たまに車でどこかに出かけることがある。
昔は男性の見た目だったころ、車を持っていた時期もあったのですが、東京に越してからはさすがにまだ自家用車を持ててはいません。ただ、運転自体は好きなので、レンタカーを借りて目的地を決めずドライブに出かけたりはします。
子どものころは、車というのは大人が運転するもので、なんとなく自分がそんな『車を運転する大人』になるなんてことは、どこか現実味のないもののように感じていました。
ボクの育った大阪の町は高槻市というところで、町はずれに行くとわりと静かで住みやすい地域だったように記憶しています。171号線という大きな国道が近くを通っており、小学生のときはそこを越えた先は知らない町で、子どもがその先に行くのはちょっと怖いような気がしていたものです。
初めて車を買ったのは22歳のころだったでしょうか。運転に慣れようと、少し時間が空いた日にはちょっとした距離でもよく車を使うようにしていました。
そんなとき、ふと
「あのころ行けなかった、あの道の先に行ってみよう」
と考えたことがありました。
171号線を横切る少し大きめの道路。ラブホテルが立ち並んだ向かいには田んぼが続いています。その先に鉄塔や高速道路が見えていて、子どものころはこの道がどこまでも続いていて、自分を知らない世界へ連れていってくれるような気がしていました。
大人になったら、こんな大阪の片田舎じゃなくて、この先にあるまだ見たことのない街に行くのだろうか。ボクにとって大人になった世界というのはそんなイメージだったのかもしれません。どんな景色が見え、どんな考えを持ち、どう生きていくのか想像もつかない。それが大人。
“イナイチ”を通り過ぎ、しばらく行った先でボクはブレーキを踏みました。目の前には住宅地を区切るフェンスが道を阻んでいます。少し車をバックさせ、脇道から抜けられるか覗いてみましたが、すべて一通。
ボクは「なぁんだ」と自嘲します。
子どものころ、どこへでも行けると思っていたあの道は、数キロ先で行き止まりだったのです。
大人になったら何かになれる。自分にはきっとやるべきことがある。そんな遠くで眺めていた自分の未来は、ほんのちょっとあとで届かないものだったと知ることもたくさんあります。
いま「大島薫」として生きるボクは、そんな子どものころに見ていた道の先に立てているのでしょうか。
大島 薫:1989年6月7日生まれ。ブラジル出身。ノンホル(女性ホルモン未使用)、ノンオペ(性転換手術をしていない)を公言している、純粋な男の子。Twitterフォロワー約15万人を誇る。女性よりも可愛らしい容姿を武器にセクシー女優として活躍していたが、2015年6月に引退。現在はマルチタレントとして幅広く活動中。