喜望峰でマゼランに思いを馳せる
船は1000人近くの乗客を乗せ、アフリカ最後の寄港地ナミビアから大西洋を横切って、アルゼンチンのブエノスアイレスに向かっている。横浜を出航して40日目。ついに念願の喜望峰に立つことが出来た。感動である。
喜望峰へは、ピースボートが用意してくれたツアーバスに乗った。日本人の大集団からなんとか距離を置き、一人強い風に吹かれる。左にインド洋、右に大西洋を見ながら、大航海時代の幕開けを飾った、マゼランの思いに触れた気がした。
50人ぐらいのグループで、観光地はもちろん、アフリカの自然動物保護区やズールー族の集落などにも、津波の様に押し寄せるのだ。とにかくどこでも列を作る。食事もトイレも買い物もだ。
元祖バックパッカーを自称していた私も、渋々、色とりどりの旗を持ったガイドの後に従うしかない。もう自分で旅を組み立て、自由に行動する能力はない。旅人の美学も何もない。
しかし、あと何日かすると、今回、私がこの船に乗った一番の目的である南極だ。砕氷船に乗り、氷山の国に足を踏み入れられるはず。期待に胸は踊る。
人生で最も本を読んでいる
窓のない船底の個室はとてもわびしい。さりとてキャビンに出て、多くの老人達(乗客の70%が65歳以上の老人達なのだ)とカラオケやダンス、飲み会など、共に過ごす気になれない自分がいる。
船内で催されるイベントは老人達の歓声でにぎわっているのに、数少ないガキンコ集団(若者)は隅にかたまっている。こうなると、私はますます誰とも口を聞かない。
今回の船では、人生ここまでたくさん本を読んだことがあるだろうかと思うぐらい、本を読んでいる。
「船上生活は楽しいですか?」と85歳の老人に尋ねた。「楽しい。ここでたくさんの友達が出来た。妻に先立たれ子供達は都会に出た。今は田舎に自分一人。でも、ここでは掃除も洗濯もする必要がない」と、ダンスに夢中の老人は朗らかに言った。そんな言葉を聞きながら、私は抗うつ剤を飲む。
船旅も一カ月過ぎた頃、この状態は良くないと痛感した。船に乗る前に「熟女」とお友達になろうと希望に胸を膨らませていたが、その熟女がほとんどいないのも原因かもしれない(笑)。一歩踏み出してこちらから話しかけようとするが、全く心が躍らないのだ。ワクワク感がない。
集団に参加しようと思っても、もう老人達の仲良し倶楽部は出来上がってしまっているのだ。
アフリカの玄関口、モーリシャスに着いた。ヨーロッパの高級リゾート地。インド人がいっぱい。これから南アフリカを回って喜望峰に向かうのだ
自分を見つめなおす独房生活の日々
海が蒼すぎるからメランコリーなのだろうか。悲しい話を書いてしまった。
しかし安心して欲しい。普段の自分の生活では味わえない状態を楽しんでいる。
今回の船旅を終えれば、私が訪れた国は120カ国を超えることになる。もう外国を訪れる興奮も感動もない。今さら英語やスペイン語を勉強する気にもならない。
ただただ自分を鑑みる自己との対話と、過ぎ去った過去、親孝行をできなかったお袋を繰り返し思い出すしかない。船の上ではほとんどネットも通じない。外界との交信がほどんど途絶えた私は、今日も独房生活を送っている。が、そうやって自分を見つめなおす日々も、あながち悪くないと思っている。
この船に乗って世界を一周している