キノコホテルの最新は最高を常に更新し続ける。創業(結成)から18年、デビューから15年、新体制となってから2年、今や総支配人(リーダー)であるマリアンヌ東雲のみが正規メンバーのキノコホテルだが、流動的な編成とは裏腹に2年おきに発表されるフルアルバムのクオリティは盤石で、常に自己ベストを塗り替えているのは驚異と言うほかない。
さる6月11日に発売された通算十作目となるアルバム『マリアンヌの十戒』も当然の如くバンドの現時点での最高傑作であり、楽曲の出来も洗練されたアレンジも示唆に富む歌詞も有機的なアンサンブルもマリアンヌ東雲ならではの美意識と妥協なき姿勢が通底している。
キノコホテルのことを未だGSや歌謡曲といった狭い範疇で捉える人がいるならば、本作に収録された「夏ノ輪舞」という情緒的かつ荘厳な響きを持つ至高の一曲をお勧めしたい。弛まぬ進化の果てに辿り着いた、新境地と円熟が混在するバンドの理想形に感服するはずだ。あるいは「東京タワーだけが見えない部屋」というまるで天気雨のように哀歓が渾然一体となったような秀逸なポップソングを。死神と取引をして自身の闇を珠玉の楽曲に昇華させた表現者の業を、魂と寿命を擦り減らして創作に懸ける並ならぬ覚悟を感じ取れるはずだ。
このインタビューは、6月9日にロフトプラスワンで行なわれた『「マリアンヌの十戒」発売記念 爆音試聴会+独占公開インタビュー』の模様を原稿化したものである。ご来場くださった方々にまずアルバムを通して聴いてもらい、その後にマリアンヌ東雲を壇上に招いて話を訊いた。トークライブという趣旨のためにリップサービスの過ぎる部分があるかもしれないが、孤立無援でバンドを続け、今回も満身創痍で創作に打ち込んだ稀代の音楽家のささやかな本音を汲み取っていただきたい。(Interview:椎名宗之)
クリエイティビティと魂のすべてを注ぎ込んだ作品
──本作『マリアンヌの十戒』を楽屋で爆音で聴いて、如何でしたか。
マリアンヌ東雲(以下、東雲):手前味噌ですが震えましたね。この広さでこれだけの音量で聴いたのはワタクシも初めてで、キノコホテルも遂にここまでの境地に達したと言うか、ワタクシのクリエイティビティと魂のすべてを注ぎ込んで生み出した作品がきちんと仕上がって皆さんの元へ届けることができて、とても嬉しいです。楽屋であらためて聴いて、東雲も柄にもなく感動してしまったと言いますか……やればできるじゃんって言うか(笑)。そんな思いを過去9作も繰り返してきたわけですよ。だけど作品を重ねるにつれて歳も取っていくし、世間の皆様の支持を得られる音楽を作ることの難しさを年々感じるばかりだし、作品を生み出すたびに魂の削られ方が激しさを増す一方なんです。制作中はいつも「アルバムなんて作りたくない、もう引退したい」と思うほど追い詰められるんですけど、その過程において緊張と緩和を行き来するのが自分でも好きなのかもしれない。サウナのように、熱気浴で発汗して水風呂に入って整うのを繰り返すみたいな。ワタクシ自身はサウナが苦手なんですけど(笑)。でもアルバムの制作はまさに“メンタル・サウナ”と言うか、苦しい思いをずっとしながらもこうして完成して皆さんに聴いてもらえて、その瞬間の整い具合はとても言葉では言い表せないもので、存外の喜びなんです。
──いま思えば、本作の情報解禁前に『第二回・ロフト芸人カラオケ大会!』(2025年5月8日、LOFT9 Shibuya)でマリアンヌさんが中森明菜の「十戒」を披露したのは“匂わせ”だったんですね。
東雲:そうなの。気づいた胞子(ファン)はいたのかしら?
──アルバム十作目にして「十戒」ということなんですが、十戒とは「仏道修行上まもるべき十の戒め」「キリスト教で、モーセが神から受けたという十箇条の啓示」とのこと。どんな思いを込めて命名したのでしょう?
東雲:今回は「サロン紅天狗」という公式後援会(ファンクラブ)の皆さんにタイトル案を募ったんです。タイトルに相応しい二字熟語がもう出てこないから、あなたたち考えて! って(笑)。そしたら優に100個を超える案がお陰様で集まって、その中で「十作目だから『十戒』はどうですか?」という発案がありまして。洒落てて良いなと思って決めた、ただそれだけのことなんです。開場中にBGMで流れていた(松田)聖子ちゃんじゃないけど、“ビビビ”ですよ(笑)。ここまで無駄にキャリアを積むと、時には理屈よりも直感が大事。
──アルバムのコンセプトみたいなものは今回も特になかったんですよね?
東雲:発売日に間に合わせることができるのかどうかで精一杯だったもので(笑)。キノコホテルはこうあるべきとか、このほうが良いんじゃないかとかを全部取っ払って、自分の中から自然と湧き上がってくるものを汲み取っていった感じです。創造力や独創力本来のあるべき姿と言うのかしらね。キノコホテルを18年やってきて、今さら売れ線を狙うとか世の中に迎合することなんて意味がないし、そんなことはどのバンドも2枚目辺りで軌道修正するものですから(笑)。キノコホテルは軌道修正するタイミングを失ったどころか、そもそも軌道修正する気のないまま18年が経ってしまって後に引けないんです。今できる最大限のこと、最上級のメニューをお出しするしかない。
──そのスタンスは2007年の有史以来、不変ですよね。
東雲:それにここ数年、キノコホテルを続けていく上で楽しいことも辛いこともたくさんあったので、良くも悪くも得たものをさりげなく曲の中に落とし込みたいという思いがあるんです。それと前作の『マリアンヌの教典』もそうでしたけど、今回も自分を鼓舞するために作ったような部分があります。創作面の精神性としては前作からの系譜に連なるのかもしれない。
──『マリアンヌの教典』はビートルズで言えば“ホワイト・アルバム”みたいな感じでバラエティに富んだ作品でしたが、今作はそれよりも焦点が絞れて一本筋の通った作風に感じますね。
東雲:『〜経典』はちょっと欲張りすぎたと言うか、気合いを入れすぎた感がありましたね。パートタイム従業員制を導入した新体制となって、どんな形になろうとキノコホテルであることを作品でも見せたいあまり、バンドのアンサンブルに重きを置く部分を敢えて無視して突っ走ったところがありました。いわゆるバンド感が希薄な作風。まあ、一枚くらいはそういう作品があっても良いと思いますけど。
──『〜経典』が多彩な作風と感じたのは、先行配信されていた「アケイロ」の新録が収録されていたことも関係があると思うのですが、今作にはシングルとして発表された「をんなの荒野」が未収録ですね。それがどこかコンセプチュアルなアルバムのように聴ける一因のようにも感じます。
東雲:「をんなの荒野」を入れずに作りたかったの。あれはあくまでシングルとして完結していますから。これがうるさいメジャー・レーベルと組んでいたら「『をんなの荒野』をリード曲として入れましょうよ」とかお節介なことを言われるんでしょうけど、実はそうしたほうがこっちもラクなんです。だけどそんな安直なことはしたくなかったし、今回は完全な新曲を10曲書き下ろしたかった。10曲とも影も形もないところから書き上げたんです。