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【ライブレポート】"みんなのうた"を手にした沖ちづるのこれまでとこれから

2015.09.23

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沖ちづるが<1st Full album「わたしのこえ」リリースツアー“きみをおもう”>の東京公演を、9月19日に渋谷gee-geで行なった。
 
本格的にライブ活動を始めて2年目にあたる今年、19歳の沖ちづるは精力的に音源のリリースとワンマンライブを展開してきた。シングル「光」(2月)、ミニアルバム「景色」(6月)に続き9月に発表されたフルアルバム『わたしのこえ』は、5月10日に行なわれた北沢タウンホール公演を収めたライブアルバム。新人のファーストアルバムにしては珍しい、ごまかしのきかない弾き語りのライブ音源で、堂々と歌を聴かせてくれた。7月には、彼女が青春時代を過ごした新宿にある小劇場、シアターモリエールでマイクをいっさい使わない“完全生音公演”を開催。最近はいっそう、類い稀なる声と歌の力を押し出した勝負気配が伝わってくる。
 
『わたしのこえ』そのリリースツアー初日にあたる今夜は、北沢タウンホール公演のライブDVD『わたしのこえ』のリリース日でもある。この夜の沖ちづるは声と歌でどんな物語をみせてくれるのだろう。
 
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オープニングのSEが止み、白いノースリーブのワンピースを着た沖ちづるがフロア後方から登場。4本の蒼いスポットライトに照らされて、静かに微笑み、かるくお辞儀。ステージは「景色」からスタートした。たとえ辿り着いた景色が素晴らしいものではなかったとしても進んでいくんだ。そんな覚悟をこめた曲をたおやかに歌いあげる。「景色」は沖ちづるにつきまとう終わりの感覚を前提にしながら、それでも歌い続けていくんだ、という、今の決意宣言的な位置を占めているといっていい。
 
「土にさよなら」「いとまごい」「あたたかな時間」とライブでお馴染みのナンバーに続いて、新曲の「朝の光」が披露される。「どこか新しい場所に出掛けて、新しい空気を吸い込みたくなる曲」という言葉とともに。素朴で美しい3拍子のアルペジオが奏でられる。ステージのスポットがオレンジかかった暖色に変わる。「朝の光おはよう」とやさしく語りかけるように歌い出される。朝の光を浴びてゆっくり深呼吸をするようなリラックスした空気がフロアを包み込んでいく。木漏れ日のなか、サワサワと揺れる新緑を駆け抜けて駆けていくイメージが浮かび、あたたかな安心感に満たされていく。ピリッとした緊張感のある歌が多い沖ちづるだが、「朝の光は」新境地。「景色」に色濃くみられる、辿り着いた場所に対するペシミズムはここにはない。自分だけが知っている森の小道をぬけて、とっておきの秘密の場所を楽しむ少年少女たちの寓話的な朗らかさが伝わってくる。
 
「コンプレックスだらけの自分を認めてもいい。だから歌い続けるんだ」という決意から始まって今は、「自分の歌を聴いてくれた人にも、こんな自分を認
めてもいいんだと思ってほしい。そのために歌うようになった」と、数ヶ月前のあるインタビューで心境の変化を語っていた沖ちづるだが、「朝の光」はもうひとつ歩前に歩を進めたことを伺わせる“みんなの歌”となっていた。鋭さを少しだけ鞘に収めて、みんなのいるところに歩み寄っている。そんな気がした。
 
大きな拍手の後「はなれてごらん」を挟み、「母さんと私」に。身近な人との間にもどうしても生まれてしまう心の壁を痛切に歌った曲に、フロアの空気がキュッと締まる。「朝の光」で漂わせたリラックスした空気とのコントラストに緊張感がはしる。同時に、沖ちづるの原点にある疎外感、痛み、終わりの感覚から、みんなを肯定する優しさ新しい姿で生まれようとしている……。そんな“産みの時”に、今があることもわかり、心がハッとする。
 
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ステージは中盤戦に入る。女の子だけの世界のアレコレを歌った「まいにち女の子」、性急なメロディがドラマチックな「小さな丘」、春の訪れにさえ取り残され、どこにも行けず、終わることすらできない男女の心情を叙情的に描いた「春は何処に」、亡くなった祖父との想い出……、「うるさいからロックは嫌い」という大好きな祖父に自分のCDを渡した想い出を綴った「広島」、帰り道の風景に乗せて「いつか失うから捨てることもない/いつか失うから辞めることもない」と、諦観と生きる力が折りなった情感を歌う「街の灯かり」が繰り出される。
 
