2009年9月に発売され、息の長いロングセラー作品として愛聴されてきたMAMORU & The DAViESの初期ベスト盤『ヒットパレード』が、『ヒットパレード・デラックス』と改題のうえ15年の歳月を経て復刻される。
完売につき長らく入手不可という状態が続いていた『ヒットパレード』の再販を新規ファンが強く望むことを受け、ワタナベマモルが選んだのは新旧リスナーが等しく楽しめる極上の一枚にするというささやかなトライだった。15年前に新録された「8月4日B級劇場」「今週週末来週世紀末」「死ぬ程に生きてみる」など精選の15曲を新たに全曲ミックスダウン、楽曲によっては適宜にホーン・アレンジが加えられ、膨大なアーカイブの中から発掘された未発表音源2曲と27年前に下北沢シェルターで行なわれた『想像しよう』発売記念ライブの貴重音源3曲(これが掛け値なしに素晴らしい!)まで収録するという大盤振る舞いにより、濃厚濃密な全20曲がぎっちり詰まった文字通りの"デラックス版"と相成った。
30年に及ぶMAMORU & The DAViESの歩みを俯瞰する上で、バンドの核となる重要なレパートリーが凝縮したこの『ヒットパレード・デラックス』はビギナーにとってまさにうってつけの作品であり、往年のファンにはワタナベマモルの類稀なメロディメイカーとしてのセンス、時代を超えて愛されるロックンロールの妙味をあらためて堪能できる一作として歓迎されるだろう。また、漫然と再発するのではなく楽曲ごとに新たな彩りを加えるのは聴き比べを楽しんでほしいという彼なりのサービス精神が窺える一方、少しでも進化の証を見せたいといういち表現者としての意地みたいなものも感じさせる。
依然として年間150本を超すライブを全国各地で敢行する過密スケジュールの合間を縫い、還暦を過ぎてもなお未完のマスターピースを追い求める炎のパブロッカーに『ヒットパレード・デラックス』の制作秘話を聞いた。(Interview:椎名宗之)
音も歌も余計なものがどんどん削ぎ落とされていく
──昨年4月に新曲「命の次にロックンロール」を7インチシングルでリリースして、そのまま新たなオリジナル・アルバムの制作へ突入するのかと思いきや、そうはなりませんでしたね。
マモル:新作作りの準備は常にしてるんだけど、いろいろあってね。メンバーが抜けたり、僕が声帯ポリープになったり。
──喉の調子は今いかがですか。
マモル:だいぶ良くなった。声帯ポリープはこれで二度目で、二度目だと声帯がちょっと固くなるんだよね。まあ、ボイトレしながら何とかやってる。唄うのに細かい部分は多少支障もあるけど、それがポリープのせいなのか歳のせいなのか最早わからない(笑)。
──転んでもただでは起きないのがマモルさんらしいというか、声帯ポリープの手術で1カ月ほどライブを休んだことが『ヒットパレード・デラックス』の制作につながったそうですね。
マモル:うん。『ヒットパレード』のマスターは自分で持ってるし、全曲ミックスダウンしてやりたい放題できたのは自分でレーベルをやってるからこそだね。誰かのレーベルに所属してたらこんな勝手なことはできないわけで。
──2009年に発表した『ヒットパレード』は在庫がなくなって、ツアーの物販でも需要があるので再発しようと考えていたそうですね。
マモル:ありがたいことにね。けっこうな枚数を作ったはずなんだけど、2年くらい前に在庫がないのに気がついて。「8月4日B級劇場」をライブでやると『ヒットパレード』が売れるんだよ。「あの曲が入ってるCDありますか?」って。ちなみに「ロックンロール賛歌」が入ってる『SESSiONS』(2010年10月発表)もとっくに売り切れで、あれも「ロックンロール賛歌」をライブでやると必ず売れた。そういうものなんだよね。
──全曲ミックスダウンして一手間加える試みは、最新のロックンロールが常に一番というマモルさんならではのこだわりのようにも感じます。
