あちい、あちい! 9月をひかえて、今日も都心の日中は34℃超。なんてアツいんだろう、ああカネがない。
はッ! しまった。あまりの暑さに、つい関係のない、嘆きがまじってしまった。でさ――
こないだの台風明けの早朝、朝から暑いんで、冷酒でもカッーっとやろうと、“一軒め酒場”はいったんですよ。知ってる? 養老乃瀧グループがやってる、全メニュー激安かつ全メニュー少量の安酒場。お通しなしで、冷酒が1杯190円、合成酒じゃなくて清酒・白鶴が。サワー類もそんな値段で――。
てことで、夏の終わり某日早朝8時。24Hフォーエバーオープンのその店に入ったら、もう、夜勤明けの労働者が何人もいて。
で、すこしすると向かいの席に、タンクトップ姿の筋骨隆々の、しかし疲れ切った50代半ば過ぎのオヤジがやってきて、座るやいなやフキンくれ! てテーブル拭きを店員からもらって、ごしごしゴシゴシ! と卓上を拭くわけ。自分とこだけじゃなくて隣の席のとこも。「なんかベトベトしてるよなー」って、でかい声で言いながら。
一枚の宝くじを買いました
で、納得するまで拭き終わると、間髪おかずに「おう! 男梅サワ―2杯!」と、オーダーというか...まるで選手宣誓のようのように、片手を高々と上げて注文した。んで、ほどなくして男梅サワーが出てくると、ぐが~! ぐあ~っ! と飲み干して「勘定ッ!」と叫んで、即座に出てっちゃったわけ。迫力あるよな。
まあね、もうちょっとゆっくり飲めばいいじゃん! と思わないわけでもないけどさーーでも考えてみれば、汗みどろの夜勤明けに、チェーンの安酒場で独りで孤独にダラダラ酒飲んで、時給仕事で稼いだ少ない給金を、無駄に消費したって、これっぽっちも楽しくないよ、と。そうではなくて、猛暑の中の肉体労働、で昂(たか)ぶってる神経を鎮めるために、睡眠薬科代わりにカッとアルコール喰らって、さっさと家帰って寝るって――そういうライフスタイルもあっていいんだと。わたくし、教えられる思いでした。
でねー! だもんで自分も、冷酒を2杯かっ喰らったところで、席を立ってみたわけ、真似して。と、それはいいとして...! レジでお会計頼むと、やけに安い。あれ? て。で、「ずいぶん安いな」と言うと、レジ係のバングラデシュ人みたいな店員が「おきくさん、れいしゅ1パイ、デスヨネ?」と聞いてくるから、「2杯飲んだよ、バカやろう!」と答えた。
関係ないけど。街で見かけた素敵なボム。
そしたら、伝票に1杯しかついてないと、バングラの店員が泣きそうな顔で、いうわけですよ。
その瞬間、わたくし、はっ! として。じつは、思い当たるフシがあったわけですーー。
じつは前の晩、街灯の明かりに吸い寄せられるようにして飛んできて蝉が、ビルの壁にぶつかって、ジージー悲鳴を上げながら仰向けにひっくり返ってるのを、指で拾い上げてて街路樹にとまらせて、助けてやったんですよ。だもんで...〈ああ、あの蝉がさっそく成仏して恩返しに来たんだな〉と、わたくしにはすぐに事態が飲み込めた。きっとこれは、アブラ蝉の恩返しだと。きっと目の前のバングラデシュの青年は蝉の化身で、つまりは精霊なんだと。
夜の8時に助けてやって、早くも翌朝9時に精霊となって恩返しに現れるなんて、ずいぶん勤勉な蝉というか、精霊というか速い展開だけど、なにしろ蝉は寿命が短いし、昨今は精霊も人手不足で、さっさと、案件数こなしてかないと次がつっかえちやうんで、それでいいんですよ、たぶん。
だからわたくし、「それでいいから」と悠然と片手を上げて、店長を呼ぼうとする店員を制止して、そして、「すべては言わんがわかるよ」と。「お前は蝉の化身だろう」と、まっすぐバングラデシュ人の目を見て、うなづいてみせた。そして言ったーー「ありがとう」
蝉の恩返しの朝
てことで、イベント明けの翌朝に、肌の黒い蝉の精霊に出逢い、すごくスピリチュアルな気持ちで190円儲かっちゃったなーと太陽を見上げたら、なんか久々に、生きてるといことあるな...みたいな気持ちになって。で、浮いたそのお金で、宝くじ1枚買ったんだけど当たるかな。もしアイツが、本当に蝉の精霊なら絶対に当たる。
どうか、この話が、本当に"夏の夜の夢"になりますように。&2杯飲んで1杯分しか払わなかったのは、法律的にどうなんだこの野郎! とか、つまんない文句が来ませんように。おしまい。
毎日暑いから
石丸元章/いしまるげんしょう
ライター。1965年生まれ。著書に、『SPEED』 『平壌ハイ』『覚醒剤と妄想』、翻訳に『ヘルズエンジェルズ』など。近著に『霊園にて-bpm198』(東京キララ社)。プラスワンやネイキッド、ロックカフェロフト、阿佐ヶ谷などいろいろイベント出てます~。