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【ライブレポート】演劇的な舞台で新境地をみせた、ストーリーテラー・沖ちづる

2016.03.15

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 2016年3月13日。二十歳を迎えてから初めてとなる沖ちづるのツアー『新しい日々』のファイナル公演(東京2日目)が行なわれた。
 名古屋、大阪、東京とまわったこのツアーのステージは2部構成となっていたのだが、「二十歳のあなたへ」を元に、演劇的な演出がほどこされた第1部は「沖ちづるの1人劇」ともいうべきものとなった。
 
 この夜のレポートを始める前に、まずセカンドシングル「旅立ち」に収録された「二十歳のあなたへ」について触れたい。この曲は中学時代の沖ちづるが二十歳の自分に向けて書いた手紙が元になっている。そこには大人でもない、子どもでもない少女の、立つ瀬のない場所でゆれる孤独な心が綴られている。家族への苛立ち。虚勢。不安や自信のなさ。好きと言えないのに好きと言ってほしい身勝手さ。何もできない無力さ、もどかしさ。そんな自己嫌悪と自己憐憫にまみれている。
 「早く大人になりたい」。少女は願う。どんな大人になっているのかなんて想像もできないが、今よりはましであってほしい。「ここではないどこか」。つまりは「青春期における永遠のテーマ」のもと、沖ちづるはこの手紙で何かにすがるように二十歳の自分に語りかける。親孝行はできていますか。素直になれていますか。優しい大人になれていますか。夢は覚えていますか。ここではないどこかにいる二十歳の自分にすがるより、宙ぶらりんな自分にはなす術はないとでもいうかのように……。二十歳になった沖ちづるは今、歌手になるという「あの頃の夢見た場所」に立っている。
 
 
 「『二十歳のあなたへ』をもとにしたライブショー」と開演前にナレーションされた第1部が始まった。ほの暗いステージに沖ちづるが現れる。ボタンを上まで留め白いシャツに黒いロングスカート。いつになく静謐でストイックな雰囲気をまとっている。
 ステージにはボーカル用のマイクが2本。向かって左側にスタンディングのマイクが。右側に座った位置にセットされたマイクが置かれている。静かにギターのストラップを肩にかけ、ハーモニカホルダーをセットする。と、いきなりスタンディングのマイクの前で朗読が始まった。
 未来の自分にすがるしかなかったあの頃の自分に、二十歳になった沖ちづるが語りかける。今のことも、昔のあなたのことも笑い話にできるくらい、強くて優しい大人になる。そのためにこれからも新しい日々を重ねていく、と。
 「私は元気です。あなたもお元気で」。少しの静寂の後、ステージをスポットが照らす。視界がパッと開けていくように「旅立ち」が歌われる。この場所に立つために歩いてきたんだ。生きてきたんだ。壁に手をついても……。奮い立つ心意気が、勇壮なフレーズに乗せて聴こえてくる。沖ちづるは堂々としていた。
 
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 ステージ向かって右側。マイクの前にある椅子に沖ちづるが座る。髪を後ろでたばね、眼鏡をかける。再び朗読が始まる。中学生の沖ちづるが語りかける。うまくいかないことばかり、どうせ自分なんかいない方がいい、と……。「いとまごい」が歌われる。早く大人になりたい、学校も先生もクラスメイトもいない、自由な大人になりたいと痛切につぶやいた後には「はなれてごらん」が。
 どうやら、スタンディングのマイクでの朗読は「今の私」、座ってのマイクでの朗読は「あの頃の私」によるものだとわかってくる。2人の沖ちづるが「あの頃」と「今」という2つの場面を行き来しながら、私信を交わしていく。
 15歳の頃に亡くなったクラスメイトへ手向けた新曲の「クラスメイト」が語るような口調で淡々と歌われる。調子はどうだい。何してるんだい。この間、みんなで飲んだよ……。ぼんやりと遠くを眺めるような近況報告が牧歌的なメロディに乗り、優しい痛みとなって胸に刺さる。
 いつか全てが綺麗な思い出になる。あの頃の私がそうつぶやき「blue light」に続いていく。
 朗読と歌。あの頃と今との対話。いつに増して歌の世界に引き込まれていく。心の襞の動きまで伝わってくるように。その理由は「沖ちづるという物語」を挟むことで、心深くから生まれたそれぞれ歌が繋がって見えてきたからだ。あの歌とこの歌は、地続きとなったひとつの物語だったんだな、とはっきり感じとれた。
 以前、沖ちづるは「blue light」を「終わりの時を歌った曲」だと言ったが、「クラスメイト」とその後の朗読のおかげで、終わりの寂寥感が感覚として理解できた。ひとつの曲のなかでも豊かな物語を作れる沖ちづるだが、この夜まではどうしても曲単体で聴こえていたきらいがあった。それがすっと、それぞれの曲同士がリアルな生身感をもって繋がっていったのだ。
 