やがてステージは佳境に。沖ちづるのキーナンバー「光」が歌われる時がやってきた。コンプレックスにまみれた自分を支えてきた曲であり、弾き語りを始めてからずっとステージで歌い続けてきた曲だ。みんなを認めようとする強さも込められた曲だ。「光」を聴いて、ノックアウトされた人も多いことだろう。今夏、「光」はNHKで放送されたドラマ『戦後70年 一番電車が走った』のクライマックスシーンで挿入歌として流れた。原爆投下後の広島の復興を描いたこのドラマが縁で、先日、全国放送のテレビの歌番組の収録も終えたという。声の力、歌の力ひとつを信じて、ひとりで歌ってきた沖ちづるのメッセージが、静かに、確かに“まだ見ぬ友達”に繋がっていこうとしている。痛みと優しさを抱えたひとりひとりという点が、徐々に線となって結びつこうとしている。そんな時が近々、やってくる。そんな気配が感じられてならない。もうすぐなんだ、と……。
 
圧巻の「光」を聴かせた後、この夜2曲目の新曲「高架下の二人」が歌われる。先に披露された新曲の「朝の光」とは打って変わり、ヒリヒリと焼け付くような“ふたりぼっちの情感”にあふれた別れの曲だ。「高架下の二人」に登場する恋人たちは、さよならも満足に伝えられず、さよならに応えられもせず、ただ終わりを受け止める。できることといえば、最後の時に、愛する人(と、その恋人、あるいは妻になる人)の将来の幸せを願うのみ。そして、青春の幻影の先にある輪廻でいつかすれ違う日を、ささやかに見据えるのみ。途方もない寂しさと引き換えにしか得られない幸せがある……。悲しみの果てに、人は幸せを掴むものなのだろう。幸せな日々の隙間で、人はあの日の悲しみをずっとぬぐえずに過ごすのだろう。そんなことを考えながら聴いていた。「高架下の二人」は、いつの時代にも涙の痕跡を残してきた青春の影を、凛としたセンチメンタルで貫いていた。青春に別れを告げ、(大人へと)旅立っていく若者たちを描いた、いつかの青春映画のようだった。沖ちづるのストーリテラーの才能が存分に発揮されている傑作だ。
 
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「高架下の二人」の哀切と幸福の余韻が冷めぬなか、ひと呼吸置いて、沖ちづるは笑顔をみせた。そして、はみかみながら、ちょっと誇らしげに最後のMCを……。「11月に20歳になります。20歳最初のライブが決まりました。場所は赤坂BLITZです。また無謀なことを、と思う方もいらっしゃるでしょうけど笑。でもこの日を堂々と迎えたいです。またお会いしましょう!」フロアのどよめきに乗せて、この夜のラストナンバー「下北沢」が始まった。高校を卒業してからの多くの時間を過ごし、多くのステージを踏んできた街・下北沢を舞台にした群像劇だ。下北沢に集う人々の喧噪と、そこで出会いを繰り広げる自分の高ぶりと迷いを、躍動感たっぷりに歌っていく。周りとの折り合いの付け方に苦悶していた19歳は今、その世界観を飛び出して外の世界に漕ぎ始めたようだ。いきいきとした笑顔で高らかに「下北沢」歌う姿が、そのことを伝えてくれた。
 
この夜は、沖ちづるのこれまでとこれからがみえたステージだった。2ヶ月後に20歳を迎える若者の向こう見ずな挑戦は、まだ続く。赤坂BLITZも楽しみに待ちたい。
 
■セットリスト
沖ちづる
1st Full album「わたしのこえ」リリースツアー“きみをおもう”
 
2015年9月19日 渋谷gee-ge セットリスト
01. 景色
02. 土にさよなら
03. いとまごい
04. あたたかな時間
05. 朝の光
06. はなれてごらん
07. 母さんと私
08. まいにち女の子
09. 小さな丘
10. 春は何処に
11. 広島
12. 街の灯かり
13. 光
14. 高架下の二人
15. 下北沢
 

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