この時代にキノコホテルが存在していることがとても大切
──こうしてあらためて聴くと本当によくできたアルバムであることを実感しますし、コンセプト・アルバムを意識したわけではないのにコンセプチュアルな仕上がりになったのが面白いですね。
東雲:なぜか毎回そうなってしまうのよね。さすが帳尻を合わせることに長けた東雲。今後は帳尻系表現者、帳尻スト東雲とでも呼んでもらおうかしら(笑)。
──全十作中、今作は心身ともに史上最悪なコンディションで完成に漕ぎ着けたアルバムだと聞きましたが。
東雲:いろいろありましたからね。その劣悪な状況の中でもアルバムを出したい意欲はずっとあったし、ここでアルバムを出すことまで断念してしまったら、これまで積み上げてきた自分の人生とは何なんだろう? とまで思い詰めていた部分もありました。まあ、思い詰めるのはある意味ワタクシの仕事でもありますので。キノコホテルはいま正規メンバーがいないので、ワタクシが全部矢面に立って思い詰めるまでやり遂げるしかない。でもそれは嫌なことじゃないんです。やっぱり好きでやっていることなので、「大変だね」とか「辛いでしょ?」と言われても意外とそんなことなくて。現時点では凄く楽しいですよ。パートタイム従業員も良い方々に恵まれて、ここしばらくは辞める人も出ていませんから(笑)。もちろんナメコ班も永続的ではありませんけど、新体制になったキノコホテルを自分でもやっと楽しめるようになりました。
──パートタイム従業員制になってもこうしてバンド感のある作品を生み出せるのはなぜなんでしょう?
東雲:それは結局、曲を書いてアレンジを考える人間が変わらないからでしょう。正規の従業員がいた時も曲作りは全部ワタクシが取り仕切っていましたから。聴いてくださる方々も良い意味で変わっていないと感じてくれていると良いなと思いますけど、捉え方は人それぞれでしょうし。ただワタクシとしては、この令和の時代にキノコホテルというグループが存在していること自体がとても大切だと思っているんです。全人類の教養のためにも。
──バンドがどんな形になっても、楽曲を制作し発表し続けていく欲求が抑えきれないのはなぜだと思いますか。
東雲:音楽を続けることが即ち生きることだからかもしれません。それとやっぱり、これが自分にしかできないことだから。世界広しと言えども、キノコホテルの曲を作って発表し続けていけるのはこの世に一人しかいませんので。それって地味に凄いことだと思っているんです。ワタクシがやめたら全部終わってしまうから。
──しかも今回の『〜十戒』はフルアルバムが十枚目ということで、ミニアルバムや会場限定販売のEP、映像作品などを合わせたらこの18年で二十作は超えるわけですから大変なワーカホリックですよね。
東雲:それも自分がやりたいからやっているのよね。別に事務所が付いてくれるわけじゃないし、レーベルは数年ごとに変わってしまうし、ここまで来れたのはすべて自分の意志なんです。孤立無援でキノコホテルを回すようになって2年が経ち、自分が動かない限り何も起こらないので意識は自ずと変わりましたね。それが良いことなのかどうかわからないけど。
──でも2017年の『プレイガール大魔境』以降、2年おきに必ずオリジナルのフルアルバムを発表し続けているのは感嘆すべき偉業だと思うんです。2021年の『マリアンヌの密会』以降はマネージャーも不在なわけですし。
東雲:ウチみたいにメンバーが不定のグループだからこそアルバムは定期的に出し続けたいし、そうすることが一際大事なんじゃないかと考えているんです。さっきも話しましたけど、作品づくりにおいてどれだけ辛い思いをしてもこうして皆さんにお聴かせできて嬉しい反応があれば全部が報われる。生みの苦しみに悶絶している時ですら若干楽しんでいるところがあるし、今までだってやってこれたじゃない? 大丈夫でしょう? みたいな自分もどこかにいるんです。苦しいは苦しいけど、この局面を乗り越えて作品を出せた時の気持ち良さ、エクスタシーの中毒者みたいなものですね。その快感を得るためには苦しみを味わわなくちゃいけないし、苦しみを抜きにしてアルバムが完成した時の幸福感は決して味わえない。でも結局、何だかんだ言って楽しいんですよ。他にやることもないし、できることもないし(笑)。
──アートワークについても触れておきましょう。アートディレクターはサリー久保田さん、撮影は小木曽威夫さん、撮影のスペシャルゲストに小里誠さん(Francis)という豪華布陣が参加しています。
東雲:サリーさんはずっと知り合いだったんですけど、今回、満を持してやっていただけることになりました。小里さんはこんな登場の仕方で良いんですか? という感じなんですが(笑)、ワタクシと対になるような存在が欲しいとサリーさんに言われて、「小里君はどうかな?」と提案されまして。ちなみにワタクシが剣を突き刺すジャケットになったのは、何か鞭じゃないものをワタクシに持って欲しいというサリーさんのリクエストだったんです。ワタクシの背後にいるのは死神ならぬオリ神ですね(笑)。
──そろそろお時間なのですが、締めに一言いただけますか。
東雲:最後にタロットをやりたいんですよ。今回のアルバムでキノコホテルの道が開けるかどうかを2枚のカードで占います[と、テーブルに用意したカードをシャッフルし、引いていく]。……はい、出ました。聖杯のナイトの逆位置。これが正位置なら白馬に乗った王子様みたいに凄く優しい、甘くてロマンティックな感じなの。でもそれが逆に出ている。もう1枚はペンタクルのキング。これは物質的に凄く恵まれている。ただこっちは対策で、聖杯のナイトの逆位置が結果。結果としてはロマンティックな感じではない。これはどんな意味だろう? ちょっとスマホで「聖杯のナイトの逆位置」の意味を調べてくださる?
── ……えーと、ありました。「感情に振り回されやすく、状況を冷静に見極めることが難しい状態です。自分の意志が曖昧で、周囲の感情に影響されやすいことを示唆しています」とのことです。
東雲:なるほど、わかったわ。ワタクシが我を失ってしまうくらいアルバムが売れるってことじゃないかしら(笑)。ペンタクルのキングはとても良いカードなので問題ないし、きっと儲かるんじゃないですかね。売れに売れて、周りに変な大人が湧くくらいに儲かる(笑)。まあそれはともかく、こうしてアルバムが完成した途端に次作でやりたいことがすぐに浮かんでしまうし、創業20周年を迎える再来年の2027年にはまたアルバムを出したいと考えているので、これからもご支援のほどよろしくお願いいたします。今日はどうもありがとうございました。