。「熱いですね」「そう、ここは県内でも一番熱い」「どうしてですか?」「ボイラーが壊れているんでないの?(笑)」「市内に銭湯があるなんてビックリしました」「いま12軒ほどあるよ」……。
東京以外で、そんなに銭湯が多い都市は珍しいのではないか。銭湯好きとしては嬉しい。
<11月25日 魅惑の黒部渓谷の紅葉>
旅に出て一週間が過ぎた。ちょっと疲れている。「ぶらり旅」のつもりだったのに、結局、毎日強行軍になっている。
この日訪れた、黒部渓谷の入口、宇奈月温泉郷の景観には感動した。まだ紅葉が残っていて、色鮮やかに山々を彩っている。
ホテルでは、「ご夕食のご予約は承っていません」と言われた。連休最終日の夜、店なんかほとんど開いていない。ちょっと飲んで、つまみで腹ごしらえしようと思い、うらぶれたバー風の一杯飲み屋に入った。
引き戸を開けると、大きなマスクをしたおばさんが一人、カウンターの中からテレビを見ていた。昭和の匂いがぷんぷんする。マスクを外した顔を見ると、けばけばしい化粧をしている。ビールを頼む。
「私にも一杯くれる?」「あ、どうぞ、どうぞ」と私。「お客さん、どこから?」「東京からです」。
「わたしね~、東京から流れて来た。東京に子供も旦那もいた」とぽつんと言った。寂しい話だ。私は聞き役に徹する形になった。「ねっ、今夜はもうお客さんも来ないだろうし、しっかり飲もう」と、おばさんはカウンターを出て、私の隣に座った。「ヤバい!」とも思ったものの、身の上話を聞いているうちに、だんだんこのおばさんがいとおしくなって来た。
「まいったな~。旅の恥はかきすてだから……いっちょ頑張って口説いてみるか」と決意した時、入口から男が入って来た。常連客みたいだ。……艶やかな温泉地の夜はふけていった。
黒部渓谷はもう冬支度だ。寒さに震えながら見る紅葉と橋
<11月26日 旅人としての挫折を味わう>
あと数日で冬期休業に入るという、秘境・黒部渓谷。冷たい雨の中トロッコ列車に乗っての往復4時間は、ひたすら寒かった。
その夜はまた、酒を飲んで温泉に入ったのだが、風邪を引いてしまい、下痢にも襲われ、こういう僻地に居続けるのは無理と思った。
北陸の大きな町といえば、金沢だ。小京都をほとんど観光することもなく、温泉つきのシティホテルで売薬を買って二日も寝込んでいた。
ここで、私の旅を続ける意欲が失われた。風邪も治りそうもないので、帰京するに至ってしまった。
青森から日本海側を南下する、たった9日間の「一人旅」だった。今回の旅では元々ゲストハウスや農民宿など、個性あふれる宿を泊まり歩くつもりだった。
しかし、まず初日の大宮のカプセルホテルですべてが挫折したと言って良いくらいの憂鬱さに出会ってしまった。薄汚くカビ臭く、泊まっている連中も下品で、イライラしながら朝を迎えた。
そして翌日、青森で酸ヶ湯温泉という素晴らしい温泉と料理に出会ってしまった。それで、もうきつい貧乏旅行をする気がなくなって、1泊1万5000円の有名温泉宿とビジネスホテルの旅を続けてしまう羽目になった。
あれだけ、日本や世界中のゲストハウスを泊まり歩いて来た自分が、「もう、私には貧乏旅行は出来ない」と思うようになってしまったとは。
「名湯の旅」は、基本、同宿の人々との交流もない。浴衣に着替え温泉に入り、豪華な食事と酒を飲んで、自室に帰ってテレビを見る。温泉と豪華な食事をのぞけば、ビジネスホテルと変わらない。いや、これでは東京にいる時と変わらない。面白宿主や豪快な旅人との出会いも、もちろん「恋」なんていうハプニングもない。
古都・金沢駅。新幹線開通で沸き立っている。
それにしてもこの駅舎は、田舎モンのあがきとしか見えない近代建築にビックリ
<人はやはり旅に出るべきだ>
だが、自己を鑑みる時間が多くなるのは嬉しい。「自分はこれからどう生きるのか?」が、70歳になった私の、そして今回の旅のテーマでもあったわけだ。
優雅な温泉巡りの旅でも、東京での生活で少々落ち込んでいた私は、やはり今回、一人旅に出て良かったと何度も思った。
「現実から自分を突き抜ける普遍性」という哲学的な旅にしたかった。それにはもう少しゆっくりした旅をするべきだったのかもしれない。
でも、旅の道中ではいろいろ考えた。2015年のそれなりな方針も出た。
だから、当初の目論見通りには完結できなかったけれど、やはり価値ある旅だったと思う。いまの私には、これから「自分探しの旅」の出ようとする若者達へのメッセージは、なかなか浮かばない。ただ、人生に行き詰まったら、他の旅人とコミュニケーションの出来る宿に泊まって、いろんなタイプの人達と会って、話して飲んで,気が向けば一緒に旅をして、自分の価値観を再点検することが一番だと思う。自分の前に厚い壁が立ちはだかって身動きできない人や、明日に希望を持てない人は、旅に出るべきなのだ。新たな人生に戦線復帰するにはやはり「一人旅」が一番いいと思う。
紅葉の兼六園は初めての探訪。
やはり素晴らしい。雪景色の兼六園を見たかったな