マモル:ポリープになってなかったらやってなかったかもしれないけど、手術の後にたまたま暇だったから1曲いじってみたんだよ。「ノーテンキ」とかだったかな。まず『ヒットパレード』のデータを全部起こして、ちょっとやってみようと曲をいじり始めたら面白くなってきちゃって、そのまま止まらなくなっちゃった。
──不要な音をカットしたり、EQ補正(EQ=イコライザー。低音、中音、高音のバランスを調整することで音の印象を変える機能)やリバーブを新たに加えたり。
マモル:ミックスダウンする必要もないといえばないんだけど、ただ再発するのもつまらないしさ。音響に詳しくない人には別にどうでもいい話だし、基本的に当時録った音は変わらないんだけどね。ただ新しいレコーディングもしばらくなかったし、ミックスダウンの勘が鈍るのもイヤだったので。全面的にミックスダウンしてやろうというよりも、最初はちょっと暇だったからやってみたっていうのかな。
──ミックスダウンするにあたって気に留めたのはどんなところでしたか。
マモル:そもそも15年前とは音の処理の仕方が違うんだよね。今の自分のスキルとやり方でいい感じにしたかった。
──当時のレコーディングはすでにDTMが主流でしたよね。
マモル:でもあの頃はまだ手探りだった。今はどうEQしようか、どんなふうにリバーブをかけようかとか意図してやってるけど、当時は勘だったから(笑)。最初はみんな素人だからだいたい勘から始まるんだよ。8トラックカセットMTRで『プライベートカセット』を作った時だってそう。いろいろ試して「なんか上手くいかねぇな」ってところから入る。
──今は勘頼りから脱却して、長年培った経験とスキルを活かせていると。
マモル:こんなリバーブをかけようと思ってやってみたら「やっぱりこのやり方で合ってたな」みたいなね。次のレコーディングでそのやり方が活きたりする。そうやって機材に触れてないと感覚が鈍るんだよね。
──音の調整ばかりではなく、たとえば「8月4日B級劇場」はチューバやトロンボーンの音を足していますよね。
マモル:「百戦錬磨のオトコ」にもホーン・アレンジを加えたりね。「命の次にロックンロール」の時にホーン・アレンジを施した手法が面白かったので、今回もそれを試してみた。管楽器のアレンジはもともと好きなんだよ。そういうのができるようになったのは明らかにソフトウェアの進化だね。「命の次にロックンロール」も「誰が吹いてるんですか?」とか訊かれたので余り大っぴらにしたくないんだけどさ(笑)。
──ホーン・アレンジといっても原曲の良さを邪魔しない塩梅なのが絶妙ですね。
マモル:「8月4日B級劇場」に関していえば、キンクスの中期のサウンドが好きでね。あの時期特有のヨレヨレのトロンボーンとかが凄く好きなんだよ。なんというかイギリス風で豪華じゃない感じ(笑)。
── 一方、「百戦錬磨のオトコ」はソウル・ミュージック調のホーンですが。
マモル:うん。あれは原曲そのままで直球のアレンジ。もともとソウル調のホーンを入れてみたかったのが実現した。
──ミックスダウンしたことで全体的にアコギの音が粒立った印象を受けましたが、その辺りは意識されましたか。
マモル:「今週週末来週世紀末」とかはそうだね。もとの『ヒットパレード』にはアコギが2本入っててね。誰かがやってたコーラス効果をマネしてみたのかな(笑)。それがちょっと過剰な感じもあったので、今回は1本使わずにして。最近は楽器の音を少なくしたいのもあってさ。結局、レコーディングを続けていくと音作りがだんだんシンプルになっていくんだよね。必要な音と必要じゃない音が選べるようになる。リズムがあって歌があって、それにハーモニーがあれば音数が少なくても大丈夫。
──ライブハウスでもそうですよね。ステージの音数が少ないほうが音もクリアで抜けが良いですし。
マモル:最近は歌詞もどんどんシンプルになってきたからね。音も歌も余計なものがどんどん削ぎ落とされていく。