歴代のギタリストがPANTAのために集結した「エルザ」
──ムーンライダーズのために書いた「クリスマスの後も」の歌詞が、最初からPANTAさんの当て書きのように思えるのも不思議ですね。クリスマスまでは元気でいてほしい、もちろんその後も、という慶一さんのPANTAさんに対する願いにも聞こえますし。
鈴木:そうだね。だからこそPANTAに唄ってほしかった。その意図をちゃんと説明してPANTAも納得して、よし、やろうよということになった。「クリスマスの後も」はかなり“スウィート路線”だけど、「今度はアニマルズみたいな曲ができたよ」とメールすると「おお、アニマルズ。いいね」というやり取りができた。どんどん曲を作って送り、聴いてもらう。「これは面白い曲だな」と返事がある。そういうのが楽しかった。そのやり取りで象徴的だったのは、「おやすみハル」と「はばたけパル」。その2曲は最初、ひとつの曲だったんだよ。
──ああ、なるほど。「おやすみハル」の終盤で「はばたけパル」の印象深いリフレインが登場して、連作のような位置づけなのが窺えますしね。
鈴木:1曲のままだとあまりに展開が多くて、2曲に分けたほうがいいんじゃないか? とPANTAが提案してきてね。バラードっぽいメロディとGSっぽいメロディが同居してちょっと要素が多すぎるし、2曲に分けられるよと。それでPANTAが組曲みたいになるように歌詞を作ったんだ。
──まどろむ子守唄のような「おやすみハル」の“ハル”は、いろんな意味を重ねているんでしょうね。
鈴木:それはPANTA & HALの由来にもなった“HAL 9000”(『2001年宇宙の旅』『2010年宇宙の旅』に登場する人工知能を備えた架空のコンピュータのこと)であり、鳥の名前でもあるんだよ。
──「羽繕い」(鳥がくちばしで羽根を整えたり、汚れを落としたりする行動のこと)という言葉が出てきますしね。
田原:ハルクインというセキセイインコのことなんです。そのインコの写真をPANTAが慶一さんへ送っていたみたいで。
──PANTAさんの本名である中村治雄の“ハル”もあるのかなと。治雄さん自ら「ねえ ハル」とコーラスを入れているのがおかしいですが(笑)。
鈴木:うん。そして“エルザ”っていうのはエリザベス女王のことなんだ。PANTAが歌詞を書いていた頃にエリザベス女王が亡くなってね(2022年9月8日)。
──アルバムの冒頭を飾る「エルザ」は本作の中で最もロック色の濃い曲で、後半はエルガーの「威風堂々」を思わせる行進曲風の展開になるのが面白いですね。しかも、澤竜次さん(頭脳警察、黒猫CHELSEA)、TAMUさん(騒音寺)、菊池琢己さん(響、P.K.Oなど)、平井光一さん(PANTA & HAL)、今剛さん(PANTA & HAL)というPANTAさんと縁の深いギタリストがそれぞれソロを披露する構成が実に素晴らしい。
鈴木:あれは最後のアイディアだった。PANTAが亡くなって、残りの5曲をどうしようと思案していた。5曲できたものの歌を唄う人がもういない。他のいろんな方法も考えられたと思うんだ。PANTAと仲の良かったゲストを呼んで唄ってもらうとか。でもね、それ以前の5曲はPANTAとふたりだけで作ってきた。私とPANTA、あとはエンジニアとプログラマーをやってくれたゴンドウ君(ゴンドウトモヒコ)だけでね。だから残された5曲もそのまま3人で作っていくべきだと思ったし、ということは私が唄うしかない。自分でボーカルを録音するのは相当辛いものがあったけど、PANTAの作った歌詞やメモを見ながら唄うことで何とか乗り切った。そうしてアルバムがほぼ出来上がった段階で作品の全体像を俯瞰したら、ちょっと息苦しさを感じた。それは全くの個人的な感想だったんだけど、今回はPANTAと私のふたりだけで生み出したもので、外部の空気が入っていない。何か風穴みたいなものが欲しいと思ったわけだ。それは何だろう? と考えたときに、「エルザ」のエンディングを増やし、PANTAと並走してきた歴代のギタリストたちにそれぞれ弾いてもらうことを思い立った。ギター・ジャンボリーみたいな感じでね。
──慶一さんならではの粋な演出だと思いますし、時空を超えた秘策であり、レコーディングならではの魔法ですね。
鈴木:ゲストでボーカルやドラムを入れる手法もあっただろうけど、PANTAにとってギターは重要な要素なんだよ。私はPANTAのことをギタリストとして非常に尊敬しているし、カッティングのタイミングも抜群だしね。PANTAのキャリアを紐解くと、頭脳警察から始まり、PANTA & HAL、その後のソロも含めてギターが中心となる重要な役目を果たしてきた。だから歴代のギタリストたちに弾いてもらうのはどうだろうと考えた。それでPANTAの歌の入った完成データを各ギタリストへ送り、「この部分を弾いてください」とやり取りをしてね。依頼したのは8小節だったんだけど、みんな16小節で弾いてきたのが面白かった(笑)。これじゃ弾き足りないというのがありありと窺えたし、もうそれは仕方ない、16小節でいいですと。
──それで8分を超える大作となったわけですね。