 コンプレックスだらけの自分を認めてもいいんだ。だから歌い続けてもいいんだと決意させた沖ちづるの「光」の前には、今の沖ちづるはこんなことを語りかけた。(あの頃の私が夢見た)歌い続けることの困難さを日々、感じています。時々、逃げ出したくなります。それでもあなたが作った歌を歌い続けます、と。沖ちづるは声を高くして、外へ響くように「光」を歌った。
 第一部は、沖ちづるが高校を卒業して歌に本格的に取り組み出してから「何故か毎日のようにいる」街、下北沢で繰り広げられる喧噪を群像劇として綴った「下北沢」から、このライブの芯となった「二十歳のあなたへ」で終了。息を抜く間もなく濃密な60分弱が過ぎていった。
 特に、ということで言うと、オープニングの「旅立ち」が鳴った瞬間や、「クラスメイト」から第一部最後の「二十歳のあなたへ」までのドラマチックな物語展開は鳥肌ものだった。胸を熱くさせ、また、ざわざわとかき乱すエネルギーにあふれていた。
 
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 少しの休憩を挟み、第2部が始まる。コバルトブルーのワンピースの沖ちづる。耳元ではイヤリングがゆれている。第1部とうってかわって沖ちづるは笑顔。和らいだ空気のなかでライブは進んでいった。
 まずは新曲でスタート。かわいらしくもある、ささやかでありふれた日々。そんな日々も、そこにあった恋も、いずれは終わってしまう。そこから私はこぼれ落ちてしまう人間なんだ……。幸せのなかにあるあやうさが終わりの恋の物語として歌われる。
 第2部では、白昼夢のような春のまどろみのなかで終わりを迎える恋を歌った「春は何処に」。漂白された悲しみに彩られた森田童子のカバー「たとえば僕が死んだら」。行き止まりで言葉を無くし、やさしさからたったひと言の「さよなら」が言えないことで、かえって相手を傷つけてしまう「高架下の二人」など、関係性の終わりを繊細な感性で描いた曲が中心となっていた。
 行き場を無くした2人。恋人がいるべき場所からこぼれ落ちてしまう性分の2人。幸せであっていいはずなのに、そうはならない運命を静かに受けとめる2人の物語が続く。せつなさ、寂寥感、あきらめ……。そんな言葉が頭に浮かぶ。だが、不思議と失望感のようなものは感じられない。
 離れゆく相手への愛情がささやかに、しぶとく、伝わってくるからかもしれない。いつか2人は、見知らぬどこかで、見知らぬ姿で巡り合うのかも。そんな気がした。ただ、もし、そうだとしても、言葉は交わさないのだろう。
 「さよなら」はひどいものばかりではない。優しさや愛情からできた「さよなら」はいっぱいある。音楽や映画、演劇は「さよなら」の美学をたくさん教えてくれる。
 第2部は「街の灯かり」をラストナンバーにして幕を閉じた。終わりがあるから嘆くことはない。いつか失うから捨てることはない。ぬぐえない諦観と、終わりまでは歩み続けるという生命力が、ひとり歩く帰り道の情景のなかで描かれる。この美しく静かなバラードは、まるで青春映画のエンディングロールのように、この夜の出来事を思い起こさせてくれた。
 
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 昨年の7月に行なわれた新宿シアターモリエールでの完全生音ライブでも演劇的手法が全編に渡って盛り込まれていたが、ストーリーテラー・沖ちづるの世界観は劇的な空間ととても相性がいい。この夜にみせた朗読と歌という実験的なひとり芝居は、沖ちづるにとって新しい日々のきっかけになりそうだ。
 5月20日に東京・六本木VARIT.で行なわれる新しい自主企画『わたしたちの時間』も楽しみに待ちたい。
(文)山本貴政 (写真)川崎龍弥
 
■日時/会場/イベント名
2016年3月13日
恵比寿天窓.switch
2nd Single「旅立ち」リリースツアー“新しい日々”
東京公演2日目
 
■セットリスト
【1部】
01. 旅立ち
02. いとまごい
03. はなれてごらん
04. クラスメイト
05. blue light
06. 光
07. 下北沢
08. 二十歳のあなたへ
 
【2部】
09. 新曲
10. 春は何処に
11. たとえばぼくが死んだら
12. メッセージ
13. 高架下の二人
14. 街の灯かり
 
 

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