今の自分なら内面を晒け出して表現できると思った
──「東京タワーだけが見えない部屋」は物悲しい歌なのにメロディアスな曲調がどこか明るくて、不思議な一曲ですね。個人的に凄く好きな曲なのですが。
東雲:「東京タワー〜」は人気ですね。みんなに良いと言われます。曲調はメジャー進行で明るいんだけど、歌の世界観は今回の10曲の中で一番重い。
──ですよね。最後の「血まみれの フラッシュバックが 私のエンドロールならば」以降の一節は自身の死期を俯瞰しているようですし。
東雲:よく人が死んでラクになるなんて言いますけど、実際に死んだ人の体験談なんて誰も聞けませんよね。自死を選んだ人の本心だってわかりっこないし、死んでラクになれたのかもしれないという想像は遺された側の勝手な解釈でしかない。そんなことをつらつら考えていた時、自分の死に際をふと想像しながら書き綴った歌詞なんです。タイトルは実話と言うか、ウチの部屋から実際に東京タワーだけが見えないんです。スカイツリーも六本木ヒルズも富士山も見えるのに、東京タワーだけ何かに隠れて見えない。
──歌詞の中に「東京タワー」が一言も出てこないのがまた良いんですよね。
東雲:そうよね。
──本作の中で最も物語性の高い歌詞なのに、マリアンヌさんの人となりが最も反映しているように感じるのも不思議なんです。
東雲:ちょうど自分のキャリアや来し方をぼんやりと考えていた頃と言うか、冬季鬱が一番酷い時だったんです。ずっとバンドを頑張ってやってきたけど、去年は随分と辛いことがあって、年が明けてからフラッシュバックが症状として出て悪夢を見るようになったんです。当時のパート従業員たちと揉めていたことや、地方へ行ってもまるで楽しくない思いが蘇ったりとか。それで心療内科へ通うようになって、通院する過程でもう少し自分自身をラクにしてあげたいと思ったんですね。そういうメンヘラ的要素の強い曲と言いますか(笑)。要するに、マリアンヌ東雲が自身の精神疾患を曲にするとこうなるといった感じです。
──サビで「それでもまた生きていた」という歌詞が二度繰り返された後、最後は「それでもまた生きていたい」と変わって生存の意志が窺えるところに希望を感じます。
東雲:それは希死念慮から解放された、結局は死ねなかったということですね。自死を選んだ人の心中はわからないし、むやみにそういった歌を書けるものではないし、とても難しい。
──喜ばしいことではないかもしれませんが、自身の内面を直視する新機軸の曲と言えそうですね。
東雲:これまではあまりなかったかもしれません。もっと若い頃は自分の内面をひた隠しにしていましたから。デビューした当時はアル中で躁鬱が酷くて、だいぶマネージャーを困らせていたんです。それをずっと隠していたんですけど、今や病人に対して優しい時代なので晒け出してもいいかなと思って。それと今なら作品に落とし込んでも見苦しくならないんじゃないかという読みもありました。自分の内面を晒け出して表現するのは知性を伴う作業だけど、今のワタクシなら成し遂げられるのではないかと思ったんですね。
──それは表現者ならではの「業」なんでしょうね。
東雲:避けられないことでしたね。アルバムを十枚も出せばもはや業の権化ですよ。言うに事欠いて「十戒」だなんて、裁かれるのはどっちなの? って話(笑)。
──カットアウトで終わる曲が多い中で「東京タワーだけが見えない部屋」だけフェードアウトで終わって余韻を残すのも特殊だし、今作でも異色中の異色曲と言えますね。
東雲:しかも、「それでもまた生きていたい/叫びながら目を閉じた」の後に歌のない部分が8小節くらいあって、最後にまた歌が入るという変則的な曲なんです。その空白の部分が間奏でもなく、敢えて何も入れなかったのが自分でも気に入っています。その場面転換のようなところで何か起きたのか、あるいは何も起きなかったのか。その解釈は聴いた人に委ねます。
「誰か私を探してください」と言いながら努力する気はまるでない
──「東京タワー〜」の重い空気をまるで読まずに突き破っていくのが「サーフ・スライダー」。
東雲:そう、余韻を蹴散らしてすべてを薙ぎ倒していくかのように(笑)。
──サーフ・インストの曲といえば、古くは「ゴーゴー・キノコホテル」という人気曲がありましたし、インストではないですけど、近年も「五次元 Surfin'」というテケテケをモチーフとした曲がありましたが、真正面からサーフ・インストに挑んだのはありそうでなかったですね。
東雲:意外となかったわね。「エレキでスイム」のカバーももう何年もやっていませんし。
──この辺りにインストが欲しいという意図もあったのでは?
