歌い始めたきっかけは福島であったり震災。それが弾き語りの原点だから(山岡トモタケ)
──今お話が出た『二畳半レコード』(福島中央テレビ/ふくしまFMで『2畳半レコード オン ラヂオ』もオンエア中)についても伺いましょうか。
藤井:僕が立ち上げたテレビ番組で13~14年続いてるんですけど、当時のタワーレコード郡山店の店長と震災(東日本大震災/2011)前から、放送が決まっていた番組で。2011年4月のスタートがずれる形で始まりましたけど、テレビ番組でこれだけ長く続いてるのもね、ありがたい。スタートしてから、転勤とかもあって替わるけど、ずっとタワレコの店長も一緒にやってくれてる番組で今は(番組)初の女性店長さんが一緒にやってくれてます。あるタイミングで山さんがゲストに来てくれたんだけど、「この番組に出たいんですよね」って。それから今までレギュラーなんですけど、山さんは「準」じゃなくて「純」レギュラーって書く(笑)。
山岡:はい、純レギュラーとして参加をさせてもらってます。
藤井:そもそも山さんと俺は、どれぐらいの付き合いになるんだろう?
山岡:下北沢SHELTERのライブは2012年なので、10年以上になります。
藤井:そうか、震災後に出会ってるんだね。震災から今年で14年目になるけど、俺はやっぱり、山さんが20代で止まってるんだよな。俺よりひと回りぐらい、山さんが年下になるのかな?
山岡:(干支を確認して)同じ干支でしたね! ということはまさにひと回り違いますね!
藤井:12も年下なら、山さんは無限の可能性を秘めてますよ。
山岡:頑張ります! それこそ藤井さんに「山さん、バンドやりなよ」ってすごく言っていただいていましたけど、僕がなかなか踏み込めなくて。山岡トモタケというソロ名義になって、一昨年から福島ユナイテッドの応援歌を担当させてもらってますけど、バンドをやるなら、福島の応援歌なら、藤井さんに編曲をしてもらいたいなと思って「まなざし」(2023)という曲の弾き語りデータを送って、編曲していただいて。その音源が僕の中では、バンドの指針となったところもあったんですよね。本当にありがたいなと思ってますし、藤井さんのおかげで山岡トモタケ&FLAMINGSから今はFLAMYNGSというバンドにもなれたところがあるなと思ってます。
藤井:今のバンド、FLAMYNGSの「Y」ってさ、山岡トモタケの「Y」なんでしょ?
山岡:そうです、FLAMINGSの「I」の部分を「Y」に変えました。サポートをしてくれていたメンバーが「バンドとして頑張りたい」って言ってくれたのもありましたし。1月11日の新宿LOFTでこのバンド名の発表、それと『One Loom - Premium -』開催の発表をしたんですよね。
──今のお話の中で、藤井さんが山さんにバンドをやれ! と勧めていたのはなぜでした?
藤井:WHITE ASHが解散して、sottoになって。sottoを見てると「これはバンドでやったほうがいいよ」って思う感じだったの。だから何年間、言い続けてたんだろう(笑)。飲み会のたびに「山さん、バンドをやったほうがいいよ」って。ずーっと言ってたもんね。名前も「カタカナ表記でトモタケにしたほうがいい」とかそういうこともずーっと言ってたんだけど、山さんが行動に移すまで5年ぐらいかかったよね。
山岡:すみません。自分の中でもsottoは剛(WHITE ASH/Dr)と始めたアコースティックユニットでしたし、コロナもあって続けられなくなったけどどうにか一緒にできるタイミングがないかなと思って、“山さん(sotto)”として活動していたときもあったんです。でもそれぞれも変わって、剛は違う道で頑張っているし、今では山岡トモタケの活動を応援してくれている。バンドでやりたいんだ、バンドで音を出したいんだ、エレキギターを弾きたいんだっていう純粋な気持ちまで時間がかかっちゃいましたけどね。
藤井:山さんのような妖精っぽい見た目の人が、ディストーションのギターをガンガン鳴らしてるほうがバランスがいいなと思ったの(笑)。
山岡:ギャップですね(笑)。
──では山岡トモタケ・ソロ名義の音は、藤井さんはどう感じていました?
藤井:もう2曲ぐらい上がる曲、楽しい曲があればいいなと思ってた。
山岡:すみません(笑)、楽しい曲も徐々に増やせるようになってきたと思うので。もともと自分が歌い始めたきっかけが福島であったり震災というのがあって、それが弾き語りの原点なので。始めた当初は暗い曲と言うか、静かな曲がやっぱり多かったんですよね。
藤井:震災から14年経つのもあるからさ、そろそろ、そこから離れてもいいんじゃないかなとは福島人としても思っててさ。楽しいところを追求してもいいんじゃないかなと思って。けっこう時間はかかることだけどね。
山岡:(うなずきながら)そうですよね。“そういうものを届けなくちゃ”っていう、勝手な使命感とか責任感があったんですけど、それこそ今は全国をライブで回るようになって、ライブの中心の部分って、みんなの笑顔が見たいとかハッピーな気持ちでライブハウスから帰って欲しいとか、そういう気持ちが生まれてきて。
藤井:山さんは真面目だからなぁ。みんなの楽しい顔の先には絶対に、山さんの楽しい顔があるわけだからさ。だからあと2曲ぐらいは楽しい曲を作って!
山岡:はい! 絶賛作成中ですし、音速ラインの「Beer Can」(2013)、「ウーロンハイ」(2016)みたいなイメージの曲を作りたいです!(一同笑)
藤井:あ、『One Loom - Premium -』で日本酒の曲を作ろうか?
山岡:僕が能登のお酒と、あと福島のお酒も用意するので。藤井さんの日本酒の曲が聴けたらメチャクチャ嬉しいですね。
──2人で当日、セッションで作るとかもありですよね。楽しみにしてます! そもそもお二人って日本酒も飲みます?
藤井:昔はごくごく飲んじゃって、飲むとおかしくなっちゃう(笑)。だから若い頃は駄目だったんだけど、最近はちょっと変わってきて。刺身で日本酒をちびちび飲む、みたいなことができるようになってきました。
山岡:僕はわりと何でも飲めるほうですけど、藤井さんと同じくビール党で、ビールしか飲まなかったんですけど、地元に帰るようになって日本酒は両親と飲んだりしますね。
藤井:そういえば山さんも最近、ベロベロになったときがあったよね?
山岡:ありました。福島で藤井さんたちと飲むときはリミッターが外れちゃうんですよ(笑)。
藤井:この間、THE BACK HORNの松田(晋二/Dr)くんと朝の4時半ぐらいまで飲んだよね。
山岡:松田さんが『二畳半レコード』にゲストで参加してくれて。久しぶりに福島会みたいな感じで飲みましたね~、すごく楽しかったです。それぞれの思いを聞いているうちに話が熱くなっちゃって「こうしていきたいんです!」とか、熱い気持ちを伝えた日だったと思います。
藤井:コロナ以降、あんな熱い飲みはなかったよね(笑)。本当、熱かったなぁ。『One Loom - Premium -』の日も、そんな日になればいいよね。
山岡:そうですね、新宿LOFTのBarがそんなふうになればいいですね!