喜望峰を境に向こうがインド洋でこちら側が大西洋
ピースボートの船旅は、地球の「いま」の姿にふれ、世界中の人々と交流しながら旅することなのだそうだ。船内生活は100日以上。船は世界各地の港に停泊する。この港町というロケーションが、表玄関の近代的な空港に降りるより、観光化されていないせいか面白い。船では1000人近くの、あらゆる年代の乗客と400人のクルーが生活している。
乗客には、実にいろいろな人がいる。南極やガラパゴスなど、未知の世界を見るのも大きな目的だったが、私にとって船上での人間観察も、また面白いものだった。今回の航海で私が出会ったなかでも、ひときわ変わっていた人物を紹介しよう。
これが最後の旅だろうし……
いつもヨタヨタ歩いているおじさんがいた。表情も良くない。私と同様、いつも一人だ。誰とも話しているのを見たことがない。どこから見ても暗い。足を引きずって肩を落とし、しょぼしょぼ歩いている。
船が出発して約1カ月が経った頃。アフリカの南端、喜望峰へのツアーに共に参加した際、なんとなく近づいて、「おじさん、なんでこの船に乗ったの?」と、やおら聞いてみた。
「クスリ三昧の毎日。だから覚悟を決めて来た。これが最後の旅だろうし、喜望峰あたりで身投げして、サメにでも食われて死んでしまおうかと。そうすりゃ葬式もいらないし……」
「えっ、本気ですか? そりゃ〜まずいですよ」とあわてて私が言うと、「冗談だよ」と、そのおじさんはぽつんと言った。その寂しさが、何ともいえず私の心を打った。それから私は、このオヤジの観察をすることに決めた。
「君、なんだかんだ僕に話しかけてくれるよね」「はい、何か気になるんです。お仕事は何をされていたんですか?」「言うとめんどくさいから言わない」「そうですか」……。
ピースボートに集まってくる人たちには、それぞれ問題を抱えながら生きている人が多いのかも知れない。私は、自分の体調や精神状態が最悪でありながら、いろいろな老人に話しかけ、インタビューするのも面白そうだ、と思っていた。
おっ、君か。実はな……
南極大陸ではペンギンとオットセイが仲良く暮らしていた
先月号で触れた11日間の南極ツアーにも、彼は参加していた。無事、南極上陸を終え、ウシュアイアへと向かう帰路。食事の席で自殺願望オヤジに近寄る。が、完全無視される。強引に隣に座って話しかけたが、「うるさい」と小声で言われた。無理だ。このオヤジと打ち解けるのは──。
けんもほろろに扱われた約2週間後。
私は相変わらず、彼のことが気になっていた。キャビンにいた私は、ふと前方を見ると、オヤジが優しく海を見ていた。「これは機嫌が良さそうだ」と感じて、隣に座って話しかけてみた。
「もう帰国ですね」「おっ、君か。実はな、昨日妻からファックスが船に届いたんだよ。それでね、『帰国したら私を旅行に連れて行って』って書いてあるんだ。俺は船の上から家に電話した。そうしたら妻が、電話口で思いきり泣きやがったんだ。そんなの初めてだ……」
「そうですか? それは良かった」と私は言って、海を見た。無言が続いた。もう私たちに、それ以上の会話はなかった。その日、海は静かで落ち着いていた。