不覚にもこの数日、風邪をひいていた。
体調を崩すのは2年ぶりくらいだろうか。フリーでやっている以上、休んだら仕事がなくなるため、自分の身体の変化には気を配っていたつもりだったが、今回は早めに安静にしても熱が上がるのを防げなかった。
心配する彼女をなだめ、その日1日だけ残した仕事を終え、家路に着くころには関節が重だるくなり始めていた。彼女に頼んで買ってきてもらった風邪薬を飲み、熱冷ましシートを貼って横になる。
久しぶりの風邪はけっこうこたえた。詰まる鼻が不快で、よせばいいのに何度もズズッと鼻を啜る。普段使わない筋肉を使うのか、変なところが筋肉痛になり、息苦しいのも相まってなかなか寝つけない。
もちろん熱があることによる体力の低下も辛い。夜中に目を覚ますたび、本当にこれが自分の身体から出た汗なのかと思うくらい、ベッドと服がビショビショになっている。着替えたほうが楽なのは百も承知だが、起きる気にもなれない。
そんな辛い風邪の症状はいつも唐突に去っていく。2日寝込んで次の日の夜、目覚めると自分でもはっきり「治った」とわかるくらいすべての症状がなくなっていた。この感覚はいつも不思議だ。健康なときは自分の身体がいま「正常だ」などと考えもしないが、身体を悪くした状態から復活すると、途端に「正常」というものを理解する。そうか、これが普通の状態なのかと感謝すら覚える。
隣ではこの2日間看病をしてくれた彼女が寝ていた。年末、彼女は肺炎にかかり、入院をしていたが、そのときはボクが彼女を支えるんだと必死だった。立場が逆転して彼女にサポートしてもらったこの数日を振り返る。おだやかに寝息をたてる彼女を見て、心の底から感謝と愛おしさを感じた。
考えてもみれば、当たり前のことというのはなにも健康だけではないなと実感する。仕事があること、お金があること、友人がいること、恋人がいること。手に入れていけばいくほどに、いないときのことを思い出せなくなっていく。携帯電話がない時代、電車の中でなにをして過ごしていたか、待ち合わせのときにどうやって連絡をとっていたのか思い出せないのと同じだ。
幸福というのは、人生というグラフで悲しみを底辺だとすると、その中の頂点のようなものだ。手に入れた瞬間はそのグラフがグンと高い位置をマークする。しかし、明日、明後日とその頂点が続いていくと、それが基準となって、もはやボクらはそれを幸せだとは感じなくなる。どこかで不幸が起き、グラフの位置が下にさがったとき、ボクらはその当たり前を幸せだったのだと実感できる。
大きく息が吸い込めるその幸せをできるだけ忘れないように、今日も普通を生きていこう。
大島 薫:1989年6月7日生まれ。ブラジル出身。ノンホル(女性ホルモン未使用)、ノンオペ(性転換手術をしていない)を公言している、純粋な男の子。Twitterフォロワー約15万人を誇る。女性よりも可愛らしい容姿を武器にセクシー女優として活躍していたが、2015年6月に引退。現在はマルチタレントとして幅広く活動中。