人を褒めるのはそういう人間であるのを強いる傲慢なこと
──マリアンヌさんの不敵な笑い声で始まる「地獄列車」は「莫連注意報」の系譜を継ぐ曲のように感じましたが、ちょっとロシア民謡のようなニュアンスもありますね。ロシア民謡を倍速にしてコミカルな味付けにしたと言うか。
東雲:ああ、言われてみれば確かに。
──ペテン師のような女に入れ上げる男の悲哀が、ロシア民謡の醸し出す物悲しさと妙に合致している気がしたんです。
東雲:なるほど。その解釈は面白いわね。
──正しい判断を失ってしまった男への忠告ソングという体ですが、「凶器隠して何思う」「ニュースが告げる きみの名前」という不穏な歌詞もあり、ちょっと考えさせられますね。
東雲:世の男性諸君はしっかりと経験を積もう、人を見る目を養おうという啓蒙的な歌、道徳の授業で扱われるべき歌ですね。言うなれば『マリアンヌの道徳』(笑)。
──次作のタイトルが決まりましたね。すっかりのぼせ上がった世の男たちに訓戒を垂れる衝撃の一作(笑)。人を見る目を養うための得策はありますか?
東雲:キノコホテルを聴くことね[客席から大きな拍手が起こる]。まずは『マリアンヌの十戒』を聴き込んで実演会へ来て、ワタクシの説法を聞くこと。次のアルバムが『マリアンヌの説法』になるといよいよカルト的になるわね(笑)。
──キノコホテルを聴かぬ不届き者は地獄列車に乗れと(笑)。
東雲:物販でお札とかを売るようになったりして。ワタクシも剃髪して、山奥であおぞら説法でもしてみようかしら(笑)。
──冗談はこれくらいにしまして(笑)。さて、アルバムも佳境に入りました。ここからの3曲の流れが実に良いのですが、まずは「誉め殺しのブルース」。古くは「荒野へ」や、小林亜星が作曲したサントリーオールドのCMソングを彷彿とさせます。
東雲:曲調はやさぐれた感じですね。何と言うか、自分がどんな人間かわかっているつもりなのに、他人から言われた自分像がしっくりこなくて嫌な気分になることってありませんか?
──マリアンヌさんと違って、人様に褒められるような稼業じゃありませんので(笑)。
東雲:自分が知っている自分と、他人が見た自分は違うわけじゃないですか。それが完全に一致することはまずなくて、自分をこう見せたいと思ったところでその目論見は相手に通用しない。人は誰しもいろんな顔があって当たり前ですし。ワタクシはバンドのリーダーを18年もやっているせいか、東雲のことをよく知らない人からしっかり者だと思われることがたまにあるんです。でもご承知の通りドジっ子発令を連発するタイプだし、ワタクシと同じようにバンドをやり続けている仲間を見ても、リーダーの子って確かにしっかりしているけど抜けたところもあったりするし、そんなことは人間だから当たり前の話。そういう人の良い部分しか見ない人たちへ対する不本意な気持ちの表明とでも言うのかしらね。「あなた本当に良い人よね。何でもできて凄いわね」と言うのは、相手に対してそういう人間であることを強いている。それは凄く傲慢なことだなと感じたことがあったの。「マリアンヌさんって凄い優しいし、何だかんだ言って器が大きいよね」とかある人に言われたことがあって、それがちょうどワタクシが病んでいた時期だったこともあり、とても不快に感じたんです。別にその相手が悪いんじゃないのよ。「あなたはずっと優しくて器の大きい人でいてくださいね」と言われているような気がして、とても嫌な気分になっただけなんです。その経験から「誉め殺しのブルース」の歌詞の源泉が生まれてきたと言うか。褒められることをそのまま受け止めず、それって傲慢なんじゃないの? という捻くれ者の歌ですね。
──でも、この『〜十戒』という作品に対してはどんどん誉め殺ししていただきたいですよね。
東雲:そうね。作品はいくら褒められても嬉しいし、褒められる価値のある作品を作っている自負があります。でも人間性を褒められるとモヤモヤする時がある。実際、そんな褒められた人間じゃないので。
──あと、「誉め殺しのブルース」は終盤の「真っ暗闇さ」という歌詞以降にラウンジ・ミュージックのようなアレンジに変わっていくのが洒脱ですね。
東雲:あの最後のアレンジがないと、ただの恨み辛みで終わる歌謡曲みたいになるので中和したかったんです。
──それに加えて、終盤のフェイクにも歌心があるというか、裏声を使ったハミングに直接的な歌詞では味わえない切なさを感じます。
東雲:あそこはちょっと虚無な感じにしたと言うか、自分のことを自分で笑い飛ばすみたいなムードがありますね。
ただでは病まないし、ただでは転ばない
──続く「不祥事」は、タイトルからして不倫を否定しているキャスターな某女優と酒癖の悪い某俳優を連想してしまいましたが(笑)。
