30数年振りの山への誘い
10月上旬のある日、友人から「八ヶ岳に登らないか」という突然の誘いを受けた。私は安易に「いいね、ぜひ参加したい」と答え、10月12〜14日の三連休、八ヶ岳縦走に挑戦することになった。
かれこれもう30数年、本格的な山登りはしたことがない。実は高校時代、ちょっと山岳部に籍を置いたことがあり、関東近郊の山々はいくつも登った経験があるが……。
しかし、体力には相当自信はあった。この数年、会社から干され気味(笑)の私は、週に2〜3日、ひたすら新宿歌舞伎町にあるジムに通い続けていた。ランニングマシンで走りヨガをやり、プールで泳ぎ家に帰る。ほぼ毎日、平均2万歩近くの散歩も欠かさなかった。
山登りの5日ほど前、ジムのヨガのクラスでちょっと腰を痛めてしまった。若干不安になったが、そこは気合い一発。何とかなるさ、と予定通り参加することにした。
秋晴れのもと八ヶ岳縦走はスタートしたが……
リーダーは山岳ガイドの花井富美男さん。以下、60代4人に30代女性1人のパーティ。清里にある友達の別荘から、美濃戸口〜赤岳鉱泉(一泊)〜硫黄岳〜横岳〜赤岳展望荘まで7時間。ほとんど歩きっぱなしの縦走がスタートした。空は最高の秋晴れだった。
初日は赤岳鉱泉の山小屋で一泊したのだが、昼間の2時から酒宴だった。みんなよく酒を飲む。山小屋には個室があり、トイレも綺麗で食事もとても豪勢だった。
その酒がたたったのか、翌日の道中は予想以上にきつかった。写真で何度も見たことのある、八ヶ岳の素晴らしい尾根を楽しむのが夢だったが、そんな甘い尾根ではなかった。岩と石ころだらけ、階段や鎖を伝いながら、垂直に近い急な山道を歩くのだ。
腰痛の不安も頭をもたげてくる。どうしても腰をかばってしまい、みんなより遅れて歩く事になる。赤岳展望荘に着く頃には、私の身体は限界に達していた。赤岳山頂を真上に見ながら、もう私の両足は動かず、情けなくも登頂断念を宣言した。行者小屋に向かい下山する行程も、言葉には言い表せないほどとてもきつかった。30年ぶりとはいえ、縦走がこれほどきついとは思わなかった。みんなにも迷惑をかけてしまった。
いくら身体を鍛えても、本格的な縦走が無理な歳になったのだと、なんとも悲しく自覚する山登りだった。これからはハイキングかピクニック程度で山を楽しむしかないのか、と思った。私の万歩計では3万歩。山登りのこの数字は凄い。
そしてこの日、私は携帯電話を紛失した。
希望をなくした日本を捨てられるか?
失意の八ヶ岳行から数日後。新宿歌舞伎町のジムの露天ジャクジー風呂から新宿の夜景を見ていた。昨夜、阿佐ヶ谷ロフトAのトークでの作家・森達也さんの一言が、私の身体の中で重く沈殿していた。
司会者「森さん、最近の日本どうですか?」森「絶望的ですね。もうみんな日本を捨てて外国に住んだらいい」。本気ともジョークともとれる印象だった。原発の汚染水問題。TPPに消費税増税。レイシズム。劣化したマスコミ。全く絶望的な、右傾化する日本を見据えての発言だったのだろう。
35年も前、私は日本を捨てて外国に住もうと思ったことがあった。会社を最小限にまで縮小し10年ほど日本を離れて暮らしたが、やはり故郷を捨てきれず日本に戻って来た。
最近、外国に住み始めている日本の金持ちも多い。もう少し若かったら、私も希望をなくした日本を去っただろう。しかし今この歳になって、日本が、いや生まれ故郷が好きなのだ。日本を捨てられないと思っている。ならば少しでも良い社会を作らねば、と思うものの、座骨神経痛の私の身体は動かない。
これが天下の八ヶ岳縦走の尾根道。ハイキング気分では登れない
買ったばかりのバイクで海へ
なぜか朝の目覚めの中で、広い、どこまでも続く海岸線が見たくなった。
曇天の、今にも泣き出しそうな雨模様の高速道路を走り抜け、バイクで九十九里浜へ。風の吹くままたどり着いた夏の宴の終わった海岸は、どこまでも重い雲があるばかり。波は高く、誰もいなかった。
海岸に着いたら雨がポツポツと降ってきた。ゆっくり散歩したり海産物を食すゆとりもなく、早々に東京に戻ることにした。今の私に、雨の高速を運転するのはきつい。
何とかたいした雨にも遭わず、明大前の読書カフェ「槐多」に。カフェの入るKID AILACK HALLは、詩人・村山槐多が開いた。店内には重厚な本が壁一杯に並んでいる。坂口安吾『堕落論』を読む。今度は下高井戸の「ポエム」に「はしごカフェ」。ここは漫画家・永島慎二がいつもいたという、阿佐ヶ谷の店の姉妹店。カウンターの中に若い美女が二人いる。コーヒーが美味しい。持って来たiPadで、コンピューター相手に囲碁を二番指した。
午後10時、いつもの銭湯に。銭湯界で有名な下北沢つかさ氏と会った。
誰もいない曇天の九十九里浜
70歳にもうすぐだ。同年代の友達はみんな退職している。どうやって会社を退職しようかと考える毎日。しかし、「もう俺の時代ではない」「毎日行くところがなくなる」と思うと、とても怖い。いつまで会社にしがみつけばいいのか? とにかく皆の迷惑にならないように、さらには安全な居場所を確保しなければと、ひしひしと感じている秋である。
読書カフェ「槐多」(京王線明大前)