なんだか2011年からずっと激動が続いてる? 東京オリンピックが決まったかと思えばソチ冬季五輪開催が危ぶまれたり、突然の都知事選などなど、政治経済はてんやわんや! それに伴って音楽もアップダウンを繰り返しつつ、レジェンドなミュージシャンの逝去も相次いだ昨年……今回は連載史上初の日本人アーティスト、孤高の天才、大瀧詠一さんを取り上げます。
1970年に<はっぴいえんど>としてデビューした大瀧さんは、音楽界に数々の革命をもたらした事で知られています……①全編日本語詞によるオリジナル曲でROCK。それまでは洋楽まんまカヴァーか独自訳詞のカヴァー、あるいは英語でないとROCKのリズムに乗らないという事で英語詞によるオリジナル曲のROCKが普通だったのに、Dr.松本隆氏による独特な情緒溢れる日本語ROCKを確立。現代においても普通に日本語でROCKが出来るのは彼らのおかげなのです! ②CMソングやノベルティ・ソングの制作。当時はCM用の裏方的作曲家やミュージシャンがいたのに、はっぴいえんど解散後は堂々とCMソングを制作し、またそれを音源化した最初の人。金沢明子さんのビートルズ演歌カヴァー『イエロー・サブマリン音頭』みたいな企画物ノベルティ・ソング等、一歩間違えば色物扱いされかねないサウンドも職業作家さんに任せず堂々と制作。愛とユーモアの人でもあるのです。③作詞・作曲は勿論、録音やマスタリング等も手掛けるミュージシャン兼エンジニアの先駆け。今でこそ宅録なんて当たり前だけど、レコード会社と契約時「契約金じゃなくてレコーダーをくれ」と言った逸話を残す程の研究家で勉強家。④音楽マニアを超えてオタクなんだけど、同時にミリオン・アーティストでもある。青春を過ごした1962〜1966年までのヒットチャートを全て記憶しているらしい……そんなオタク気質バリバリなのに、ドラマ主題歌などでミリオンを叩き出したスーパースター……そんな人、他にいるっ!?
ってな具合で数々の逸話や伝説を持ち、他にもまだまだ数多くの仰天エピソードをお持ちの大瀧さんですが、特に女性シンガーへの提供曲、吉田美奈子さんの『夢で逢えたら』や、聖子ちゃんの『風立ちぬ』等に顕著な美メロとコードワークは、まさに天才ミュージシャンと呼ぶに相応しく、実は繊細な感性の持ち主である事もうかがえるわけです。結局、自身のリリースは2003年以降には行なわれていないので、10年間活動していないと世間的には思われていたし、40年にも渡る活動の中でも決してリリースの多かったミュージシャンではありませんでした。そんな大瀧さんが、もし、2014年に新作を発表するのならば……そのままで良いと思います。だって不世出の天才だもん!
ヒダカトオル
1968年6月5日、千葉県生まれのB型。働きながらインディー・デビューした元リーマン・ロッカー。
1997年BEAT CRUSADERS結成、2010年散開。BEAT CRUSADERSで活動中から数々の楽曲提供やプロデュースも行ない、木村カエラ、高橋瞳、メロン記念日ら女性陣のバックアップから、GOING UNDER GROUND、磯部正文等、男性アーティストのプロデュースを手掛ける。
2010年10月にはMONOBRIGHTと結婚(電撃加入)、2012年離婚(脱退)。2011年には“A.O.R”をテーマにヒダカトオルとフェッドミュージックを結成、2012年岩手のイベントで有終の美を飾る。
そして、2013年、新バンドTHE STARBEMSが始動!
http://www.thestarbems.com/
http://www.hidakatoru.com/