東雲:今の時代、「不祥事」と言えば色恋沙汰のことですし、不倫や道ならぬ恋をテーマにした歌がいっぱいあるけど、どれもみなタイトルを含め、美しい感じに持っていくでしょう? それでワタクシは時代に逆行して、そのままストレートに「不祥事」というタイトルにしました。個人的に不倫がダメだとか思うわけじゃないし、他人の色恋沙汰に首を突っ込むほど野暮じゃありません。仮に自分が結婚していて、旦那が不貞行為をしていたら殺すかもしれないけど(笑)。だけど他人がどこで何をしていようが関係ないし、断罪する資格もない。ただ、世間から見てそれは「不祥事」ではあるんだろうと。
──「不祥事」は『Gメン '75』や『特捜最前線』といった70年代の刑事ドラマのようなアレンジが特徴的ですね。埠頭や桟橋を走り抜ける高級車を上空からカメラが追うような疾走感のある画が浮かぶと言うか。
東雲:劇伴的ではありますね。ハードボイルドなタッチの。
──この曲にも萌えポイントがありまして、「のめり込んだら負け これは恋なんかじゃない」と唄うところでマリアンヌさんの声が少し掠れて、それが作為的に聞こえないんですよね。
東雲:あそこいいでしょ? 自分の負けを半ば認めているようなものなんだけど、もう負けても良い、だけどこれを恋とは認めないという心のひだを歌詞にしたつもりなんです。
──これは実演会で映える曲になりそうな予感がありますね。
東雲:これこそライブ映えしそうだし、バンドのアンサンブルが活きる曲かなと思っております。
──そして今作の有終の美を飾るのが「夏ノ輪舞」(読み:ナツノロンド)。輪舞曲=回旋曲という古典的な音楽の形式の一つで、曲調はワルツ。従来のキノコホテルにはなかったタイプの曲で、これが完膚なきまでの名曲なんですよね。一通りアルバムを聴き終えた後にこの曲だけ個別にリピートしてみたりして。
東雲:あら、本当? 嬉しいわね。
──歌詞もちょっと従来の世界観と変わっていて、「太陽」「節制」「隠者」「塔」「戦車」「女帝」「審判」「魔術師」といったどこか神秘的な言葉が出てきます。そこではたと気づきました。そう言えばマリアンヌさん、2月にロフトプラスワンウエストで行なった『スナック東雲』でタロットにのめり込んでいる話をしていたなと……。
東雲:ご名答。言うなればこの「夏ノ輪舞」は趣味の世界を歌に活かした“ホビー・ソング”ですね(笑)。タロットの大アルカナというメインのカードに描かれているものを歌詞にしてみたんです。22枚のうち「女教皇」だとか日本人に馴染みのないものを3つか4つ外して、後はほぼ入れました。マスタリングの日に思ったんだけど、この歌詞はAIに書かせれば良かったわね。もちろんちゃんと自力で書いたんですけど、意外と大変でした。
──あらためて伺いたいのですが、なぜそこまでタロットに熱をあげるようになったのでしょう?
東雲:何か簡単なこと、ハードルが低そうなものを勉強したくなったんです。何がしかの趣味が欲しくなったんですよ。
──身も蓋もない話ですが、タロットって当たるんですか?
東雲:当たるのではなく当てます。カードをどう読むか、その解釈次第なんです。カードの意味はある程度決まっているんだけど、それをどう読み、他に出たカードとどう繋げてストーリーを紡いでいくかなんです。
──「夏ノ輪舞」は占いではなく、歌詞のストーリーを自ら紡いでいったと。「バベルの塔が崩れ落ちる」「吊られたままで笑う男」「戦車が街をゆく」といった歌詞が繋がるようには思えませんけど、曲を聴くとなぜか関連性があるように聞こえるのが不思議です。
東雲:そうよね。これがまたプレイヤー泣かせの曲で、基本は5拍子なのに途中で3拍子になったりする変な曲なの。今頃、ナメコ班の面々は猛特訓しているはずですよ。
──繰り返されるギターのフレーズがとても印象的で、楽曲全体を牽引しているのも良いですね。
東雲:でしょう? ギターを弾けない東雲が考えました(笑)。ただ一歩間違えるとV系っぽくなりそうだったから、そうならないように気を留めつつトラックダウンしていきましたね。
──中盤以降、ギターが火を吹くように弾きまくる部分もエモーショナルの度合いが増して素晴らしいですね。
東雲:あそこは「好きなように弾いてください」とお願いして弾いてもらったの。我ながら上手くいったと思うわ。
──アルバムの終幕には「夏ノ輪舞」しかないとデモの段階から考えていたんですか。
東雲:いや、置き所に困りました。中盤でもないし、スケールの大きい曲だし、歌詞の世界観も他の曲と違うし。とは言えワタクシは何曲も同時進行でデモを作っていくので、その進捗を見ながら「やっぱりこれは最後かな」と判断しました。エンジニアさんも「最後に『夏ノ輪舞』で締めるのが良いんじゃないですか」と言っていましたし。
──「さらば世界よ」という歌詞もありますしね。
東雲:そうなの。「世界」はすべての完成形のカードでもあるので、やはり最後に持ってくるべきだと思った。
──「夏ノ輪舞」が生み出されるためにマリアンヌさんがタロットに没頭したのなら、タロット様様ですね(笑)。
東雲:だから病み得ですよ。病んだからこそタロットにハマったわけで、東雲はただじゃ病まないし、ただじゃ転ばないわよ。