今号から連載を始めさせて頂くので、まずは自己紹介をしたい。
肩書きは作家、反貧困ネットワーク副代表。現在は職も生活も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。著書三十数冊。09年12月より厚生労働省のナショナルミニマム研究会の委員に就任。現在34歳。
これだけ見ると「貧困」とか「労働」とか、そんなこと書き始めそうだが、この連載テーマはヴィジュアル系! そう、私はバンギャはじめて20年。筋金入りのヴィジュアル系ファンだ。バンギャ。おそらく「彼女にしたくない」ナンバーワンな人種。だけど、そんなことは構っていられないし構う必要などない。とにかく私は今、声を大にして言いたい。好き! 好き! とにかくヴィジュアル系バンドが大好き! なんか、なんか文句あるか?
といっても、この20年間、ずーっとバンギャだったわけではない。私の第一次ヴィジュアルブームと第2次ヴィジュアルブームには十数年のブランクがある。だから、10年くらい前に人気のあったバンドとか、全然知らなかったりするのでその辺は許してほしい。
そんな私の第一次ブームは中学生の時に訪れた。時代は昭和から平成に移り変わる頃。世は「バンドブーム」。深夜番組「イカ天」が話題となり、原宿の「ホコ天」では毎週日曜日にアマチュアバンド(「インディーズ」とか、言わなかったよね?)がライヴを繰り広げ、少年少女たちはラバーソールを履いただけで「ロック」だと思い込んでいた頃。
そんな頃にメジャーデビューしたのが「X」(のちにX JAPANと改名)で、それより前にデビューしていたのが「BUCK-TICK」だった。中学生だった私は、まずはこの2バンドに猛烈にハマり、そこから「バンギャ人生」が始まることになる。
で、それからいろいろあって20歳頃には一度バンギャを「アガり」、右翼団体に入ったり北朝鮮やイラクに行ったり作家デビューしたりしてたのだが、来てしまったのだ、第2次ブームが。きっかけは、02年に書き始めた小説「バンギャル ア ゴーゴー」(講談社文庫)。バンギャ時代の自伝的青春小説なのだが、4年かかった2000枚の書き下ろし小説を書く過程で、「バンギャ魂」が何かこう、ふつふつと蘇ってきてしまったのだ。
そして09年。7年間うっすらと燻っていた「バンギャ魂」に遂に本格的に火がついた。今、ごうごうと燃え盛り、仕事サボってまでライヴに通っている。この前は、厚生労働省で長妻大臣主催の会議に出席した直後に原宿に直行。「仙台貨物」のグッズを探し求めて竹下通りに一人繰り出していた、という自分のロクでもない行動から「政権交代」をしみじみ実感したのだった。
ということで、この連載では溢れんばかりのヴィジュアル系への「愛」を、しつこくしつこく綴っていきたい。
(写真)厚生労働省の大臣室にて
雨宮処凛(あまみや かりん)プロフィール
1975年北海道生まれ。小説家、随筆家、ルポライター、社会運動家。十代の頃よりヴィジュアル系バンドのおっかけ、「ミニスカ右翼」と称しての右翼活動、パンク・バンド『維新赤誠塾』、『大日本テロル』ヴォーカル、映画『新しい神様』出演など様々な活動の後、自身のいじめ体験、リストカット体験などを赤裸々に綴った『生き地獄天国』(太田出版)で文筆家デビュー。現在は生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。反貧困ネットワーク副代表、『週刊金曜日』編集委員、日本厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員、他。師匠は作家の故・見沢知廉。自身の体験を元にビジュアル系のおっかけ少女の青春を描いた小説『バンギャル ア ゴーゴー』が講談社文庫より発売中。