「PANTA、多分こういうことだよな?」と空を仰ぎながら問いかけた
──PANTAさんが歌詞の随所で遊んでいるというか、自身と慶一さんの歩みを俯瞰するように過去の楽曲のタイトルを引用しているのが面白いですね。「逢魔刻はキミと」の歌詞には「渚にて」というPANTAさんのソロ作『唇にスパーク』の収録曲が引用されているし、「不思議な愛の物語」の「くれない」「埠頭にて」という歌詞はムーンライダーズの「くれない埠頭」を念頭に置いたものでしょうし、「オーロラコースター」で慶一さん本人に「どうしてどうしてムーンライダーズ」という歌詞を唄わせるPANTAさんの采配も凄いなと(笑)。
鈴木:そうなんだよ。「エッ、“ムーンライダーズ”って言葉がある?!」とびっくりした。それとPANTAは「くれない埠頭」が好きで、ライブで何度も唄ってくれていた。
──2006年に野音で行なわれたムーンライダーズの30周年記念ライブでPANTAさんと共に披露された「くれない埠頭」は名演でしたね。
鈴木:そういったことをいろいろと思い出し、考えながら録音していくというのかな。PANTAのことを絶えず思い返しながら作業を進めた。
──歌詞の真意を本人に確認できずに作業を進める難しさもあったと思うんです。まるで『百鬼夜行』のようにモノノケたちが踊る様を描いた「バロモンド ~馬郎音頭」の“馬郎”とは“馬鹿野郎”のことなのか? とか。
鈴木:“馬鹿野郎”の省略形だと私は捉えているけどね。歌詞の最後に“馬鹿野郎音頭”、“馬郎者”という言葉が出てくるから。本人に確かめたわけではないけれど、きっとこういうことを唄いたかったんだろうなというのは、長年の付き合いで育んだ想像力だね。
田原:「バロモンド ~馬郎音頭」の歌詞は、PANTAが病床でうなされているときに送ってきたものなんです。そんな大変なときにああいう神秘的な歌詞、謎めいた言葉が出てきたのはびっくりしました。
──盟友の思いや意図を慶一さんが当てに行く感じも胸を打つと言いますか。PANTAさんが存命のあいだにアルバムを完成させていたのが理想だったのはもちろんですが、PANTAさんとの未完の共作を慶一さんが時空を超えて完成に漕ぎ着けたという背景が作品に深い味わいを与えているように感じるんです。
鈴木:そういう楽しみ方ができるのなら良かったけどね。だけど残された曲で私が果たしたことはあくまで想像なんだ。ただその想像は大きく間違ってはいないはずだし、「PANTA、多分こういうことだよな?」と空を仰ぎながらいつも問いかけていたよ。
──その意味でもふたりにしか成し得なかったコラボレーションと言えますね。慶一さんらしいメロディの「逢魔刻はキミと」はPANTAさんの歌詞が載ることで従来の慶一さんにはないタイプのポップ・ソングとして昇華していますし。
鈴木:そうなんだよね。“逢魔刻”(おうまがとき=夕暮れ時のこと)なんて最初は読めなかったから(笑)。PANTAはこれまでいろんな歌詞を書いてきたけど、「欠けた 湯呑茶碗で 茶すする」なんて歌詞を書いたのは初めてだと自分でも笑っていた。
──「アメンボ」や「緑側」もポップ・ミュージックにはなかなか出てこない言葉ですよね(笑)。
鈴木:そういうどこか素直な歌詞に自然となったんだろうね。何かに対してこう言ってやろうとか意気込む感じではなく、70年以上に及ぶ一生の中で経験したことを踏まえて出てきたありのままの歌詞に思える。
──“逢魔刻”という人生の夕暮れ時に、老人が縁側でお茶を啜りながら亡くなったパートナーのことを思い返しているという歌詞は、あの時点でのPANTAさんでなければ書けなかったものですよね。
鈴木:そうだと思う。
田原:「逢魔刻はキミと」と対になる曲が頭脳警察の最後のアルバムである『東京オオカミ』に収録されているんです。PANTAが大島弓子さんの『バナナブレッドのプディング』という漫画に触発されて書き上げたもので。
──橋本治さんへ捧げた「冬の七夕」ですね。
田原:そうです。P.K.Oの「逢魔刻はキミと」は同じく大島弓子さんの『たそがれは逢魔の時間』という漫画にインスパイアされて書いたと話していたので、「冬の七夕」と「逢魔刻はキミと」は対になっているんです。「逢魔刻はキミと」はPANTAが慶一さんのことを思って書いた歌詞だと思います。
──歌詞に出てくる「アザリア」はツツジ科の花のことですが、宮沢賢治が盛岡高等農林学校時代に友人たちと発行していた同人誌のタイトルでもありますよね。宮沢賢治と保阪嘉内の関係に深い興味を抱いていたPANTAさんらしいダブル・ミーニングだと思います。
鈴木:そうだね。あと、「最新のロシアの戦闘機の名前を歌詞に入れておいたよ」とか言われたり(笑)。そういう仕掛けがPANTAは好きなんだよ。
──「クリスマスの後も」にもそこはかとなくBL(ボーイズラブ)の匂いを感じるし、「逢魔刻はキミと」の“キミ”は長年連れ添った女房ではなく同性の可能性もあるように思えるんですよね。
鈴木:確かに、ノンバイナリーのニュアンスはあるのかもしれない。
田原:PANTAの晩年のテーマの一つでしたからね。宮沢賢治と保阪嘉内の関係性に自分と橋本治さんのことを投影していたように、「逢魔刻はキミと」では自分と慶一さんの結びつきを見いだしていたのかもしれません。