なにげない夫婦の会話を流し読みしながら、実は“やんごとなき”ふたりの会話だと気づいたときは驚いた。こんな軽い出だしで始まって良いのだろうか、敬称もつかずファーストネームで物語は進められていく。
ドキュメンタリー作家として森達也くんの活躍はイヤというほど魅せられてきたが、これほどの表現力、語彙の選択、満遍なく散りばめられた芳醇な心理描写、すこし時間をかけてゆっくり読ませてもらおうと思っていたが、読み始めたらもう止まらず、一気に読み込んでしまった。乾門をはじめ各門への宮内庁からの流れ、御所内の造り、よくぞこれだけの考証を踏まえて書き連ねていけたと賞賛したい。
東宮御所においては上皇がおじさんと呼ばれる方との自分にも懐かしい話が出てくるが、秘密のベールに包まれた江戸城に潜入するという醍醐味だけでも思い切り楽しめるかもしれない。まして三種の神器も絡む黄泉平坂な物語の急激な展開も、参考文献として紹介されていた『継体天皇と朝鮮半島の謎』(水谷千秋・著)も交えて古代物に興味のある方にはたまらない読み物かもしれない。
実名で表記されるフジテレビのメディア代表としてのやりたいこととできること、そしてエピローグ、かつてより論じられている天皇制というタブーをあらためて各々が見返すことを強いられる、森達也の手法に実に心地よく乗せられて『千代田区一番一号のラビリンス』は閉じられていったのだった……♪♪♪