鈴木:その大作で始めるというのもだいぶ考え抜いた結果なんだけどね。どの曲でアルバムを始めるかはかなり悩んだ。
最も厄介だったのは相談できる相手がいないこと
──そうした曲順然り、「オーロラコースター」「バロモンド ~馬郎音頭」「おやすみハル」「はばたけパル」「不思議な愛の物語」といった残された5曲を慶一さんが孤軍奮闘の末に完成させたことを考えると、その苦労と苦慮は筆舌に尽くしがたいものだったのではないかと想像します。
鈴木:PANTAの残したメモがあって、それが曲順のメモなのか、録音した順のメモなのかちょっとよくわからなかった。ただ、「不思議な愛の物語」をアルバムの最後にしたいこと、「おやすみハル」と「はばたけパル」を2曲続けたいことはわかった。それらを踏襲しつつ、1曲目を何にするかなと考えたときに、やはりゲストを入れた曲を最初に持ってこようと。それと、構成は言ってみればジョン・レノンとオノ・ヨーコの『ダブル・ファンタジー』だね。あのアルバムがジョンとヨーコの対話形式だったように、P.K.OのアルバムもなるべくPANTAと私が交互で唄う形にしたかった。
──PANTAさんから託された宿題の中で、慶一さんにとって最も厄介なのはどんなことでしたか。
鈴木:相談できる相手がいないこと。PANTAは常に私の良き相談役で、たとえば「『笑っていいとも!』から出演依頼が来たんだけどどう思う?」とPANTAに聞いて「いいんじゃない?」と言われたら出るとか、ずっとそういう間柄だった。ちょっと躊躇することがあると必ずPANTAに相談してきたので、今回ばかりは本当に困った。特に歌詞だね。私が曲を送ってPANTAの歌詞ができる。それは第一稿で、歌詞の一部やタイトルが変わることもある。言葉が少し余っている部分は録音のときに相談しようと書き残していたものもある。それを実際にどうやって録音していくかがいちばん大変だった。PANTAにはもう相談できないわけだから。
──そこをどう対処したんですか。
鈴木:余っていた言葉は全部入れてしまおうと。PANTAの考えた言葉を削るのではなくそのまま活かす。だから編集してもう一番増やした曲もあるし、余った言葉をコーラスとして入れたりもした。コーラスにしてくれとメモに書いてあったわけではないけど、その言葉が括弧でくくられていたから多分コーラスだろうなとか、想像力で乗り切った。
──「おやすみハル」の、「耳のそばで(マーク・ボラン)/唄わないで(GET IT ON)やめろ」とかがそうなんでしょうね。
鈴木:うん。それと、PANTAのメロディのリズム感は私と違うわけなんだよね。PANTAの畳みかけるような唄い方、それはシャウトしなくても言葉を詰め込むように唄うことが多々ある。その唄い方を自分なりに学習して、この部分は言葉が余っちゃうけどPANTAは詰め込みたいんだろうなとメロディを変えつつ録音していった。それがいちばん大変なところだったね。
──韻を踏む歌詞がユニークで、言葉を捲し立てるように唄う「オーロラコースター」はとりわけ大変だったのでは?
鈴木:あれは歌詞の順番をちょっと変えたり、繰り返しの部分を半分省いたりした。あの曲は最後に繰り返しがいっぱいあったので、3回繰り返せばいいだろうと思ってね。
──残された5曲は慶一さん(とゴンドウさん)による多重録音の賜物ですが、PANTAさんの歌詞を唄っているからなのか、独りぼっちな印象はあまり受けませんね。
鈴木:歌詞を模索していたときはずっと独りぼっちだったよ。でもそれはしょうがないことなんだ。とにかく作業を先に進めないと録音できないという危惧もあったし。
──そうした事情もリリースが遅れた背景としてありましたか。
鈴木:歌詞ができて後は歌を録音するだけというところでPANTAが亡くなってしまって、気持ち的にもしばらく制作に取りかかることができなかった。そして2024年1月に私は高崎での映画のロケで声が出なくなった。半年間かかってやっと復活した。その後、制作を再開したはいいものの、歌詞や曲順のことを相談できずに全部自分ひとりで決めなくちゃいけない。唄い方だってそうだよ。本来は全曲PANTAが唄うためのメロディだったわけだから。そのPANTA用のメロディを自分で唄う上で彼の声を分析もした。私は誰と唄ってもハーモニーを寄せていくし、今回もPANTAに似せて唄うことを意識した。なぜそうやって似せて唄うのかと言えば、PANTAがリードボーカルを全部取る予定だったから。私が5曲唄うことになったのは想定外の事態だったけど、でもやらなきゃなと思った。そして、PANTAが唄い終えていた歌詞で合う部分があれば、そこをコピーして持ってくることもした。「不思議な愛の物語」の最後の「さあ」という掛け声とかね。あれは最初は「ああ」だったんだけど、「ああ」はなかったので「さあ」に変更したんだよ。そうやってPANTAが亡くなった後の作業で彼の声を持ってきたので、「不思議な愛の物語」のPANTAのクレジットは“コーラス”と明記してある。あと、PANTAが弾いたベースも同じ手法で使った。「エルザ」とキーが同じだったので、PANTAのベースを持ってきた「バロモンド ~馬郎音頭」みたいな曲もある。