東雲:そうなんです。アルバムの中盤にインストを入れるのが定例ですので。
──サーフ・インストとは言え、酷暑より冷夏をイメージさせますね。水がしたたるようなエレキのピチャピチャ感よりも、鉄琴の音も相俟ってどこかひんやりとした感触がありますし。
東雲:グロッケンを入れましたから。単なるサーフ・インストにしたってしょうがないし、そこはキノコホテルらしく似非サーフ・インストを目指しました。ワタクシはそういうプラスチックなものが昔から好物なもので(笑)。
──折り返しポイントの始まりは「マリアンヌの十戒」。前作『〜経典』と同じく、今回もタイトルトラックはスポークン・ワードですね。
東雲:これぞ珍曲中の珍曲ね(笑)。
──ブックレットに歌詞の記載はありませんが、本来あるべき姿の「私」を探してくださいと訴えかけている内容で。
東雲:「誰か私を探してください」とか言いながら自分はまるで努力する気のない、ダメな酔っ払いの歌なんですけど。
──本来の「私」を褒め称える美辞麗句が並ぶのですが、「そんな人には会ったことがないとみんなが言うんです」というサゲには笑いました(笑)。
東雲:笑えた? 良かったわ(笑)。こんなの歌詞を載せてもしょうがないからやめましたけど、これはわりと聴き取りやすいんじゃないかしら。
──でもその後の歌の部分はまるで不明瞭ですね。それも意図的なんでしょうけど。
東雲:テンポアップしてからの部分ね。まあ、あれも大したことを唄っていないので。
──「五反田あたりで 拾った男と」どうこうというのも、わざと聞こえづらく加工していますね。
東雲:酔っ払いの戯言みたいなものですよ。最初のナレーションの部分はちょっと懺悔みたいと言うか、まるで反省していない人の懺悔というニュアンス。よくいるじゃないですか、まったく反省していないくせに反省している体で物申す人が。だけどなぜ五反田なのかしらね? 五反田に教会はあるようですど、五反田という地名はおぼろげながら浮かんできたんです。(小泉)進次郎みたいな感じで(笑)。
──キノコホテルは新宿や池袋のイメージだから意外ですね。
東雲:それだとありきたりすぎて、画になりませんから。五反田へ行ったことはないけど、語呂が良くて入れたんです。あの五反田の部分は実演会で訪れる地名をその都度入れようと考えています。
──頭のナレーションの部分で、仮に酒に酔って死んでもそれは単なる空虚な現象だけれども、「ただ気になるのは 誰も知らない私が誰かに知られる前に死んでしまうこと」という一節がありますね。マリアンヌさんの美意識がさりげなく言及されていて、興味深いなと思ったんです。
東雲:どこか間抜けだけど悲しい、“まぬ悲しい”感じね(笑)。ゴールデン街の狭い酒場で飲んだくれていると、いつこの階段で転げ落ちて死んでもおかしくないとか生と死を考えたりするわけ。たぶんギャランティーク和恵さんがオーナーを務めるSnack夜間飛行で飲んだ帰りに書いた歌詞なんじゃないかしら。あの店も二階にあるから(笑)。そんな取るに足らない曲がタイトルトラックというのが良いじゃないの。タイトルトラックなのに頭となる代表曲ではないという。